誰もが自然に笑顔で繋がる場所
〜ピックルボールが教えてくれたスポーツの本質〜
2026年7月8日(水)
プロテニスプレーヤー
ピックルボールプレーヤー 藤原里華氏
6歳からテニスを始めて、17歳から20年間、プロとしてプレーしてきました。コロナ禍突入の直前に38歳で引退し、パン屋のアルバイトや幼児スポーツ教育に携わりながら第二の人生を模索していた頃、2年前にピックルボールと出会い、その面白さ、コミュニティの素敵さにはまってしまい、今年3月にプロ契約をしました。
ピックルボールは卓球、テニス、バドミントンを組み合わせた、パドルと呼ばれるラケットと穴の空いたボールを打ち合うラケットスポーツです。発祥の地・アメリカでは、プレー人口が約5000万人と言われ、6人に1人の割合でプレーしています。2024年時点の競技人口では、バイク、ランニングに次ぐ第3位で、幅広い年齢層が楽しんでいます。
ピックルボールの魅力は主に3つあります。
まず、初心者でもすぐに試合ができるようになり、上達を実感しやすいことです。個人差はありますが、20分ほど練習するとラリーや試合ができ、楽しさを感じることができます。
そして、老若男女、誰でも楽しめます。
3つめは、会話を楽しみながらプレーできる点です。プレーヤー同士の距離が近いため、プレー中に会話しやすく、相手やペアのプレーを称えてパドル同士を軽く合わせる「パドルタッチ」という文化が会話を生むきっかけとなり、コミュニケーションが成り立ちやすいのです。
ピックルボールはバドミントンと同じサイズのコートで行われます。パドルはテニスと卓球のラケットの中間のような大きさで、約230グラムと非常に軽く扱いやすいのが特徴です。ボールには穴が無数に開いており、空気抵抗を受けて失速し、テニスボールに比べて3分の1ぐらいしか弾まないため、腰の高さで打ちやすくなっています。
私が初めてプレーしたのは、ピックルボールのサークルに誘ってくれた耳の聞こえづらい女性の方と、80歳の男性でした。どんどんエースを獲られてしまいました。それほどラリーが続きますし、年齢差は関係ありません。ネットから約2メートルはノンボレーゾーンと言って、ノーバウンドのボレーが禁止されているルールのため、スピードに自信があってもボレーを決められず、ラリーが続くという特徴があります。また、最初はシャイでも、パドルタッチを介して笑顔が生まれるところが魅力的だと感じます。
テニスコート1面でピックルボールのコートが4面ほど作れるため、アメリカではテニスコートを経営している人がどんどんピックルボールコートに替えるという、テニスから見たらちょっとピンチな状態ですが、それほど人々を魅了しています。
健康促進やダイエットにも効果が高く、ピックルボールにハマっているうちに、「元気になってきたからまたテニスをやってみよう」などと、ラケットスポーツ全体の活性化にもつながっているという話もあります。
アジアでは市場が急拡大しており、中国政府は5年以内に競技人口1億人、1万コートを目指していますし、Googleマップで「ベトナム、ホーチミン、ピックルボールコート」と検索すると、数えきれないほどのピックルボールコートが表示され、どこも仕事帰りの方々で賑わっています。
そして日本は、私が始めた2年前の競技人口は5000人でした。ピックルボールをする場所も相手も少ない状態でしたが、あっという間に去年は4万5000人、今年は33万人に膨れ上がり、大会にエントリーしても出場が難しいほどの人気です。私の仲間のテニスプレーヤーもとても興味を持っていて「教えてほしい」と言われます。
7月4日に立川立飛アリーナで開催された、プロフェッショナル・ピックルボール・アソシエーション(PPA)東京オープンのシングルスで優勝しました。ダブルスでは高校1年生の佐脇京選手と組んで準優勝を収め、どちらも日本人初となることができました。
私は今、アスリートであるとともに、「PICKLEBALL X」というSansan株式会社による世界トップレベルの日本人プレーヤーを育成するプロジェクトのヘッドコーチも務めています。私が選手、コーチ、普及を行う中でモットーとしているのが、相手のスーパーショット、ナイスショットを本人よりも喜ぶことです。
先日のPPAの決勝のファイナルセットで5対10になった時、相手のプレーが素晴らしくて、もう今日は難しいなと思いました。体力的にも限界が来ていました。その中でお客さんに大会を見に来てよかったと思ってもらえるよう考え、試合中に笑顔で観客の皆さんを盛り上げ、応援の楽しみ方を提案し、そして、もう一回攻め貫いた結果、勝ちがこちらに転んできてくれたのです。私は「皆のためになるかどうか」を大切にしています。私がいいプレーをしても、その試合がつまらなかったら誰かのためになんてならないと思い、観客の皆さんが楽しむことを念頭に置いたところ、ラッキーなことに結果もついてきてくれました。
