禅的瞑想/マインドフィットネスと経営
2025年5月21日(水)
(株)イトーキ
代表取締役会長 山田匡通氏
禅的瞑想は、アメリカでは「マインドフルネス」と言われています。これを熱心に行った著名な人はアップル社創業者のスティーブ・ジョブズです。マインドフルネスという言葉が出る前から禅を真剣に修行しました。
もう一人有名な方はクラウドコンピューティング・サービスの提供企業セールスフォース・ドットコムの創業者、マーク・ベニオフです。1999年に会社を作り、直近の売上は円換算で5兆5000億円です。彼に3年ほど前に会った時、私は会社の名刺がなかったため三宝禅管長の名刺を渡すと、第一声が「お前、座禅やるのか。今日、座ってきたか」でした。「実は今日、忙しくてホテルの部屋で座れなかった。パーティーが終わったらすぐに座らなくちゃ」と言う。驚きました。
同社のサンフランシスコのオフィス構内には瞑想の場があり、日本の障子、畳、座布があって立派な座禅の部屋になっています。それから、セールスフォース・ジャパンも素晴らしいオフィスを作っており、フロアごとに瞑想の場を設けています。
IT企業の中で瞑想を展開しているもう1つの例はグーグルです。シリコンバレーの超近代的な本社の中に瞑想の場があり、私も座ってきました。
この起源は何なのか。『マインドフィットネス入門』を書く時に調べてみると、ジョン・カバット・ジンという人にたどりつきました。彼は私の3、4歳下で、ちょうど私がボストンでハーバードビジネススクールに行っている1967、8年ぐらいに、マサチューセッツ工科大学の学生で、そこで韓国の有名な禅僧・崇山行願に師事して禅を学びました。その後20代で、ボストン郊外にあるケンブリッジ禅センターの創設者の1人になりました。彼は、禅の瞑想を、いろいろなストレス、あるいはアルコール依存、薬物依存、躁鬱など精神的な問題を持った人に適用すると非常に効果がある、精神が元に戻っていくとして、29歳の時にマインドフルネス・ベースト・ストレス・リダクション(MBSR)という名前で展開しました。そこから心理療法、精神医療の世界で有名になりました。マインドフルネスという名前の起源です。
私に言わせると、瞑想は通常の精神に戻すだけではなく、そこから先に本当の力があります。ストレスから正常の精神に戻した先の力がビジネスを運営・経営するリーダーを育成する上で非常に重要です。
本質的なことを申し上げると、瞑想をすることによって、自分と他人の境目が薄くなってくるのです。禅的瞑想とは、哲学、道徳、倫理、宗教に関係なく、自分の心を訓練していくことが本質です。そのため、私はマインドフルネスの代わりに「マインドフィットネス」という言葉を作りました。心を鍛えることの本質は、自分と他人の間の垣根を薄めていくことです。
そして、それは簡単な禅的瞑想を継続すると、自然に起こってきます。
例えば、稲盛和夫さんが利他の精神を盛んに言っておられ、それが彼の経営体質のベースになっていました。確かにそうした精神を生まれつき持っている方はいて、禅的瞑想をやらなければそうした世界が展開しないわけではありません。稲盛さんは、出家、得度されていましたから、おそらく禅をやっておられたと思います。ただ、通常の人は利他の精神にはなかなかいきつきません。いざとなると自分が可愛くなるのです。
禅的な瞑想を継続すると、自分と他人の間の垣根が薄まる効果が非常に大きくなります。リーダーの基本的な資質は、組織を運営し最終的な判断をする時に、自分の利害ではなく、全体の利害で判断ができることです。これを自然にできることが一番大切なポイントだと思います。
瞑想を継続していると、その心が次第にそして自然に養われてきます。私の言葉で言うと、1つの世界に近づく。垣根が薄まっていく。垣根が低くなっていく。三宝禅の管長として純粋禅の世界を少し申し上げると、実は人間の存在とは、個別の独立の存在ではなく、1つの生命体です。人間の本質の世界とは1つの世界、1つの生命体なのです。
例えば、コロナ禍でみんながマスクをしました。なぜか。自分の健康は他人の健康によって維持される。自分が健康じゃなければ、他人も健康じゃないからです。人間が1つの生命体だということは、こうしたことを経験を通して浮き上がってきます。
それぞれ、自分一人で生きているんだと思っているかもしれませんが、自分を1つの箱の中に入れて空気を入れなかったら、我々の命は十分と保たない。我々の命は酸素を吸収して炭酸ガスを吐き出して生きています。
その酸素は地球の活動からきています。酸素は植物を通して供給される。では、地球の活動は何か。太陽と地球のこの距離が3%違ったら地球の全生命体は消滅するとよく言われています。それほど非常に微妙な太陽と地球の関係で、地球の奇跡的な生命体は維持されています。
その太陽と地球の関係は、銀河系の中の大きな星の集団の中の1つとして、たまたまそういう位置づけになっています。銀河系は横が17万光年、縦が7万光年という大きさで、その様な銀河が宇宙には少なくとも5000個あるといわれている。そうした宇宙の中の奇跡的な太陽と地球の関係で、我々の生命は維持されています。
