卓話


パリ協定と我が国のエネルギー温暖化政策の課題

2017年3月15日(水)

東京大学公共政策大学院
教授 有馬 純氏


 2015年に合意されたパリ協定とそれに伴う課題についてお話しします。 1992年に気候変動枠組条約が合意されました。それに基づき、先進国の温室効果ガス排出削減の数値目標を初めて課したのが、1997年の京都議定書です。ただ、2000年にブッシュ政権が誕生すると、アメリカは離脱してしまいます。

 日本は京都議定書を批准して参加しました。日本政府は、アメリカ不参加の先進国だけが義務を負う京都議定書では解決にはつながらない、アメリカ、中国を含む主要排出国が参加する公平で実行のある枠組みでなければならないと交渉しました。

 そして、京都議定書の第一約束期間中に、2012年以後の枠組みについての議論が高まりました。その頃、私は首席交渉官として参加していました。COP16、2010年のカンクン合意で、すべての国が排出削減・抑制に関する目標を条約事務局に登録し、実施状況をレビューする枠組みができました。翌年のCOP17、南アフリカのダーバンで2020年以降の枠組みについての交渉が始まり、2015年のパリのCOP21で合意するロードマップで進められました。

 温暖化交渉は難航してきました。温室効果ガスの削減にはコストがかかり、それを各国がどう分担するのか、マイナスサムゲームをしている訳です。日本で100万トン、ヨーロッパで100万トン削減しても、効果は地球全体でシェアされ、必然的にタダ乗り構造が出てきてしまう。温暖化交渉は環境交渉ですが、国益をかけた経済交渉の側面が強いのです。

 加えて、国連で交渉する故に、根強く南北問題の色彩がある。気候変動枠組条約の中には「共通だが差異のある責任」という用語があります。温暖化問題は地球全体で共通の責任を負わなければならないが、温暖化問題は先進国の工業化プロセスによって生じたため、先進国は途上国よりも重い責任を負うべきという意味で、途上国、先進国の固定化された二分論につながりやすい。そのため、2000年以降、中国が世界第二位の経済大国になってもその呪縛から逃れられない状況が続いてきました。また、全員一致の意思決定プロセスのため、全てが同時決着しないと前に進みません。

 加えて、温暖化問題には、温室効果ガスの濃度が産業革命以降、倍になった時に温度は何度上昇するのか、温暖化が進んだ場合の打撃の度合いがどれ程なのか等、科学的な不確実性があります。そのなかで、数量的な交渉をしなければならない難しさがあります。

 さらに、この交渉は劇場型交渉で、市民団体が大きな役割を果たしており、会議の成果に高い期待値が提示されます。それと現実のギャップが広がりやすい。また、同様にマルチ交渉で難航しているWTOでは、二国間、多国間のプロセスが生じ、そこで合意ができるとマルチ交渉の場にフィードバックされるプロセス間の競合関係が生まれましたが、温暖化問題ではそれが不在です。

 こうした難しい問題を抱えながらもCOP21でパリ協定が合意され、世界中が興奮しました。ポイントを紹介します。

 まず、トップダウンの長期目標です。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べ2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求するという温度目標が設定されました。出来る限り早期に世界の温室効果ガスの排出量をピークアウトし、今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と森林等による吸収による除去のバランス達成が提示されました。

 パリ協定のコアになるのが、ボトムアップのプレッジ&レビューです。各国が自国の国情に合わせ、温室効果ガス削減・抑制目標(NDC)を策定し、条約事務局に提出します。各国は目標達成に向けた進捗状況に関する情報を定期的に行い、専門家によるレビューをし、促進的かつ多国間の検討に参加する。

 目標は2030年ですが、さらに2050年を念頭にした長期温室効果ガス低排出発展戦略の策定も推奨されています。野心的な温度目標とボトムアップのプレッジ&レビューの両者を整合するため、グローバルストックテークというメカニズムが盛り込まれています。2023年から5年ごとに各国の目標の進捗状況を確認し、それを積み上げ世界全体の排出量とのギャップを比較し、その結果を持ち帰り、各国の目標見直しの参考にするものです。

 パリ協定は、世界総排出量の55%以上の排出量を占める55ヶ国以上の締約国の批准で発効します。オバマ政権下のアメリカ、中国、カナダ、メキシコ、EU8ヶ国などが率先批准した結果、予想以上に早く、2016年11月に発効しました。しかし、詳細ルールが決まっていないため、昨年のCOP22で、2018年のCOP24でルール採択をする合意がなされました。 過去12回、COPを見てきた視点からパリ合意を評価していきます。

