卓話


いま求められる子ども・若者のメンタルヘルスケア

2023年9月6日(水)

(学法)桐丘学園 理事長
(株)Welcome to talk
代表取締役 関 亮氏


 子どもたちは今日も苦しんでいます。いじめ、不登校、児童虐待などメンタルヘルスに関する課題は顕在化しています。精神疾患に罹患する割合は4人に1人で、心の病を患ってしまった方の約75%は10代後半までに発症していると言われます。人口減少が加速する一方で不登校の割合は上昇し、子どもの死因の一位は自殺で、自殺率も上昇しています。学校もこのような課題にどのように取り組んで良いのか悩んでいます。

 昨年、高校の学習指導要領が改訂され、約40年ぶりに精神疾患の記述が復活しました。保健体育の教科書で、うつ病や統合失調症、不安障害、摂食障害などの具体的な疾患を挙げながら学ぶ機会が確保されましたが、その時間数は4時間と必ずしも十分ではありません。また早期発見・早期支援する枠組みとして学校の健康診断がありますが、検査項目に精神状態は含まれていません。

 さて、メンタルが強そうなイメージのあるアスリートも例外ではありません。プロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手がうつ病を公表したように、トップアスリートの精神障害の発生率は35%と言われ、大学生アスリートのうち抑うつや摂食障害を呈する割合は25%、大学生アスリートの死因に占める自殺の割合も10%弱と言われます。このような状況に対して、全米大学体育協会(NCAA)も、「学生の最大の関心事はメンタルヘルスであり、メンタルヘルスケアサービスを届けることがNCAAの責任でもある」と公表しています。一昨年にはIOCによるメンタルヘルスに関する声明文書も出されるほど国際的な関心事に発展しています。

 私自身、学校法人桐丘学園、桐生第一高校で校医としても生徒や保護者、教職員と向き合っています。野球部の生徒がボールを投げられなくなってしまうという相談、顧問である監督や部長から生徒が練習に参加できない、試合でパフォーマンスが発揮できないといった相談を多く受けてきました。

 こうした課題の解決への糸口を探るために、ジュニアアスリートを対象にした研究をしました。桐生第一高校の進学スポーツコースに在籍する1年生の男子生徒80名を40名ずつに分けて、支援するグループと支援をしないグループを作りました。支援するグループに対しての具体的な内容は、認知行動療法(Cognitive behavior therapy : CBT)という認知に働きかけ考え方を変えることで心を穏やかにする精神療法になり、ストレス・マネジメント・スキルに変化が生まれるのではないかという検証をしました。

 まずCBTとはどのようなものなのか授業の形で展開しながら、心のスキルアップトレーニングというwebサイトで生徒に学んでもらいました。その後、各生徒に4週間、このサイトを活用してCBTを体験してもらいました。

 実施期間中、定期テスト、練習試合や予選等もあり、支援しなかったグループは抑うつや不安が少し高まっていました。一方でCBTを学んだグループは、抑うつや不安が維持、あるいは軽度の改善をしていることがわかりました。

 つまり、精神療法として用いられているスキルを健常な生徒に提供するだけで、生徒がストレス・マネジメント・スキルを獲得できることが示唆されたのです。実際に生徒からも、「自分の考え方の癖を理解できて、考え方を変えることで気分や行動に変化が生まれる」という声をもらいました。

 こうした研究結果を受けて、教職員とも話し合いながら、メンタルヘルスを日常生活に取り込むことが卒業後の人生においても重要だとの共通認識に至り、現在では3学年通したカリキュラムの中にCBTを入れて、教科書を使いながらCBTを学び、インターネットを用いたCBTも通年で利用できる形にしています。

 このような取り組みをメディアでも取り上げていただき、参加する生徒だけではなく教職員や保護者にもこうした取り組みが重要であるという意識の醸成を図れたことは非常に大きかったと感じています。

