卓話


温暖化への対応 

2006年5月17日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

(財)地球環境産業技術研究機構
副理事長・研究所長 茅 陽一氏

第4100回例会
環境保全月間例会
   
 温暖化への対応がどれほど深刻かということと,対応がたいへん難しいということについて申しあげてみたいと思います。

過去140年間のデータで,最近100年の地球の温度が急激に上がっていることが分かります。また,木の年輪から推定した北半球の過去1000年の温度上昇を調べた資料でも,同様の結果が見られます。その原因が,化石燃料を燃やしたときに出る二酸化炭素が中心であることは,ご承知のとおりです。

 IPCCという国際的な専門家組織がございます。私も1988年発足当時は日本の代表として参加いたしましたが,この組織の最近の報告は「今世紀の末までには,世界の平均気温は,1.4度ないし5.8度上昇するだろう。また,海面も0.09mから0.88mは上昇するだろう」と予測しております。

そのことがどういう影響をもたらすかということを具体的にあげてみますと,第1の例は,海流の熱塩循環という現象に変化が起こることです。

 海の表面を流れている海流は,北の方に行くと,やがて潜って,そして南に戻ってくるという流れが世界全体の中にあります。塩分を含んだ水が温度の変化によって比重が変わるためにできる流れです。その熱塩循環が温暖化で大きな影響を受けるという問題です。

暖流がメキシコ湾から北に流れています。北大西洋の暖流の上を偏西風が流れます。その風によって,南の暖気がヨーロッパに吹きこみます。そういう理由で,ヨーロッパが緯度のわりには暖かい気候なのです。ところが温暖化が進むことによって熱塩循環が途切れてしまう可能性が指摘されております。

 簡略に言いますと,温暖化が進むと北の方で氷が解けたりして雨が多くなります。雨が海に落ちると海の表面の塩分が減ります。つまり海流が軽くなって沈まなくなります。そこで熱塩循環が途切れるというわけです。

 結果として,温暖化にもかかわらず,ヨーロッパの気候は逆に寒くなります。4度Cぐらいの低温化が起き得るわけです。海の生態系が大変な変化を生ずる問題になります。現実に最近50年で,既に熱塩循環の速度が落ちているということが発表されております。

 熱塩循環が段々と減速し,下手をすると止まってしまうという危険は現実のことであると考えなければいけないと思います。

第2の例は,グリーンランドの氷です。グリーンランドは表面に大きく氷が堆積しています。現在は,雪が降ることと,ある程度の氷が解けることのバランスがとれています。温度が上がってきますと,当然のことながら,解ける方が多くなりますので,グリーンランドの氷床が段々と減ってきて,その分,海の水が増えることになります。氷床が全部解けたらどうなるかという計算がされていますが,その場合は,海の水位が7m上がるという,とてつもない結果が出ています。

これらの現象は,これから先の温暖化の経緯によって変わってきますから,軽率には言えませんけれども,いずれにしても,起きたら簡単には止められません。我々は,温暖化問題を人類のあるいは生物全体の問題としてとらえなければいけないと思います。

1992年に,国際的に気候変動枠組条約という条約ができまして,それに基づいて,1997年12月に,京都議定書が作られました。この議定書では「温室効果ガスの排出量を2010年までに平均5.2%減らす」という目標を掲げました。昨年の2月に発効して,日本を含めた参加先進国はこれに対応しなければいけないのですが,問題点が二つあります。

 一つは参加国が予想より少ないことです。今,議定書の抑制目標に参加している国全部の総排出量を合わせても世界の30%程度にしかなりません。努力しても全体の3割が対象ということでは困ります。

二つ目は,参加国のすべてが目標を達成できるかというと,日本を含めて相当に難しいというのが現状です。実行の可能性が低いということが問題です。

では今後どうしたらいいのか。2010年前後にどうかするということではなく,長期的にどうすればいいのかという問題です。これについてEUが提案を出しております。

EUの提案は「産業革命以前に比し,平均の気温上昇を2度Cに抑制する」というものです。2度Cという温度差について,日本の中ではいい比較対象がないのですが,ちょうど,東京とアテネの平均の温度差です。