何より嬉しかったのは、「涙が止まりませんでした。感動しました」と、決勝を見に来てくれたお客さんやオンラインで見た方が言ってくれたことで、第二のキャリアでコートに立つ理由は本当にこれだなと思いました。私はこれから本場アメリカを主戦場にしますので、そこでこのモットーを伝えていきたいと思います。
6月は、アメリカ最高峰のプロリーグに参戦してきました。トップクラスの選手と対戦したり、一からチームを作ってコミュニケーションしたり、いい経験を積むことができました。アメリカではコロナ禍におばあちゃんからピックルボールを紹介されて始めたプロも多いのです。それほど家族や世代間をつなぐスポーツだと感じています。
2月にはインドのプロリーグに、3週間、参戦しました。インドのプロリーグは巨大資本も動いており、私が参加したチームはチェンナイ市を代表したチームで、インド映画のスーパースターである女優がオーナーを務め、クロアチア、メキシコ、ベトナム、アメリカ、そして日本の私でチームを構成しました。世界24カ国からドラフトされた選手による7チームで3週間戦い抜き、準優勝に貢献することができました。ピックルボールは団体競技としても人気が高く、協力的な選手たちと共に、チームで戦略を考え、利他の心でチームワークを築くことができ、一生の友人ができた3週間となりました。
PPAピックルボール・プロフェッショナル・アソシエーションツアーは、頂点にあるワールドチャンピオンシップスに優勝すると3000ポイント獲得できる仕組みです。こちらの昨年度の大会で、シングルス、ダブルス共に予選を突破し、シングルスでは世界トップ10に勝利してベスト16に進出しました。 また、本場のアメリカは、すべてのピックルボールプレーヤーが純粋に楽しんでいます。そして、日本から来たプレーヤーにも、その人のパフォーマンスがいいと思ったらどんどん声をかけてくれ、応援の輪が広がります。最終日には、「私、日本から応援チーム連れてきたのかな」と思うほど大勢の皆さんが応援してくれました。
何より素晴らしいのは、その人達もアマチュア、シニア、ジュニアで大会に出場している選手なのです。ピックルボールは、アマチュア、シニア、ジュニア、プロが同じ期間、同じ会場で戦います。とても賑わい、いろいろな世代が集まって、友情の輪が広がっていくところが一番好きなポイントです。
今回、PPAツアーの上から5番目のアジアオープンというカテゴリーで優勝し500ポイントを獲得しました。世界トップ選手が集うワールドチャンピオンシップスで優勝することを目標に、7月20日からアメリカに参戦してきます。
私はテニスコーチをしている両親の下でテニスを始めました。68歳の母は、10年前に胃を全摘し体重も10キロ落ちましたが、テニスコーチは現役で毎日コートに立っています。でも、自分自身がプレーをすることは諦めていました。ただ、「ピックルボールならできる、私」と目を輝かせてプレーするようになり、私と一緒に立ち上げたピックルボールサークルはどんどん広がり、参加者が200人を超えています。
1年前、母とPPA福岡オープンという大会に親子でダブルスを組んで出場できたことも、かけがえのない思い出となりました。このように親子で楽しむ人達も多く、先ほどの80歳の方もお孫さんと楽しんでいます。
私もテニスの指導をして長いのですが、テニスをしたことのない人に初日からラリーや試合を楽しんでもらうことは難しいです。でも、子供たちは試合したいと言います。その願いをピックルボールは簡単に叶えてくれので、素敵なスポーツだなとこちらの笑顔も止まらなくなってしまいます。
32年間のテニス人生を振り返った時、思い出されるのはトロフィーを掲げた瞬間ではなく、テニスを通じて出会った仲間や友人、支えてくださった方々との思い出でした。「人生を本当に豊かにするのは、人とのつながりや共に過ごした時間なのだ」と強く感じました。
私の第二のアスリートキャリアでは、スポーツを通じて、多くの方々のかけがえのない思い出を生み出すことに貢献したい。それが私のミッションです。
この想いに共感してくださる皆さまと共に、より豊かで笑顔あふれる社会を築いていきたいと思っています。
※2026年7月8日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。