 一方で、統計以来最多を記録している子どもの自殺については、新設されたこども家庭庁が子どもの自殺対策緊急強化プランを提示しているように、待ったなしの社会課題です。

 こうした課題に対応し、どうすれば子どもの心の不調に早く気付けるのか、どうすれば子どもたちに負担のない形でメンタルヘルスケアを届けられるのか、またどうすれば限られた専門家を子どもたちや学校に繋ぐことができるのか。そういったものを考え尽くしたサービスが「Welcome to talk」です。

 「専門家との相談をいつでもどこでも気軽に手軽に」をコンセプトに、ICTを活用したメンタルヘルスケアになっています。カウンセリングといえばスクールカウンセラーによるものを思い浮かべる方が多いと思いますが、カウンセリングだけでは支援も十分に行き届かないところがあります。

 Welcome to talkの特徴は、生徒の日常の心理状態を音声感情センシングという技術を活用しながらモニタリングし、必要なときに必要な方法でカウンセリングを行うとともにアセスメントを通じて生徒が学校生活をよりよく過ごせるように支援することです。

 また、メンタルヘルスケアを通じて得られるデータを解析することで集団の傾向や個人の傾向を抽出し、また研修を通じてリテラシーの向上を図っていきます。こうしたものをシームレスに展開していくことで、初めてメンタルヘルスケアが浸透していくようにと感じています。

 心理状態をモニタリングする音声感情センシングについて補足しますと、これは子どもでもSOSを出せるようにというものです。

 当初、我々はカウンセリングサービスからスタートしたのですが、なかなか生徒がカウンセリングを利用してくれないという課題がありました。利用しない理由を尋ねると、カウンセリングルームに入るのを見られたくないという声、また自分の気分が落ち込んでいる、自殺をしたいというような思いはあるが自分から「助けて」と言えない、何とか誰かに気づいてもらいたいという声を我々は受けました。ただ、怪我などとは異なり、心は目に見えないのが特徴でもあるため、いかにそういったニーズに応えていくかが発想の原点でした。

 そこで注目したのが音声感情センシングという技術です。「助けて」とは言えないけれど「サンドイッチ」ならば言えるということで、スマートフォンでサンドイッチ、ショートケーキ、カレーライスといったキーワードを発してもらい、 発声の際に生じる声帯の不随意反応からストレスを可視化する技術になっています。こうすることで、自分から「助けて」と言えなかった子どももカウンセリングや支援に繋がっていることも少なくありません。

 実際のカウンセリングでは、児童精神科医などと45分、ゆっくり話をします。精神科医療に対する偏見や抵抗感もある中で、専門家側から生徒に寄り添うことも一つの重要な機会だと感じています。現在では、学校法人角川ドワンゴ学園とも連携をしながら、新しい時代の学校向けメンタルヘルスケアの展開をしているところです。

 また、目に見えない心、だからこそエビデンスを重視しています。一般的に気分が落ち込んだらカウンセリングに一足飛びに行くことが多々ありますが、相談方法によって強み弱みが異なってきます。

 相談方法別の精神的健康度の変化を見ると、SNSの流行等もあって子どもたちはテキストベースでのカウンセリングの利用がとても多いのですが、相談の受け皿としては機能するものの回復まで持っていくのは難しいことがわかってきました。

 一方で、オンラインによるカウンセリングは精神的健康度が改善されることがデータに出ています。そのため、カウンセリングをひとくくりにするのではなく、それぞれの相談方法の強み弱みをしっかり理解しながら、早期発見から早期支援までをシームレスに展開していくことが重要です。

 今後の取り組みとしては、テキスト健康相談やオンライン健康相談に加えて、VRカウンセリング、カウンセリングの場を仮想空間に移動してアバターを使いながらカウンセリングが受けられるようなサービスを届けたいと考えています。また、いつどこで誰がどのようなカウンセリングを受けているのかといったデータが蓄積されてきたことを受けて、そのデータ解析をより本格化していきたいとの想いから、東京大学と共同研究をしていく予定になっています。

 さらには、こども家庭庁や文科省と連携しながら自殺対策により寄与していきたいと考えています。子どもを守ることは、日本の未来を守ることです。メンタルヘルスケアを通じてデータを蓄積・管理しながら予防産業の実質化、教育と医療を繋ぎ社会を創造していきたいと考えています。


    ※2023年9月6日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。