「温度差を2度Cに抑制する」はまことに尤もと感じられるのですが,実際にそれを達成しようとすると,非常に難しいということが分かります。

産業革命から現在までの間,地球の温度は既に0.7度Cほど上がっております。しかも今まで我々が出した炭酸ガスその他の温室効果ガスの影響が,まだ十分現れきっていません。したがって,その影響が今後数十年の間に出てきて,高ければ1度C,低くても0.2度Cの温度上昇をもたらすだろうという推定です。残された幅は,下手をすると0.3度Cしかありません。相当に大変なターゲットになります。

ドイツのワイスという学者が,目標達成のための計算を試みました。それによると「今のように先進国だけで努力をして,この目標を達成しようとすると,2050年までの間,先進諸国は平均で70%〜90%の温室効果ガスを減らすことが必要である」と言っています。 京都議定書は1990年から2010年までの20年間で5.2%減らそうというのが目標だったのですが,EUの目標は京都議定書よりもはるかに大変な目標ということになります。EUの国々の努力も大変です。それが簡単にできるとは思えません。

 さらには,アメリカや中国,インド,ロシアといった大きな排出国がみんな京都議定書の枠の外にいるわけです。ですから,いくらEUや日本が努力しても,その効果は極めて限定されています。

これでは温暖化は防ぐことはできません。そこで,温暖化の長期的対応を考えることが必要です。

国際的対応方策の基本は,排出の多い国,アメリカ,中国,インド,ロシア,ブラジルなどの参加が第1の条件です。第2は実行可能な目標の設定です。

現在の気候変動枠組条約,京都議定書はあくまで国連の作ったものです。国連の一国一票という組織だけで,温暖化問題を扱うことには無理があります。

 温室効果ガスをたくさん出す国の努力を求めるには,国連というフレームでやることに限界があるから,並行して別な努力をしようという流れが,最近出てきました。それが多国間協力です。一昨年スタートしたアジア太平洋パートナーシップと呼ばれるものです。アメリカ,オーストラリア,日本,韓国,中国,インドといった太平洋の6カ国が参加した温暖化対応の協力プログラムでは,現在いろいろな作業を行っておりまして,各国がどれだけのことができるかということを,特に,産業に中心をおいてつめております。

 これらの国々の温室効果ガスの排出総量は世界全体の半分を越します。京都議定書よりも,効果が高いグループであるといえます。

 これらの国々の場合には,京都議定書のような目標には,なかなか協力しません。目標を実行しようとすると,どうしても経済を減速させる結果になります。それがいやだというのが大きな理由です。

温暖化対策のすべてが経済を減速させるかというと必ずしもそうではありません。最もいい例が,省エネルギーです。エネルギー利用の効率を上げるということは,エネルギーコストの削減につながります。ですから.経済にもプラスになるわけです。

 我々がNon regret measuresとよんでいる方策をアジア太平洋パートナーシップの国々で具体的に促進しようというのが,一つの流れになっていて,例えば,鉄鋼業,電力,特に発電の効率をあげるなど,さまざまな分野で協議が行われ,互いに協力しながら温暖化対策の効果を上げるという努力が始まっているわけです。

私は,これがアジアパシフィック6カ国だけではなく,もっと広がったほうがいいと思います。そのためには,現在のサミットを使うのがよろしいかと思っております。

2年後の2008年には,日本でサミットが開かれます。この会議には,ロシアやEUも参加しますので,参加国が協力して温暖化問題に対応する姿勢を明確にすることが問題解決の鍵ではないかと考えております。

このことは現在の枠組条約と並列するもので,決して矛盾するものではありません。地道ながら確実に努力することが,温暖化問題の解決につながります。日本政府も同じ方向に向かっていると思います。