沿革


第5回地区大会(東京)

1933年4月

 地区大会は傘下クラブの交流と親善の要である。1928年7月に第70区が設定されて以来、京都、神戸、横浜、大阪の順で開かれてきた。その第5回大会が東京で行なわれたのは1933年4月29〜30日。家族を含む712名が参加し、慎ましいなかにも楽しい大会となった。

 第1日は議事を日本工業倶楽部で行い、午後には名誉会員の斎藤実首相による官邸茶会に招かれた。また、晩餐会には東久邇宮殿下のご臨席を得て、目下、わが国が直面する多事多難にさいし国際親善のため、いっそう努力を求むとのご挨拶をいただいた。食後はホテルの小劇場で俳優学校の若い生徒による長唄と舞踊を楽しんだ。

 第2日は、宮内省の好意により新宿御苑で満開の桜花に春のひとときを過ごしたのち、神宮外苑の絵画館を見学。さらに華族会館で、当時人気を博していた梅若万三郎の「安宅」「葵の上」を鑑賞した。

 当時、第70区には14のクラブがあり、ロータリー運動は京城、大連、奉天、ハルビン、台北など広く外地にも普及していた。大会には、これら朝鮮、満州の4クラブ、台湾の1クラブからも代表が参加。それぞれの地でのユニークな活動報告が注目を浴びた。

 なお、この大会では、時節がら華美な装飾や催し物はやめ、家族の服装なども目立たぬように配慮された。