卓話


虫歯から始まる全身の病気 − W. A. プライスの偉業に学ぶ 

2011年11月16日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

NPO法人恒志会 理事長
室町歯科医院 歯科医師 
土居 元良 氏

 アメリカの歯科医師W. A. プライスが成し遂げた仕事に二つの偉業があります。
 一つは,虫歯から様々な病気を引き起こす歯牙感染についての研究,もう一つは,食生活と身体の退化についての研究です。

 今日は,その研究がどのように活かされているかをお話しします。
 まず,歯牙感染についてお話しします。

 ある4歳の男の子が,背中に発疹ができて小児科に行きました。埒があかないので皮膚科に移って入院しました。それでも一進一退で治りません。皮膚科の先生も苦労されていました。その子の虫歯を治療・根管治療をしたところ,二十日後には,背中の発疹が消えて,きれいな皮膚になりました。

 専門家の診断した病名は,小児膿疱性乾癬ですが,いろいろな治療をして,耳鼻科で扁桃の疾患かと疑い,口啌外科で歯科の病巣感染ということに担当医が気づき,歯科の治療をしたら,それまでの難病がわずか20日で治ったのです。

 最近多い病気に,足の裏や手のひらに罹る掌蹠膿疱症という難病があります。55歳の女性がこの病気に罹り,歩けなくなりました。ステロイド軟膏を塗っても一時しのぎです。それが,歯の治療をすることで完治したケースです。

 プライスは,初めは「リウマチ」の研究に手をつけました。リウマチをはじめとした歯牙感染を調べるため,25年もの間に5千羽のウサギを使って,医科,歯科,60名の研究員との研究でした。

 プライスが20数年の研究成果を「第鬼 歯牙感染−口啌と全身(704ページ)/第挟 歯牙感染と退行性疾患(474ページ)」という大論文にまとめて出版したのは1923年でした。

 これを知った,私の恩師,片山恒夫先生が何とか訳したいと考えたのですが,いかんせん1200ページ以上ではと,ためらわれていました。

 ところが1993年に,アメリカの歯内療法専門医 G. E. マイニーが,プライスの業績の重要性を認識して論文を要約し,「Root Canal Cover-Up」として出版しました。

 かねてプライスの研究に注目していた片山恒夫先生は,この本の翻訳に着手されましたが,志半ばで逝去されました。我々,恒志会はその志を継ぎ,2008年に「虫歯から始まる全身の病気」という本にして出版しました。

 その本の中に示されている事柄ですが,歯の象牙質の中には,象牙細管という細い管が通っています。その太さは,1平方ミリの中に2万〜4万5千本という超微細なものです。プライスは,虫歯の細菌がその象牙細管に潜み,全身のあらゆる臓器に病変を引き起こすと考えていました。

 今は電子顕微鏡で,その超微細な構造とバクテリアを見ることができます。虫歯菌は嫌気性菌で,酸素がなくても生きていけます。ですから,歯が虫歯になって神経を取った後でも,何年後かに体に害を与えたり,免疫的ないたずらをしたりするというわけです。

 しかし,「今あるリウマチが,どの歯からきているのか」を証明するのは至難の業でした。

 免疫学もありませんでしたし,電子顕微鏡もありませんでした。

 プライスの研究が進んでいる間にも,抗生物質ができてきて,感染症には抗生物質という流れも現れ,プライスの成果は完全に忘れ去られかけました。それがマイニーのお陰で世に出たわけです。それを受けて,われわれも翻訳して出版できました。

 昨今,虫歯菌が脳出血を助長するという情報もあります。口の中をきれいにしておかないと脳出血のリスクが高くなるというのです。

 口の中には虫歯菌と歯周病菌がいます。歯周病菌についてはいろいろな研究が進んでいますが,虫歯菌についての研究はあまりなされていませんでした。しかし虫歯菌についての研究が出てきたことに注目しています。