 まず、先進国も途上国も努力する全員参加型の枠組みができたことに意義があります。プレッジ&レビューはプロセスに法的拘束力があるものの、目標には拘束力がない。この形にした結果、アメリカも中国も参加しました。

 最大の問題は、非現実的な温度目標と現実的なプレッジ&レビューメカニズムの並存です。2℃目標ですら、各国のNDCの合計と150億トンのギャップがあります。これは現在の中国の排出量の1.5個分で、大きな削減が必要になります。

 目標達成のために、各国のNDCが積み上がるのはなかなか難しく、世界全体の排出量と永遠に交わらないと言わざるを得ません。国連がギャップを埋めるための強制的な枠組みを導入する実現可能性はゼロで、解決できるのは革新的な技術開発しかないと思います。 昨年11月にトランプ政権が誕生しました。温暖化問題にどのような影響をもたらすかについて触れます。トランプ大統領は選挙期間中に地球温暖化問題に懐疑的な発言を繰り返してきました。

 「米国第1エネルギー計画」や「米国を偉大にする100日行動計画」を見ると、米国内の化石燃料を最大限活用・再開発し米国の利害に敵対する国々からのエネルギー輸入から独立する、50兆ドルに及ぶ未開発のシェール、石油、ガス、クリーンコールの開発をするとしています。また、米国内の化石燃料を最大化するため連邦所有地等の開放、オバマ政権時代の石炭リースのモラトリアム撤廃、シェール資源の開発を行う。他方、雇用を阻害する行政措置やエネルギー生産への規制措置を撤廃するとしています。国連気候変動関連プログラムに対する数十億ドルの支払いをキャンセル、パリ協定の見直しも示唆しています。

 エネルギー・温暖化問題については、トランプ大統領と共和党のプラットフォームはほとんど一致しています。そのため、トランプ政権誕生時に共和党のプラットフォームにある相当部分が実施されると考えたほうがよいと思いました。事実そうした方向に向かっています。

 トランプ政権でEPA長官に指名されたスコット・プルイット・オクラホマ州司法長官は気候変動懐疑派的な発言をし、クリーンパワープラン提訴を主導し連邦政府を14回訴えた人です。エネルギー長官に指名されたリック・ペリー前テキサス州知事も気候変動懐疑派です。国務長官に指名されたレックス・ティラーソンがCEOを務めていたエクソンモービルは、化石メジャーの代表格でかつては温暖化に対し懐疑的な姿勢でしたが、軌道修正し、パリ協定の支持、炭素税導入等の発言をしています。この3人の中では相対的にグリーンですが、逆にいえば、これほどトランプ政権の温暖化に対する姿勢は厳しいものがあります。

 先週ワシントンに出張し、トランプ政権や前政権関係者と意見交換してきました。近々に出てくると言われているのが、オバマ大統領が行った温暖化対策を逆戻しするような大統領令です。そこに含まれるか注目されているのが、パリ協定への参加の是非です。政権内でも意見が割れていると聞いています。

 こうしたなかで、私は中長期的に世界が低炭素化に向かうことは、トランプ大統領の出現をもってしても確実だと思います。グローバル企業も低炭素化に向けて取組みを強化していますし、クリーンエネルギー技術のコストも低下しています。しかし、温度目標の達成については慎重な見通しです。

 というのは、カンクン合意でも2℃安定化の目標でしたが、その後も世界全体の排出量は増加しました。各国がボトムアップで目標を持ち寄る構造も同じです。パリ協定は条約ですが、目標はグローバルなものであり、各国の責任の分担は全くなされていない。

 本当に温度目標に世界全体が取り組むならば、それを世界各国の排出削減量に翻訳することが必要になりますが、途上国は受入れません。例えば、地球全体の排出量を2050年までに半減しようとすると、先進国の排出量を仮にゼロにしたとしても、途上国の1人当たり排出量を現在のレベルの半分程度にしなければならない。途上国は、温暖化防止よりもエネルギーアクセスの確保、経済成長、エネルギー安全保障の方を重視すると思います。 先進国においても経済不況や雇用不安が生じた際、温暖化対策で国民、経済の負担増大をもたらす政策の実施は困難です。そこにきて、トランプ政権の誕生は国際的な温暖化への取り組みに冷や水効果を与えています。

 その中で、パリ協定の崩壊が進むことにはならないと思いますし、パリ協定下でのプレッジ&レビューは進みますが、世界第二の排出国が国益最優先になった場合、期待されている他国の目標引き上げのハードルは高まります。そのため、大きな方向で世界は低炭素化に向かうことには楽観的ですが、道のりは紆余曲折があると言わざるを得ません。