卓話


産業再生機構の現況 

2月9日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

蟷唆蛤得元々
代表取締役社長
 斎藤 惇氏 

第4042回例会

 産業再生機構は2003年4月16日に「金融と産業の一体的再生」を目途として設立され、同年5月8日から業務を開始いたしました。1995年当時バブル経済が破裂しましたが、日本は従来どおりのケインズ的マクロ経済の誘導や伝統的な手法による金融機関の事業救済を繰り返しました。しかし、単なる金融機関の不良債権処理や公共投資の拡大では、最早、経済の歪みは治らない、新たな事態にはまり込んでいることに気がついて、産業再生機構が生まれたと思っております。

具体的には、一つは金融機関対策だけではなく、借り手である事業会社の抜本的事業モデルの見直しを同時にやる必要があるということ。もう一つは本格的な産業再生のスキルやノウハウを持った人材が極端に不足しているという実態があります。この二つの問題を同時に解こうというのであります。

産業再生機構は、極力、構成要員を民間人で構成するという点に特性があります。我々の150人を超えるスタッフは全員何かのプロです。弁護士、公認会計士、税理士、あるいはコンサルタント、不動産鑑定士等々、プロの技術を持っている人々だけによって構成されており、国が設立した機関としては初めてでありますけれども、民間の株式会社以上に株式会社らしい組織となっております。我々の最高決定機関は取締役会であり、再生計画などに関する最高決定機関は産業再生委員会という仕組みになっております。

 産業再生機構は、国の機関的な性格を持ち支援資金を国家保証の下で調達しているにもかかわらず、行政府や政治家などの外部者から極力独立するように担保されている組織であります。機構法の特徴として、政府系金融機関は再生機構の要請に協力しなければならないという「協力規定」があります。三井鉱山再生におけるNEDOの大量な債権放棄あるいは九州産交における民都機構の一部債権の放棄などは、恐らく民間ベースでは不可能な対策であったと思っております。
 取締役会や委員会のメンバーには政府の官僚経験者は一人もおりません。学者的な評論家もおりません。全員が、経営者、コンサルタント、弁護士、会計士であり、あくまでも実践の経験者で構成されています。

債権の買い取り申し込みは05年3月末で締め切り、08年3月末をもって機構の存続を廃棄することになっております。これはすばらしいルールでありまして、時限立法化することで官的業務の民業への介入を規制しているということであろうと思います。産業再生における中立性、独立性、透明性がしっかり担保されているということは、機構が、非合理性、非市場性の中で事業再生に時間と資金を無駄遣いしてきたこの国に、画期的な発想と合理性を導入する導管となったということだと思っております。

この国が長いインフレ経済のなかで資本の効率性を追及する資本主義を忌避して、縁故経済、人知経済、人為的あるいは官的な資金の分配という経済に慣れ親しんできた歴史はなかなか変え難いと思います。自己主張を抑制し金銭的リターンの極大化を自制しドンブリ勘定的経営と曖昧な契約による資金の貸借関係を認め合うことは、調和性の高い人間性豊かな社会を作ってきたかもしれません。しかし、国際競争市場に進出する日本の産業の比重が増大し日本市場の解放が進むにしたがって、この鎖国的馴れ合い主義は、結局、合理的資本効率追求型の経営・経済に敗北を喫し、国民の犠牲負担を必要以上に大きなものにしていると思っております。

日本経済がここまでに至った窮境の原因をもう少し抜本的に見てみたいと思います。この国の異常なまでの間接金融シフトは識者にも指摘されてきたことでありました。メガバンクを中心とする系列化は、結局は情報の密室性を高め、第三者によるリスクとリターンの分析批判を不可能にしました。グループ内に行われる金融の貸借は縁故主義によるものであり、科学的なリスクリターンの分析も厳しいコーポレートガバナンスも働きませんでした。例えば、親会社が子会社に部品を発注するときに発注書がないというようなことが行われていました。この国では一心同体、密室型情報交換という、みんな同じ船に乗ったという経済をある意味ではエンジョイしてきたのだろうと思います。このメインバンク型間接金融制度が単位あたりの生産性や資本の効率性を向上させるという動機を阻害していたと思われます。何故ならば、銀行によるガバナンスというのは、貸付資金一単位ごと、一事業ごとに生み出す利益性よりも、貸付総資金に対する担保の確実性の審査に重点がおかれていたからです。場合によっては、担保にとられている資産と貸付金が投入されている事業資産が異なっていても、特別問題ではなかったという現状があります。
もう一つの大きな窮境原因はトップダウン資本主義がもたらしたものであったと思います。戦時経済下あるいは先進国へのキャッチアップ過程において、民間の資本の不足を充足する意味で、官がこれを提供することが合理的でした。しかしながら、民業が自律的に発展を遂げた段階に至ってもなお官業が同様の活動を続けようとすると、却って民業の発展を阻害することになります。本来、官業が資本の論理で機能することはあり得ないということからであります。