 歯周病(歯槽膿漏)は,歯垢(プラーク)という細菌の固まりが歯の周りに溜まっていると,歯茎が炎症を起こして,顎の骨が溶けていろいろな問題を起こす病気です。

 今,オーラルヘルス(口啌の健康)は全身の健康に強く関連しているという知見が年々蓄積されています。

 誤嚥性肺炎が口啌清掃で軽減,防止することが可能であるという認識は,病院,介護施設関係者では常識になっています。

 これからはインフルエンザの季節になりますが,口の中をきれいにすることでインフルエンザに罹ることを予防することもできると考えられています。

 プライスの先験的な研究は,口啌医学という口腔と全身の関係で病気の診断・治療を考えないと,難病がなかなか解決しない,ということに気づかせてくれたものです。

 大学は医学部と歯学部が分かれてきた歴史がありますが,これからは両方が一緒になって研究・治療することが大切だと思います。

 プライスの二つめの大きな仕事は,1933年から9年間,世界13カ国200カ所を踏破して,昔からの孤立集団と現代文明と接触した近代化集団の食生活の影響を比較研究したことです。その結果を「Nutrition and Physical Degeneration A Comparison of Primitive and Modern Diets and Their Effects」として1936年に出版されました。
 この本を1978年に恩師片山恒夫先生が翻訳・自費出版なさいました。

 スイス,イヌイット,北アメリカ先住民,メラネシア,ポリネシア,アフリカ諸種族などを回ってみると,それらの地方ではどこへ行っても,伝統食での生活をしている人たちの歯はまことにきれいです。例えば,ベルギー領コンゴの人たちの見事な歯並びや健康的な顔。ところが,農園労働者として輸入食品を食べるようになると,虫歯が増え,次の世代では顔付きも変わってくる,といった状況が記録されています。

 オーストラリア先住民やマオリ族の美しい歯並びと健康的な美しい顔なども孤立集団と近代化集団では,どこでも同じような結果が見られました。孤立集団が,伝統食から精白された小麦粉,缶詰,砂糖などの近代食を食するようになると,虫歯の蔓延と病気への抵抗力が著しく低下しています。次の世代では,歯並び,噛み合わせの不正だけではなく,足の奇形などが出現していると記録されています。

 近代食を摂るようになり顎が小さくなった結果,歯が並び切れなくなり八重歯になっています。

 我々の「親知らず」は斜めから生えてくることが多いのですが,先住民の人たちの頭蓋骨の歯を調べますと,上下32本の歯は虫歯も歯周病もなく,きれいに噛み合わさっています。

 さらに,プライスは,「身体の退化が食べ物の影響による」ことを証明するために,動物実験をしています。ビタミンA欠乏症の豚では目の見えない豚が生まれます。その豚に正しい飼料を与えて,次の世代では目が見える豚が生まれます。

 この実験から奇形は遺伝ではなく,食べ物によるのだと証明しています。飼育されている子牛や羊に見られる口蓋裂も食べ物の影響であると言っています。

 今,我々の豊かになった食生活と生活環境が,生活習慣病としての癌,脳血管疾患,糖尿病,高血圧症,歯周病などを引き起こしていることは広く知られています。

 アメリカで食生活が現代病の原因であるという「マクガバン・レポート」が1977年に出たのですが,実際にどうやって食生活を変えていくか,ということは,なかなか困難なことです。 プライスが1936年に発表して出版した論文は,プライスの志を引き継いで活動している PPNF(Price-Pottenger Nutrition Foundation)が2009年に増補ソフトカバー版を出版しました。

 それを我々恒志会が翻訳して,2010年に出版したのが『食生活と身体の退化−先住民の伝統食と近代食 その身体への驚くべき影響』です。その内容は,先程からお話ししている,いろいろな憂慮すべき身体の変化です。

 我々の生活の永続性のために,地球規模での環境保全と生物多様性の重要性が叫ばれています。80年前にプライスは,世界各国を回って調査研究した結果,「生命があらゆる面で十全であるためには,この母なる大自然に従って生きていかなければならないのである-Life in all its fullness is Mother Nature obeyed. 」と警告したのです。