卓話


50年ぶりの変革期の時計業界 ―スマホ社会における時計の価値―

2019年12月11日(水)

盛岡セイコー工業(株)
取締役会長 服部秀生君


 昨今のIT業界の進化は目覚ましいものがあります。特に自動車業界は100年に一度の大変革期とも言われています。私どもの業界は元々、ヨーロッパの職人による家内工業から発展した小さな業界で、これまでは外部の技術革新の影響を余り受けにくい業界と言われておりましたが、今回のIT業界がもたらす地殻変動には、様々な面で影響を受けていると言わざるを得ません。

 2007年に最初のスマートフォンであるアイフォンが発売されたことで、人々の、特に若い人達のライフスタイルが大きく変わったことが、今回の地殻変動の始まりと言えるかと思います。このスマホの普及によるネット社会の到来が現在のアマゾンエフェクトによる伝統的な時計流通への影響の引き金になり、更に、数年前から、スマホに繋がるコネクテッドウオッチ(スマートウオッチ)が登場したことで、時計市場が一変します。現在、米国市場の300ドル以下の売上げの8割をスマートウオッチが占めていると言われております。

 我々の業界はなぜ50年ぶりの変革期かと言いますと、50年前の1969年に、日本の時計業界自らが起こした地殻変動があったからです。それは、手前味噌になりますが、従来の伝統的な機械式時計に代わる水晶発振式時計(クオーツ時計)を私どものグループが開発し、世界に先駆けて発売したことがきっかけです。又、特許の大部分を公開したこと及び駆動装置であるムーブメントを外部販売したことで、多くの時計メーカーが誕生することとなり、大量のクオーツ時計が市場に溢れ、それまで高価な嗜好品と言われていた時計が工業製品としてコモディティ化してしまいます。

 一方、スイスでは多くの職人が失業する等、後にクオーツショックと言われるぐらい一時、社会問題化しますが、その後、M&A等によるスイス時計産業の再編と巧みなマーケティング戦略で見事に機械式時計を復活させ、時計ビジネスをブランドビジネスへ変貌させることに成功します。その結果、近年は機械式時計を中心とした中高級品とクオーツ時計を中心とした普及廉価品の2極化の時代になっています。

 そうした中、今回、新たに登場したのがIT業界が仕掛ける情報端末としてのスマートウオッチです。この様な市場環境の下で、今後、日本の時計メーカーの進むべき道を考えますと、1000ドル以上の中価格帯以上の商品開発力の強化が必須になると思われます。各社、それぞれの強味を活かし、いかにしてブランド価値を上げ、中価格帯以上の市場で勝ち組になれるか模索しているところです。幸い、私どもの会社には、厚労省が認定する「現代の名工」が7名在籍し、その内、黄綬褒章受章者が4名おります。こういった職人による匠の技と外装要素としての漆、七宝、琺瑯、有田焼と言った日本の伝統工芸とのコラボレーションにより、機能面の差別化だけではなく、デザインを含めた外装面でいかにして顧客の情緒、感情に訴える商品を世界に向けて発信できるかが、今後、グローバル市場で勝ち残る上で重要な鍵になると思われます。

 一方、この様な日本の伝統美を追求したオリジナリティの高い時計を作るには、これまで日本の時計メーカーが得意とした少品種大量生産の生産技術ではなく、多品種少量生産の新たな生産技術を確立する必要があります。製造面では、日本の時計メーカーは部品製造から組立てまで一貫生産体制を敷くマニュファクチュールとしての強みを持っていますが、今後は、AIやIOTなどIT業界の技術革新を取り入れることも必要になるでしょう。

 今、日本の時計業界は、ブランドの持つ歴史やストーリー性を重視するマーケティング、SNSを利用したデジタルマーケティングの実践、流通面においてはネット販売やリアル店舗と合わせたオムニチャンネルによる販売、製造面では職人の技能伝承、育成と共に工場内におけるスマートファクトリー化の推進等、クオーツ発売から50年の節目の年に、次の50年に向けた新たな変革に挑戦しているところです。


