卓話


価格変動と上手く付き合う方法

2017年5月24日(水)

SMBC日興証券(株)
代表取締役副社長 岩木川雅司君


 日米の個人金融資産の比較を通じ、リスクとの付き合い方について、お話します。
 日米の個人金融資産の伸び率をリーマンショックの2008年と昨年2016年末で比較すると日本の20%増に対し、米国は82%増。この間の日経平均とNYダウの上昇率は、115%と125%。共に2倍を超える上昇率にも関わらず、4倍も違うのは何故か?個人金融資産の構成比に原因があります。

 預貯金の割合は日本52%、米国14%。株式と投資信託の比率は、その逆で日本14%、米国46%です。株式等の構成比率に株価の上昇率を乗じ、個人金融資産全体の伸び率に対する株価の貢献度をみると、日本16%で米国は58%となります。

 現在、市場を通じた資産形成の拡大を目的に市場関係者が自身の行動を律するソフトロー的な枠組みが導入されています。企業経営者に規律ある行動を求めるコーポレートガバナンスコード。機関投資家の望まれる行動指針としてのスチュワードシップコード。金融仲介業者には顧客本位の業務運営の7原則が示されています。

 しかし、未だ、全国の証券会社の口座数を全て合計しても2,500万口座程度です。価格変動が怖いとか、嫌だ、という事で敬遠されている方々も多いのだと思います。

 相場の格言に「株を買うより時を買え」とか、「休むも相場」というものがあります。 株式売買をする人が全員、株価の上げ下げが大好きなわけではありません。価格変動と上手く付き合うのが大切という事を意味していると考えています。

 過去の大きな変動を見比べると、暴落から回復までの間で実施した事象・回復に費やした時間など、非常に良く似ております。

 1929年のNYの株価の大暴落。1933年にニューディール政策。同年1933年には銀行と証券を分離した33年証券法。翌年1934年には証券取引法が定められ規制強化がなされました。 2008年リーマンショック、各国は直ちに金融緩和を実施。33年証券法や34年証券取引法と同様、金融の世界ではグローバルで規制強化が実施されています。

 景気回復を確認した時期は、1929年の大暴落時は、国家財政の立て直しが目的の増税と利上げが実施された1937年、8年後でした。リーマンの8年後は、昨年2016年。まさに、FRBが失業率の推移等を通じ景気回復を慎重に判断し、利上げに動いた年です。日本・欧州は未だに金融緩和を継続していますが、米国での施策と費やした時間は、90年前も今も同じです。

 多くの機関投資家は、リーマン後の8年間、金利は上がらない、株価の回復は見込める、という長期トレンドを前提にリスクを取り、リターンを得てきました。今は、相場の格言通り休むも相場。そして安くなったら投資というスタンスだと聞いております。

 立場上、短期売買は不可、という言い訳を先にしますが、私の資産運用成績No1は、積立投資です。株式を中心にリーマンショックを跨いで15年間積立ています。途中、ハラハラしましたが、結果的には安い所で買った効果が、ちゃんと出ています。個人の皆様向けには、長期のトレンドを見て投資する次の策として、積立による時間分散が有効です。 株券等が個人金融資産の半分近くを占める米国。巨額の報酬を貰っている企業経営者の存在も大きく影響している数字です。平均的な米国人が預金を15%しか持っていない、という事もなければ、金融リテラシーが日本人よりも高い、という事もありません。ただ、401Kなどによる積立投資が有効に機能したという事は事実のようです。

   積立投資は証券会社にとって儲かるビジネスではありませんが、これまでの証券サービスを更に向上させる事に加え、一人でも多くの皆様に成功体験を持ってもらう事、産業革命に匹敵するAIを積極活用し、アドバイス力の向上やコストコントロールを通じ経営体質を強化していく事など、新しいお客様がリスクと上手に付き合う為の積立や長期投資の浸透を図れる体制作りにも取り組まなければならないと改めて感じております。


デリバティブ光と影

2017年5月24日(水)

(株)東京金融取引所
代表取締役社長 太田省三君


 デリバティブとは、英語で派生物という意味であり、派生する元を原資産といいます。原資産は、金融デリバティブでは、株、為替、金利、クレジットで、商品デリバティブでは、エネルギー、金属、農作物です。デリバティブ取引の態様としては、先物、オプション、フォワード、スワップの4種類があります。デリバティブ取引は、本来将来のリスクをヘッジするための取引であり、原資産取引と無関係にデリバティブ取引だけを行うのは、投機取引(スペキュレーション)です。

 世界の金融デリバティブの残高(株式、為替、金利の合計)は、2000年代前半に金利スワップを中心に急拡大し、2000年代後半の金融危機(リーマンショック)で一旦、伸び悩んだものの、先進国の金融緩和により、再拡大しています。2013年には、700兆ドルを超え、世界全体の名目GDPの10倍、直接投資額の300倍になっています。商品デリバティブでは、2015年の金デリバティブ取引量は、700万トン、地球上の金の推定総量の40倍、原油デリバティブの取引量は、5000億バレル、世界の産出量の17倍です。少なくとも全体の50%以上は、投機取引と考えられます。日本では、株式デリバティブの年間取引額は、2015年で現物株式取引の1.8倍、1400兆円、金利デリバティブの年間取引額は、国債先物と短期金利先物と金利スワップの合計で2100兆円、国内銀行貸し出し残高の4倍です。

 デリバティブの歴史としては、江戸時代の大阪の米の先物取引が最初と言われますが、1848年のシカゴ商品取引所の創設以来、穀物の商品先物取引が発達し、1972年には、外国通貨の先物取引が始まりました。背景は、71年の米ドルの金兌換停止(ニクソンショック)による固定相場制(ブレトンウッズ体制)の崩壊です。さらに、73年の第一次オイルショックによる高金利、金利の乱高下を受け、75年に金利先物取引も始まりました。80年代には、世界の主要国で金融先物市場が開設され、日本でも、金利自由化の進展を受け、85年に国債先物取引が、88年に株価指数先物が、89年にユーロ円金利先物が上場されました。90年代後半のアジア通貨危機、2000年代初めのITバブルを経て、その後の金融緩和による過剰流動性が、巨額のサブプライムローン債権の証券化商品とその債務を保証するCDS等のデリバティブに流れ込みました。そして、米国不動産バブルの崩壊によるリーマンショックという世界的金融危機が発生したのです。

 デリバティブは、金利や為替などの変動に対するヘッジ手段として、その有用性が広く認識され、今や世界の金融、資本市場で欠くことのできない存在です。しかし、大きな問題も生みだしました。それは、デリバティブによって、リスク管理の高度化が促された一方、金融機関のビジネスモデルに大きな影響を与えたことです。預金を企業や住宅ローンの借り手に融資するという従来の商業銀行モデルから、その貸付債権等を原資産としてデリバティブを組成し、広く投資家に販売して信用リスクを分散させるという組成、転売型モデルが確立されたのです。世界的規模でのリスク、リターンの分配が実現して資金効率が飛躍的に高まりましたが、その反面、世界中の不特定多数の金融機関、投資家が関与し、極めて複雑な取引関係が形成された結果、リスクの所在が不明となり、損失の所在等の全体を把握することがほとんど不可能になってしまったのです。一旦、金融不安が発生すると、不信が増幅して信用収縮が加速し、世界的規模での金融大混乱へと連鎖する構造になりました。これが、デリバティブの光と影というべきものです。