沿革


ポール=ハリスの来日

1935年2月

 ロータリーの創立者ポール=ハリス(Paul Harris)が夫人と来日したのは1935年2月9日である。当時のRI会長ボブ=ヒル(R. l. Hill=愛称BobHill)夫妻とともに、マニラで開かれる第5回太平洋地域大会に向かう途中、立ち寄ったものである。

 東京RCでは委員会を設けて歓迎の準備をしたが、乗船プレジデント‐クーリッジ号が荒天のため予定より3日も遅れて横浜に入港。そのため、わずか1日のあわただしい滞在となった。

 ハリスは、横浜で少憩ののち上京して帝国ホテルで記念植樹を行い、芝公園のなかにある紅葉館での純日本式午餐会に臨んだ。その夜は、東京会館で行われた東京、横浜両RCの歓迎晩餐会に出席。余興で桜踊りなどを楽しんだのち、船で神戸へ向かった。翌日も京都見物、新大阪ホテルでの歓迎午餐会とあわただしく、その夜のうちに神戸を出帆した。これほど短時間に歓迎攻めにあった賓客も珍しい。なお、マニラの大会には日本から14名が参加した。

 ハリスの来日は、その後の国際情勢の変化のため、これが最初にして最後の機会となった。しかしながら、この時、ハリスが帝国ホテルの中庭に植えた月桂樹は、その後30余年の風雪に耐えて生長した。この樹は1968年、ホテル旧館が取り壊されるにあたり、温暖肥沃な神奈川県大井町に移されたが、残念ながら枯死した。しかし、矢野一郎が挿し木によって育てた数本が二世となって北の丸公園で繁茂している。