卓話


〈環境保全月間例会〉
海と地球環境

2011年5月18日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京海洋大学 学長
松山 優治氏

 私どもの練習船海鷹丸が、毎年、日本の南極観測隊の海洋観測を引き受け、南極海における地球温暖化の調査をしております。人類の直接の影響の少ない南極海の観測は非常に重要であると位置づけられております。
 
 明治丸は,1874年にイギリスのグラスゴーで建造された灯台巡視船であります。1876年に明治天皇が奥羽地方巡幸の折にお乗りになった船で、横浜に帰港した7月20日にちなんで「海の日」が定められました。この明治丸は既に陸に上げられ,重要文化財として皆さんの観覧に供していますが、現在、痛みが激しいので修理しております。

 明治丸は1875年11月に小笠原諸島の調査を行いました。小笠原に向かう予定のイギリス艦船も横浜に入っていました。明治丸がイギリス艦船より1日早く出港して、新船ですから船足も速く,2日早く小笠原に到着し、日本政府が順調に調査を終えました。これが,小笠原が日本の領土に認められる根拠になった調査活動となりました。この調査により,小笠原諸島周辺の硫黄島,南鳥島などの島々も我が国の領土となったことから,重要な調査になりました。

 日本の領海を概観しますと,領海+排他的経済水域は447万平方kmと広大な面積であり、日本の国土面積約38万平方kmの10数倍に相当します。

 ちなみに,領海と排他的経済水域を合わせた面積は,大きい順に,米国,オーストラリア,インドネシア,ニュージーランド,カナダに次いで日本は第6位に位置しています。国土の狭さに比して海の広さを考えると、まさに海洋立国といえます。

1.海の特徴
 気象衛星「ひまわり」は,赤道上で地球と一緒に回って雲の分布を観測し、日本に送ってきています。太平洋を中心にした「ひまわり」画像では,ほとんどが海であり,地球が「水の惑星」であることが良く分かります。「ひまわり」が撮影した画像で,赤道付近にたくさんの雲がわいていること、日本上空を偏西風に乗って動く雲の様子が分かります。

 海底の地形を見ると,大西洋には大きな海嶺(急傾斜の面を持つ海底山脈)が南北に走っています。太平洋中央部にも大きな海嶺が見られます。一方,日本周辺では,非常に深い海溝があります。この海嶺や海溝がプレートの境界であり、後ほど話題になる地震の巣であります。

 地球表面の71%が海洋,29%が陸地ということが分かります。陸の最高峰は,エヴェレストの8840mですが,海洋では,ミンダナオ海淵の11524mが最大水深として知られています。

 大洋の平均水深は約4kmですが,平均水深でも富士山の高さより大きい、大量の水を海が蓄えている事が分かります。それでも、地球の半径が6500kmで、海は4kmですから、海は地球の表面を薄く覆っているだけといえます。

 海の表面温度は,直接的に気象,気候に影響を与えます。過去30年間の平均温度分布を見ると、当然ですが、赤道付近で高く、極域で低くなります。また、同じ緯度でも,東西でかなり違うことが分かります。

 太平洋を例に見ると、中緯度の等温線が混み合っている日本周辺に比べて,アメリカ西海岸ではゆったりと開いており、西海岸では緯度が高くなっても温度が高く、この分布が西海岸の過ごし易い気候を作っています。

 太平洋の特徴ですが,赤道付近であるにもかかわらず、南アメリカ側で比較的低い温度の海水帯がありますが、南から吹く風によって起こされる湧昇現象で下層から冷水が湧き上がっています。

 太平洋の水温,塩分,溶在酸素量の南北の断面図を見ると、温度は深くなると次第に低くなります。塩分含有率は約3.5%で小さな変化しかありません。

 酸素量については,北半球深層に潜在酸素量の非常に少ない値(0.5ml/ℓ)の場所があります。この海水は北大西洋北部で大気と接触した後,深層に沈んで地球を回り、この周辺にゆっくりと上昇してきたもので、沈降後2000年くらい経っていると考えられています。

2.異常気象とエルニーニョ現象
 南米ペルー沖の太平洋赤道域の海面温度が,平均より4℃以上上昇することがあります。海面上を吹く東風(貿易風)が弱くなって起きる現象です。弱くなると西側海域のインドネシア周辺に蓄えられていた高温水は東に移動し、高海水温域での上昇気流で作られる雲域の位置も東に移動します。日本に来る台風の発生位置も東にずれます。

 ペルー沖で大量にアンチョビ(カタクチイワシ)が捕れていたのが,エルニーニョの時に、水温が上昇してさっぱり捕れなくなりました。当時は,漁業者だけの話でしたが、異常気象との関連性が指摘されて研究が進み、最近では,地球全体の異常気象と関係していることが分かってきました。

 1970年から2005年までの間に,数回のエルニーニョ現象が見られますが,特に1997年〜1998年のエルニーニョ現象は観測史上最大だったことが記録されています。この時は、干ばつのため、東南アジア地域の数箇所で大火災が発生し、消火に苦労した事が思い出されます。

 海面温度が2〜4℃上がることによる気象への影響は非常に大きなことです。
 12月〜2月の北半球の冬では,エルニーニョ時には日本は暖冬になります。東南アジアでは,雨が少なく乾燥します。6月〜8月の北半球の夏では,エルニーニョ時には北日本と南日本は多雨(大雨傾向)になります。
世界各地で様々な異常気象が、最近、顕著になっています。