禅的瞑想は、その1つの生命体という世界に無意識のうちに近づきます。そして、この世界に近づくことによって、新しいクリエイティビティとイマジネーションが湧いてきます。単なる人間ではなく自然も含めた他人と自分の境界が薄まると、そこからいろいろな情報が入ってきます。これが自然に自分の持っているものと化学反応を起こして新しいアイデアが湧いてくるのです。スティーブ・ジョブズ、マーク・ベニオフのような人はそうしたことで禅の価値を体験したのだと思います。
私は大した能力を持って生まれたわけではありませんし、ビジネスのために座禅をしてきたわけではありませんが、結果、今の年齢で現役で経営をしていますし、業績も大きく回復させました。イトーキの2019年の業績は1200億円の売り上げに対して9億300万円の営業利益だったため、これはまずいと思い、いくつかのテーマを設けてドラスティックな経営改革を実行しました。結果として、昨年度の営業利益は101億円にまで改善し、株価も340円から1900円台になっています。瞑想的なものが、1つの力になっていることは間違いありません。
それから、瞑想の継続は脳に対するインパクトも大きいのです。2000年から2012年の12年間に、専門的な医学雑誌に発表された脳と瞑想の関係についての論文が1600もあります。それほどマインドフルネスと脳科学の関係が重要視されており、10年たった今、その数は3000を超えていると思います。特に京都大学の研究が進んでいるようです。瞑想の継続は脳の活性化になる、のみならず大脳皮質の細胞の密度を濃くする面があるということがわかっています。
瞑想の一般的効果は、心の落ち着き、集中力の向上、状況の変化に動じない心、体調の改善、対人関係の改善等です。
その次がリーダーシップ効果です。
リーダーとは、自分の判断で組織のために行動し、決断できる人です。仮に新入社員でもそれができる人は、リーダーです。
リーダーシップ効果は、組織の活動に対する実践力・実行力、結果を出す力、チャレンジ精神、困難にくじけない強い心(レジエンス)、他者の意見に耳を傾ける、他者の関係を思いやる、他人の利害を考える、個人としての自分の利害を考える前に組織全体を考えるなどがあり、これらは自分と他人の間の垣根が薄まっていくことによる効果です。それから、環境への配慮、社会に対する貢献、想像力、イノベーション等です。
ハーバード大学医学部のサンジブ・チョプラ教授が書いて、アメリカでベストセラーになった本『ハーバード医学教授が教える健康の正解』(櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)があります。そこには、1日15分から30分の瞑想で人生が大きく変わる。そして、ストレスを軽減し、血圧を下げる。脳が変化する、長寿になる、IQのスコアは急上昇するなどが書かれています。そして、「自分の仕事や人生がこれほど充実しているのは過去35年間、一日2回の瞑想を欠かさずに実践したから」とあります。
最後に、皆さんに瞑想の仕方を紹介します。
普通は畳の上に1人で座るときは座布を使い、壁に向かう面壁(めんぴき)をします。普通の椅子に座っても大丈夫です。座り方は、背筋をまっすぐにし、耳と肩を通る線をそろえ、顎をちょっと引く。目を閉じずに45度ぐらい下げます。
ポイントは自分の息を利用することです。最初に息を自然のリズムにしていくために深呼吸を2、3回したあと、吐く息に意識を集中して「ひとーつ」と心の中で数えてください。そして、次の呼吸を吐く際にその息に意識を集中しながら「ふたーつ」と数えてください。このようにして、10まで数えたあと、また1から始めます。この繰り返しだけです。
効果は、私が尊敬する道元禅師の言葉で言うと、「自己を忘ずる」ことです。自分と他人の垣根を薄めることと全く同じです。息に集中している間、自分を忘れ、自然に他人との間の垣根が薄まって、1つの世界に近づきます。
最初5分から始め、継続しているうちに5分じゃ物足りなくなって、7分、8分と伸びてきます。最大25分まで、それ以上は集中できません。
もう1つ重要なことは、いろいろな想念が起こってくることは悪いことじゃありません。いろいろな想念が起ってそれに気がついたら想念と戦ったり、それを押し殺したりするのではなく、それを「横に置く」ということを試みて下さい。しかし、起ってくる想念の中にビジネスや経営に役立つアイデアや戦略がピカリと沸いてくることがあります。その時はメモなどに書き留めておき、瞑想に戻ってください。そして、瞑想終了後に、じっくり見返しフォローしてください。そうなってくると、なかなかやめられなくなってきます。瞑想の時、メモ用紙とボールペンを横に置くことをおすすめします。もうひとつ大切なことは継続です。まず、毎朝5分の瞑想からスタートし、それを習慣化し・継続してみて下さい。ぜひ皆さんに試してみて頂きたいと思います。
※2025年5月21日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。