人生をかける〜ミャンマーの人々の命を守る医療活動〜
2025年9月17日(水)
(特非)ミャンマーファミリー・クリニックと菜園の会
代表理事・医師 名知 仁子氏
私はミャンマーで多くの命を落とす子どもたち、人々の健康と命を守って、活動しています。
日本の大学病院で11年間、心臓を専門とする医師として勤務した後、国際的に有名な国境なき医師団の一ボランティア医師として世界中を駆け巡り、医療人道支援に貢献してきました。
自分の23年間の国際医療の中で忘れられない国があります。それは、私に聴診器一本で人を診るということはどういうことなのかを教えてくれたミャンマーです。医師も看護師もいない、医療施設もない。私は日本では助かる命も助からないという現実にぶち当たります。想像を超える人の命のはかなさ。命が本当にはかないのだという現実を突きつけられました。頭から点滴を刺さざるを得ないような痩せ細った赤ちゃんたち。泣こうにも涙が出ない、目が落ちくぼんだ赤ちゃんたち。そして下痢でいとも簡単に命を落としていく。それが現実だったのです。
アフガニスタンで命を捧げられた中村哲医師はこうおっしゃいました。「一隅を照らす。世界を救うのではなく、自分の身の回りを照らしなさい。それが国の宝だ」。この言葉は私の胸の中に本当に輝いています。そして、その言葉を胸に抱いて、私は医師も看護師もいない無医村で、毎日毎日、試行錯誤を繰り返しながら活動に従事しています。
「この人たちの命を救いたい」、私は本当にその一心で、2008年に任意団体、2012年にNPO法人「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会」を立ち上げました。そして、2015年からミャンマーの南西部のミャウンミャという外国人は私一人という地に根を下ろしました。そこは、電気は来ても6時間、一日中来ない時もあります。安全な水はありません。床の上に3枚のござを引いた2畳半の部屋が私の生活のすべてです。自分の人生をかけ、村々を廻る巡回診療、歯磨き指導や手洗いの大切さを伝えるなどの保健衛生活動と菜園事業を続けています。
「なぜそこまでしてミャンマーなの?」とよく聞かれます。本当に困っている人がいたら手を差し伸べるのは普通でないでしょうか。さらに、ミャンマーの地は聴診器一本で人を診ることはどういうことかを教えてくれた私の医師としての医療の原点でもあります。
現在のミャンマーは軍事政権下で、日本政府もミャンマーの政府を正式な政府とは認めていません。徴兵制は男女区別なく行われ、とても厳しくなっています。そのような現実の中で暮らす若者たちは、夢も希望も持つことができず、日々、不安の中で生活をしています。
何よりも、大変なのは子どもの命です。ユニセフによると、5歳までに亡くなるミャンマーの子どもたちは実に100人に4人と日本の20倍で、東南アジアで最高水準に達します。2〜3年前までは17倍で、この2〜3年でこんなに高くなっています。
私は医師です。人の命を救うのが私の使命です。でも救えない。なぜ救えないのか。出産時に医師も診療所もないため分娩は自宅で行われ、そこで大出血を起こしたり、感染症を起こしたりして命を落としていく。さらに栄養不良で亡くなっていく。目の前で失われていく小さな命を見つめながら、私は自分が何のためにここにいるんだろうかと自問自答を繰り返しました。私は医師なのになぜ救えないのか?