ストレスチェック時代のこころの健康経営

2019年12月11日(水)

認知行動療法研修開発センター
理事長 大野 裕君


 職場の心の健康が社会的に大きな注目を集めたのは、1991年に起きたいわゆる電通事件です。自ら命を絶つまでに追いつめられた会社員や残されたご家族の心の痛みはお金に換えることができないほどに大きいものです。企業は経済的だけでなく、その社会的評価も大きく傷つきます。上司も、監督責任が問われ傷つきます。

 そうした問題等を背景に、社員の心の健康を守るためのストレスチェック制度が2015年に施行されました。50人以上の社員をもつ企業では、社員のストレス度を調査し、適切な対処をすることが義務づけられたのです。

 こうしたストレス対策は、自殺対策を超えた大きな意味があります。そのひとつが、プレゼンティーズム対策です。プレゼンティーズムというのは、メンタルヘルス不調を抱えながら出社している人たちの存在を指す言葉です。

 平成22年度障害者総合福祉推進事業の報告書によると、プレゼンティーズムによる年間の損失額は約4兆3千万円で、自殺の約7千億をはるかに超えています。疾病休業による損失の460億円あまりの100倍近くです。こうしたことからも、ストレスチェック制度の重要性がわかります。

 ストレスチェック制度に関しては、自己記入式の質問紙ではなく、血液や脳画像等を使ってストレスの程度や精神疾患の有無を判定できないだろうかと考える人もいます。しかし、そのような方法が実用化されることは当分ないだろうと私は考えています。

 その昔、ダニエル・キースの小説『アルジャーノンに花束を』がベストセラーになりました。動物実験でハツカネズミのアルジャーノンが賢くなったことに気を良くした研究者の要請を受けて、知的障害を持つチャーリイが実験に参加します。チャーリイは研究者以上に賢くなるのですが、その結果、その実験は失敗するという、研究者には見えない将来が見えてきて苦悩します。実際にハツカネズミのアルジャーノンは狂暴化して死んでしまい、チャーリイの知能ももとに戻ります。その過程で、チャーリイは頭が良くなることが必ずしも幸せを意味しないということや、温かい人間関係のなかで自分らしく生きることが大切だということに気づきます。私達の脳の仕組みは、私たちの理解を超えて複雑なのです。

 この小説はまた、私たち誰もが世の中から必要にされているということを教えています。この本を読んで、法隆寺専属の宮大工の西岡常一さんの『木のいのち、木の心』という本を思い出しました。西岡さんは、法隆寺のような大きな建物を建てるときには、山の木を全部使うといいます。その山に育っているすべての木を組み合わすことで何百年も使い続けることができる建物ができます。

 会社も同じです。それぞれの社員に持ち味があって、それを生かすことで組織の活力が生まれます。心の健康経営とは、そうした個々の社員の持ち味を生かせる職場環境作りです。

 ストレスチェック制度も、当初は、職場環境改善を目指して導入の検討が始まりました。メンタルヘルス不調は、個人の問題だけでなく、職場環境の問題も影響するからです。手作りの職場環境改善への取り組みが、人に優しい心の健康経営につながります。 社員に対する心の健康教育や、高ストレス者に対する個別面談も大事です。そこで最近注目されてきているのが、社内イントラのeラーニングを使ったり、集団教育の後にインターネットで自己学習ができる仕組みを作ったり、インターネットの支援を受けながら面談をしたりすることで、社員の心の健康度を向上させる試みです。

 さらに最近、AIを使ったチャットボット、つまり対話するロボットの実用化に向けた研究が進んでいます。AIチャットボットがご本人の気持ちに寄り添いながら、その人の心の力を引き出す試みです。手軽に相談できるのがチャットボットの利点です。これは、今後悩み相談の入り口になり、企業の心の健康経営に役立つ強力なツールにもなってくるだろうと考えています。