不良長寿と免疫
2009年8月5日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。
順天堂大学 医学部
教授 奥村 康氏
今年の五月,連休の前に,順天堂大学の駅伝の名監督である澤木先生から「メキシコでへんなインフルエンザが流行っているようだが,東京で予定されている国際陸連の行事に影響はないだろうか」というお尋ねがありました。
私は即座に「大騒ぎすることはありません。そんなことは少しも恐くないから,予定通り全部おやりなさい」と答えました。
何故,私がそのように答えたかと申しますと,SARS騒ぎの経験もありますが,インフルエンザやSARSのような疾患では,感染した人間には,5日か6日すると,体の中に免役抗体ができます。それが免疫の仕組みで一番ありがたい面です。
日本の医療設備と我々がもっている知識があれば,あの程度のものが来たってそう簡単に死者を出すことはないと思います。結局,陸連の行事は外国選手を招待して,滞りなく行われたそうです。昔アメリカでも,70人程のSARSの感染者が出ましたが,一人も死んでいません。
さて,今日のテーマは『不良長寿』の話ですので,話題をそちらに進めます。
何年か前に,ある生命保険会社の会合に招かれた時に幹部の方から質問を受けました。
「株式一部上場会社の部長級の人が定年退職した後の平均生存年数は約7年8ヶ月です。この数値は他の人たちに比べて比較的短い。役員になったり社長になったりした人は長い。それから,部長になれなかった人も長い。これをどのように考えますか。」
「恐らく,世の中で一番まじめな人種が,株式一部上場会社の部長で定年退職する人です。『不良性感度』の高い人は,社長や役員になっているか,あるいは,部長になれないかのどちらかです。典型的なまじめなのは部長で辞める人で,その方を『不良性感度』の高い人といっています」と答えました。
この話には根拠があります。
フィンランドで,大々的なスタディーをやりました。まじめな課長,係長 600人を一つのグループにして,1年に2回の健康診断を行い,コレステロールの値をチェックし,煙草は厳禁,酒もほどほどにという生活を続けさせました。一方,もう一つは,職責,生活レベルはまじめグループと同じですが,煙草も酒も自由。健康診断も無視というでたらめグループを作りました。
約10年間の間,その生活スタイルを続けて,どんな差が出るかを調べたのです。10年目にフタを開けて,いかに健康管理が大切かを国民に周知しようという試みだったのです。
結果は意外にも,まじめグループで600人中,14〜5人が死んでいました。でたらめグループは全員健在でした。
当局は困惑して発表を控えようとしましたが,やはり発表して原因を調べた方がいいということになり,結局,発表したのですが,これが有名な「フィンランド症候群」という話です。
原因として,二つのことが推測されます。一つはコレステロールの徹底的管理です。当時の医学の常識では,コレステロール値は低い程いいというのが常識でした。ですから高い人は下げました。これがよくなかったという推論です。
最近の統計でコレステロールは適切な値が必要であることが分かってきました。低いと早死します。あまりにもコレステロールの管理を厳重にしたのが問題だということです。
もう一つは,ストイックな生活です。精神的なストレスが高まり,体内の免疫系を脅かしたのだろうということです。
以上の議論は二つとも正しいようです。
コレステロールは非常に大事なものです。ホルモンは全部コレステロールでつくられます。強い血管もコレステロールでつくられます。コレステロールの最適値は 260〜280mgが一番長生きの数値といわれています。この値より高くても早死に,低くても早死にです。
コレステロールは脳の活動にも影響を与えます。コレステロール300mgの人に投薬してコレステロールの値を下げると,段々無口になったり陰気になったりします。鬱になるという調査結果もあります。
まじめグループで死んだ人のなかには自殺者もいました。これは,コレステロールを下げ過ぎたことに原因があるのではないかといわれています。
もう一つは,ストイックな生活と免疫の関係です。私たちの体は,毎日,1兆個の細胞が新しく生まれます。その中の5千個が不良の細胞です。これがガン細胞です。この5千個のガン細胞をくまなく見つけだして殺している細胞があります。その細胞をNK(Natural Killer)と呼んでいます。免疫細胞の一つです。
このNK細胞が強い限り,人はガンになりません。しかし,NK細胞は,年齢を重ねると値が低くなります。
また,NK細胞は,精神,神経の影響を受けます。特に悲しいストレスを受けると,下がります。人にとって,最も悲しいストレスは,母親が子供を亡くした時だといわれています。こんな時にはNK細胞の働きは極端に下がります。NK細胞の活動が鈍ると発癌率が上がるとともに,ウイルス感染に弱くなります。
もう一つ別な要因に,毎日の生活のリズムがあります。毎日規則的に生活している人のNK活性は保たれます。
生活のリズムをでたらめにすると,日内変動によるホルモンの流れもでたらめになります。そうするとNK活性は下がります。
ある航空会社で,10年前に調べた実例があります。しょっちゅう日付変更線の上を飛んでいるパイロットは寿命が短かったようです。国際線パイロットの生活リズムは非常に不安定で,NK活性が低いのです。就労期間を調整することで,ゆっくりと日内変動の時差を調整するようにしました。NK活性も正常になり平均寿命も伸びているということです。
長距離トラックの運転手さんで検証した例があります。彼らが50歳〜60歳になると,激しい日内変動のために,必ずNKが下がって,何かの病気を抱えます。
精神的なストレスをはね除ける方法があります。私はある民間テレビで,公開実験をやりました。お相手は丹波哲郎さんです。
まず,丹波哲郎さんの血液を採取して,NK活性を調べました。当時,70代でしたので比較的低い値でした。
対談になって,アナウンサーが面白い話を立て続けにしゃべりました。その話に,丹波さんはゲラゲラ笑っていました。30分経って,再び採血。NK活性は最初の10倍に上がっていました。
一方,アナウンサーは若いから最初はNK活性が高いのですが,丹波さんと話し始めると,緊張してNK活性は下がりました。
この実験が示すように,免疫細胞は精神,神経の影響を受けるものなのです。
ストレスはどんな人にもかかります。そのストレスをうまく忘れて,明日に引き継がないというのが,大事なことです。
ストレスを断ち切るためには,よい友達を持つということも必要でしょう。お酒も適当に飲むのがよいとされています。
要するに「不良性感度」の高い人の方が,断ち切り方が上手いのではないかと思います。
ストレスの断ち切り方が上手くない人の方がNKが低いと推察して,調べてみますと,やはり,いわゆるまじめ人間の方がNKが低いということが分かりました。
まじめな方に多いのですが,朝のジョギングも危険です。20代,30代では問題になりませんが,60代過ぎると朝のジョギングは危険だということも知られています。
私たちの体はいろいろなホルモンが分泌されています。ホルモンの日内変動に合わせて体を動かすことが大切です。走りたければ午後です。
「不老長寿」という言葉は,東洋人はよく使いますが,白人の世界にこの言葉はありません。「不老」はアンチエイジング,「長寿」はロングライフです。今のところ,「不老」と「長寿」のサイエンスは相いれないこともありますが,60歳の人を30歳の体力に戻すのが,アンチエイジング「不老の科学」です。
今日は「不老」ではなく「不良」の話です。「不良性感度」が高いほど,人間は長生きできる。コレステロールの値も,ある程度高いほど長生きできるという話をいたしました。