そして、私が出した結論は、とてもシンプルなものです。食べ物を作ろう。さらに、下痢で亡くなる子どもたちが命を落とさないように必要な保健衛生の知識を得てもらい、実践してもらい、定着してもらおう。
村には茶色く濁った池の水しかありません。健康な私でさえ、この池の水を飲んだらたちまち下痢になり脱水を起こし、そして亡くなる可能性もあると思います。ましてや免疫力のない子どもたちが飲んだら、ひとたまりもありません。
私が活動をする村に、小学校3年生の8歳の女の子がいます。彼女は毎日、学校が終わった後、2時間半かけて、家族8人分の池の水を汲みに行きます。両肩にてんびん棒で40ℓを掛けて一生懸命、彼女が汲んでくる家族のための水が、実は彼女の家族の命を奪っていく可能性があるのです。薬を処方しても、根本にある衛生観念や安全な水がなければ、人の命は救えない。その事実に直面した時、安全な水を届けよう、そして、命を救おうと決心しました。
「井戸を掘ろう。さらに、自分たちの手で食べ物を作ろう。自分たちの命は自分たちで守る。自分たちの健康は自分たちで守る」
私たちの提案に、最初は半信半疑だった村の人たちも、子どもたちの命を守りたい、自分たちの命を守りたいという思いは同じでした。村で最高齢のおばあさんが重いレンガを運びながら「自分の生きているうちに、安全な綺麗な水が飲めるなんて、夢のようだ」と私に伝えてくれました。その言葉は、ものすごい重みを持って私の胸に響きました。こうして、村の人たちと力を合わせて、今までに5カ所に井戸を掘ることができました。
今、6カ所目の要請が来ています。井戸から安全なきれいな水が湧き出た時の村の人たちの歓声、想像できますか。綺麗で安全な水があれば、大抵の病気は予防できます。ある村では、そこから電気を発生させ、夜間、子どもたちの勉強ができるようになりました。
1つの井戸を掘るには約350万円かかります。それでも、やるだけの価値はあるのです。その後、私たちは菜園作り、野菜の有機栽培にも取り組み始めました。水が湧き出たことで、農業ができるようになったからです。
他の団体と連携・共働し試行錯誤を繰り返しながら、自分たちで育てた野菜を食べられるようになり、炭水化物とタンパク質とミネラルの三大栄養素について学ぶ機会を得てもらうこともできるようになりました。
ある授乳中のお母さんは、私に伝えます。「野菜を食べるようになって、子供に与えるお乳の出が全然違うんです」。自分たちの命は自分たちで守る。自分たちの健康は自分たちで守る。これが徐々に村の人たちに定着していっています。
私たちの地道な活動は、世界が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)という大きなゴールにささやかながらつながっています。例えば、無医村に医療を届ける巡回診療や、子どもたちとともに母親たちの歯磨き指導などは、「3.すべての人に健康と福祉を」につながります。また、清潔で安全な水を届ける井戸と感染症を防ぐためのトイレづくりは、「6.安全な水とトイレを世界中に」そのものです。そして、自分たちの手で食料を生み出す菜園は、「2.飢餓をゼロに」という未来への種まきです。
最後に、私たちが最も大切にしている「未来の社会を創る人つくり」。小学校も出ていない村の女性たちが、今では立派な地域健康推進員として活躍しています。私たちは現地の若きリーダーを育てています。いつか我々の団体がいらなくなるように、彼らが自分たちの健康は自分たちで守り、命を生活を向上させていけるように。これは、「4.質の高い教育をみんなに」、そして「8.働きがいも経済成長も」につながる未来への最大の投資です。
最後にお願いがあります。私は自分のためにこんな活動を始めたわけではありません。SDGsのために活動を始めたわけでもありません。ただただ、目の前の命を救いたい一心でした。しかし、その行動の1つ1つが世界をより良くするための目標につながっていったのです。中村哲医師が大切にした「一隅を照らす。世界を救うのではなく、身の回りを照らしなさい。それが国の宝だ」は、私は自分たちができることをするだけで周囲を照らすことをミャンマーの地で体験しています。
そして、その光がつながることで、世界は変えられると信じています。共働の結果です。国を超えて共働することができる、命を守ることができることにつながります。皆様の温かいご支援が、軍事政権下で不安な日々を送り未来を考えることができないミャンマーの人々にとって、どれほどの希望となるか、計り知れません。
皆様からいただくご寄付は一杯の安全できれいな水となり、人々の命を救う力となります。若者が自立するための学びの場となり、未来を照らす光となるのです。子どもたちの命を守る安全な水を手に入れるため、1つの井戸掘りには水質検査を含めて約350万円かかります。ここにいらっしゃる皆様とともに、この井戸掘りの共働を一緒に成し遂げたいと思っています。共に働いていただけたら、大変嬉しいです。
そして一緒に一遇を照らす、その光となってください。皆様の胸の中にある、輝かしい光を、日本だけではなく、ミャンマーにも灯してください。今、この瞬間を懸命に生きているミャンマーの人たちと一緒に、あなたの温かいお気持ちをお寄せください。皆様の光がミャンマーの片隅を照らし、共働できることを心より願っております。
2025年9月17日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。