卓話


コロナ禍に思う

2021年5月19日(水)

会計 宮田孝一君


 私たちの社会活動が新型コロナウイルスの流行によって大きな制約を受けるようになってから一年以上が経過した。この間、外出、友人との会食、旅行、いろいろなことを我慢しながら日々を送っている。今日は、そうした生活の中で心に浮かんだことを綴ってみたい。

 この一年、最も強く思い知ったのは、人が如何に社会性の高い動物かということ。仕事上のことであれ、個人的なことであれ、人との会話は極力リモートで済ませる毎日。一定の用は確かにそれで済ませられるし、考えようによっては、能率・効率という意味では、これでもいいと割り切ってしまおうとも思うが、会話の相手とお互いに腹落ちしていると確信しきれないというか、どうしても不完全燃焼感が残ってしまう。最初は自分が年を重ねたせいでそう感じるのかとも考えたが、どうもこの感覚、年齢の多寡や、さらに言えば洋の東西に関わりなく共通の思いだというのが結局たどり着いた結論である。

 リモートワークも同様。相当なことはリモートでこなせるし、また、会社の若手からは、上司が目の前にいないと、つまらない用を言いつけられることもなく仕事の効率が上がるとの話もあったが、最近はむしろ、出社して仲間と一緒に仕事をしたいとの声を聞くことが増えた。これも、社内で国内外を問わず起こっていること。おそらく、コロナ後であっても、一定のリモートワークを活用しつつ、やはり実際に出社し、仲間と触れ合いながら仕事を進めていく日常がやってくるのだろう。そうした中でこそチームワークが生まれるし、組織への帰属意識も醸成されるように思う。

 ほんの一例を申し上げたが、コロナによって起きている社会変化が多々ある中、これを一過性の変化、つまり、コロナが収まったらまた以前の状況に復するテーマと、不可逆の変化、即ち、コロナが終息を迎えてももう元には戻らない事象に分けて考えることが、将来の生活、また、ビジネスにとって重要なことだと考えている。

 前者の例、つまりコロナが一巡したら元に戻るであろう事柄としては、会食、旅行といったこと。やはり人とは触れ合いたいし、あちこち出かけて、いろいろな体験をしたいと思う。コロナでいろいろ我慢してきた中で、リアルへの希求、実体験や人との触れ合いの大切さが再認識されたと感じる。

 後者の例、世の中が将来にわたって変わってしまったこととしては、非接触、抗菌、抗ウィルス、ネットでの買い物、キャッシュレス、といったニーズ。一旦健康上の脅威を感じてしまったからには、必要なこと、楽しいことはしたいが、余分なリスクはできるだけ排除したいところ。安心・安全であることの価値が再認識されたとも言える。こうした不可逆の変化に正面から向き合うことが、将来の多様なビジネスチャンスにつながっていくだろう。

 不可逆の流れのもう一つのテーマは、デジタル化。コロナはつまらない苦労を随分増やしてくれたが、社会変化を加速するというポジティブな面もある。個人情報の保護等クリアしないといけない要素はあるが、コロナを利用して新時代のデジタル化社会を創出してやろうという位に発想を切り替えた方が、考え方としても前向きで好もしいと思う。

   デジタル化ということでは、この一年、東京ロータリーの活動も随分進化した。いろいろな打ち合わせにオンラインも活用されるようになったし、ホームページは充実した。また、リモートでの例会の視聴もできる運びとなった。コロナで種々制約がある中で、そうしたことを推進してこられた皆さんに感謝し、敬意を表する次第である。とは言っても、やはり例会に顔を出し、メンバーの皆さんとマスクなしで会話し、交流を深める楽しみは何物にも代えがたい。早くそうした日常が戻ってくることを心待ちにする日々を送っている。