3.地球温暖化と気温変化
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によると,世界の年平均地上気温は,長期的には,100年あたり 0.76℃の割合で上昇しています。1965年以降の上昇の割合が大きいように見えます。

 一方,全球の年平均海面水温は,長期的には,100年あたり0.5℃の割合で上昇していますが,特に1990年代中頃以降,高温となる年が頻出しています。地上気温と海面温度が同じように上昇しているのが特徴です。

 日本周辺の海面水温は,最も高い日本海中央部で100年あたり 1.6℃の割合で上昇しています。北海道周辺,日本東方海域については,数十年周期や異常気象による変動が大きく,十分な解析ができていないので,数値を挙げていません。日本周辺の上昇率は世界平均の2〜3倍と非常に大きいのが特徴で、海洋の生物などへの影響が懸念されます。

 日本海は,4つの浅くて狭い海峡を通じて外海と結ぶ閉鎖系の海ですが、内部は非常に深く4000m近くに達します。深層(2000m)で観測された海水温度の変化は,1990年以降,僅かですが上昇の兆候が見えます。冬季に大気からの冷却(海面上の強風と冷気温)により海面温度が冷却されて海底付近まで対流が起こるのですが、地球温暖化の影響で大気からの冷却が次第に弱くなっていることが原因です。

 大気中で観測されたCO2濃度は,毎年上昇しています。1960年に315ppmくらいだった大気中の二酸化炭素濃度は,2005年には370ppmでした。現在は,恐らく380ppmくらいになっていると思います。上昇する変化にギザギザが見えますが、このギザギザは季節変動を示しています。葉が生い茂った季節は光合成が盛んで,CO2を吸収してくれるので減少し、秋から冬になると,枯れ葉などがCO2を放出するので増加します。大気中のCO2は季節変動しながら上昇しています。このCO2の増加が地球温暖化の原因とされています。

 海はCO2を吸収しているのでしょうか。
 世界の海では,CO2を吸収している海域と排出している海域があります。日本周辺の海洋は二酸化炭素を吸収しております。地球全体としても吸収していますが、吸収量は次第に減ってきています。

 地球温暖化を緩和する海の役割は三つあります。第1は,大気に放出された熱の80%を海が吸収していることです。第2は,大気に放出されたCO2の30%を海が吸収しています。そして第3は,生物の死骸を深海に落とす作用です。海洋が温暖化を緩和する機能も少しずつ弱くなっています。

 我々としても,地球温暖化対策に努力したいと思います。私は次の5項目を挙げます。
・温暖化ガスの排出を減らす努力をする。
・温暖化ガス減少のための技術開発に早急に取り組む。
・温暖化の変化の状況をしっかりと監視する。→長期的モニタリングシステム確立。
・高精度で将来を予測する。
・地球の将来のため,国際協調の下で温暖化対策を進める。

4.東日本大震災と津波
 3月11日14時46分に,三陸沖で,M9.0の地震が起きました。その後,立て続けに,M7規模の大きな余震が起こりました。この地震は想定外の大きさだったのでしょうか?

 最近の世界の震源分布を調べてみますと,スマトラ島沖やチリなど,海嶺付近や海溝付近でM9.0クラスの地震が起こっています。場所はともかく、この規模の地震が起こる事は今後も想定しなくてはなりません。

 津波は,水深の大きな海で起こって,沿岸に近づいて来るものが,最も怖いといわれています。海中の海面から海底までの水が同じ速度で移動するからです。今回の津波で毎秒5mで海水が動いたという話がありました。毎秒5mの水が壁に当たった時の圧力を,風に換算すると、風速140 m以上の風圧が壁を圧したことに相当する凄さです。

 今回,地震から津波までの時間を観測した宮城県大船渡港のデータがあります。
 それによりますと,地震発生時刻が14時46分,津波到着時刻は15時10分。最大津波8.0m(11.8mと訂正)は15時18分でした。普通に考えれば、十分に逃げる時間はあったと思います。原因は分かりませんが、被害に遭われた方は、逃げおくれたか、逃げなかったかでしょう。残念でなりません。

 明治29年(1896年)6月15日の明治三陸大津波では,地震は震度3でしたが,大きな津波が来てたくさんの人がなくなりました。大きな地震ではなかったために津波による死者が多かったと考えられています。地震の規模については最近訂正されました。

 昭和8年(1933年)3月3日の昭和三陸大津波は,M8.1の大地震でした。津波の高さ29mが記録されています。

 1923年の関東大震災と1703年の元禄地震の津波の高さは、関東大震災では,大島の元町では恐らく10mを越えていたと思いますし、相模湾周辺はかなり大きな津波でした。東京湾の内湾では、1〜2m程度です。元禄地震による津波では房総半島に沿って大きな津波が押し寄せ、東京湾では1〜2m程度です。

 津波被害を回避するための知識をご紹介して私の卓話を終りにいたします。
・震源位置の予測,津波の到達時刻の推定は正確である。
・津波の規模の予測は十分ではない。
・大きな海底地震が起これば,津波も大きいと思って対応する必要がある。
・津波は波である。第1波,第2波と繰り返し起こることを忘れるな。
・過去に津波の被害を受けたところは,必ずまた来ると思って対応せよ。