卓話


日本外交をつくるもの

2016年9月28日(水)

明治大学国際総合研究所
特任教授 川口順子君


 「日本外交をつくるもの」と言うと、通常、外交政策を考えると思いますが、他にも大事なものがあります。外交政策の根幹にある日本の力、外交のインフラ、実現の手段と言ったようなものです。私は、かつて外務大臣として訪問をしたシリアで、それらがいかに大事かを再認識する経験をいたしました。見出し風に言うと、それは「豪壮な白亜の宮殿」であり、「戦車に守られた宮殿」であり、「青年海外協力隊の力」であり、「驚愕の電話線の取り換え」です。

 シリアを訪問したのは2003年、シリアは今とは比較にならない位、平和であり、大の親日国でした。

 滞在中にバッシャール・アサド大統領に表敬する機会を頂戴し、出向いた先が小高い丘の上の豪壮な白亜の宮殿だったのですが、これは、丹下健三氏が1981年に建てたものです。一国の権力の中枢である大統領宮殿が日本の建築家の手によって建てられたことを私は誇りに思いました。

 日本の建築家の国際的活躍は素晴らしいですが、日本の誇る文化力は建築以外にも沢山あります。このクラブにもそれらの担い手が大勢いらっしゃいますが、文化力こそが日本のアイデンティティであり、世界の日本に対する尊敬の源泉だと思います。

 この宮殿に行く途中、びっくりするものを目撃しました。小高い丘の中腹になんと、戦車が数台止まっていたのです。誰から宮殿を守ろうとしていたのかわかりませんが、シリアの安全保障環境ないし国内情勢がそこまで厳しいのかと胸を突かれる思いをし、また、その前に訪問したパレスチナのアラファト議長の住まいが半壊状態で、そこで狙撃を警戒して外気に当たることもなく議長が過ごしていることを思いおこし、日本の平和がいかに重要な資産かを嚙み締めました。

 さて、シリア訪問中のひと時、当時の外務大臣の奥様が近郊のローマの遺跡にご案内くださいましたが、遺跡で、日本の青年海外協力隊の皆さんと出会いました。すると夫人は私にこう言いました。「日本はシリアに対して様々な援助をしてくれていて、私達はそれをありがたいと思っています。それが一般の人にわかるのは、青年海外協力隊の若い人達が、ここで様々な活動をしてくれているからです。彼らは日本の外交の顔なのです。」 シリアに対しては、1969年から青年海外協力隊を派遣し、累計で600人弱が派遣されました。うち、約45%が女性でした。個人間の親交を深め、親日国シリアを一層の親日国にした役割は大きかったと思います。将来、シリアに平和が訪れたときに、この絆は必ずや意味を持ってくるでしょう。

 世界全体では、今まで70か国に対し累計で約41,500名が派遣されています。また、今はシニア海外協力隊もできましたので、日本の「顔」も多面的になりました。近年、帰国後の就職の困難さなどから志願者が減って、各国の要望の半分しか充足できていないのが残念です。

 インフラ整備という意味では、日本の在外公館の数は、主要国(米、英、独、仏、露、中)の中では、英国と並んで一番少なく、例えば中国270に対して、日本は220です。外交官の数も、日本は下から二番目の英国よりも約500名少ない6,000名弱です。ちなみに、中国は9,000名です。

 「日本外交をつくるもの」として、これら基盤には、特に強化が必要だと考えています。

 最後にもう一つ。「驚愕の電話線の取り換え」についてです。

 シリアを立つ朝、ホテルの部屋を出たところで、廊下に電話線のごときものが置かれ、据え付け工事が行われていました。「何をしているの」と聞いたところ、「明日、パウエル国務長官が到着するので、電話線を取り換えている」という返事が戻ってきました。米国は外交の機密を守るためにそこまでやっているのかということを強く印象付けられました。

 今はインターネットの時代になりましたが、そこまで守っても、メールの流出などは起こっているわけで、外交のインフラ整備がいかに困難な課題かと思います。