官業の意義は市場経済の失敗の補完業務です。当然、資本の凶暴性や無機質性を補完調整するに当たっては資本効率性を意図的に破棄しなければなりません。従って、資本主義経済においては官の経済への介入は量的にも時間的にも最小限度のものに限られるべきものであろうと考えます。

日本は戦後経済の復興の成功が官指導による部分が大きいとの思い込みが強く、デフレの牙がこの国を襲ってもなお公的資金投入や官業による民間介入が続きました。その結果、ますます国民資本の非効率的な投入が繰り返され、抜本的経済回復を遅らせたのだと思っております。

勿論、実際の窮境に直面している金融機関と当該事業会社の問題は純粋な市場原理主義だけでは解消しません。むしろ市場の失敗があるからこそ窮境に陥っているといえます。産業再生機構が普通の官業と異なる点は、あくまで資本効率の回復、市場規律に基づいた企業統治制度の樹立など、民間企業の失敗は市場原理に基づいて民間ベースで処理すべきだという理念で行動しているというところであります。

われわれは、支援決定後、買い取った資産を必ず3年以内に売却しなければならないという法的要請に基づいて仕事に取り組んでいます。市場理論を無視したいかなる支援も結局EXITという市場に曝される運命にありまして、そこで投資資金の回収に失敗すれば国民負担につながるというメカニズムになっております。我々の仕事の最後の評価は市場が結審する以上、最初から徹底した市場理論に基づいて動いていかざるを得ないということであります。

改正金融検査マニュアルには「主要銀行の要管理先と破綻懸念先になっている100億円以上の大口債権にはDCF(Discount Cash Flow)法を適用することが望ましい」とされていますが、産業再生機構が行った資産査定では、実態B/Sの精査を行い資産の大きい業種にはどちらかというと実態B/Sをベースとした取り組みをやりました。

 実態数字の把握は、積極的に減損会計の前倒し的適用や有価証券等に対する時価会計の適用を心がけました。支援決定のための基準としては、フリーキャッシュフローの10倍以内に有利子負債を抑える必要があります。エクイティーのEXITの観点からは企業価値の概念を常に頭に入れておく必要があります。企業価値査定のためのDCFやEBITDAをまとめながら作業を行ったということであります。

話題を変えまして、産業再生機構の金融支援は私的整理の一環であります。法的整理の根本は平等性と公平性です。しかし、産業再生機構法はあえてこの原則を踏襲しておりません。そういう意味でこの機構の手法は私的整理の一環であるといえます。対象とする債権は金融機関が保有するものに限られ、一般の債権は優先弁済される構造になっております。いわゆる偏頗弁済が可能であるということであります。機構が入ることによって私的整理の原則である100%同意による支援合意の困難性や遅延性を緩和しているということがいえます。

法的整理は対象企業の事業価値を大きく損ないます。また、裁判所による多数決裁定に至るまでには相当の時間を要して、必要以上に事業再生を困難におとしめるという問題点がありました。機構は管財人ではありませんが、中立性、公平性が担保されています。それによって事業の毀損や債権者間の利己主張をある程度制止することができました。

産業再生機構の効用のもう一つに一時停止があります。支援決定から3カ月間に限り、債権者の権利行使を停止させることができます。この期間を利用して、われわれは金融機関との調整、非メインとの調整を行って債権の買取りを行いました。また金融支援はメイン、非メインを問わず、原則プロラタで行っています。これによって再生を阻害してきたメイン寄せをくい止めています。産業再生機構には法的な力はありません。事業会社とメイン銀行から再建策をお持ちこみいただいて、そこから作業が始まります。われわれの方から能動的に銀行や事業会社に働きかけることは一切ありません。非メインの説得は、法的整理との比較、事業再生モデルの合理性、財務査定の合理性などを一つ一つ説明することだけであります。それは忍耐と専門的知識と熱意が必要な仕事です。

現在、延べ1兆円前後の資金で41件の支援が見通せると結論づけております。予算額10兆円を使い切っていないという批判めいた報道がなされていますが、我々が如何に資本の効率使用に神経を集中してきたかの証明と見るべきではないかと思っております。

ここで税の問題をお話しします。法的整理による債権放棄は損金処理が可能です。私的整理では、「合理的再建計画に基づく債権放棄」だけが損金処理できますが、産業再生機構を通した場合は、国税当局は一応、合理的債権放棄とみなすということになっております。さらに、経済産業省等から「産活法」の認定を受ければ、法的整理と同様に債務免除益と資産の評価損との相殺も可能になってきます。

最後にエクイテイーマネーの投入について話をいたします。われわれはいくつかのケースで株式を持ちました。機構として事業モデルの抜本的改革を行うには、産業再生機構が自分でDESや新規資金の投入によってエクイテイーのマジョリティーを取ることが必要です。このような場合には、企業の企画やシステム、場合によってはフロントまで、機構のスタッフが入り込んで、再建を確実なものにしております。

以上概略ですが産業再生機構の現況等をご報告させていただきました。