卓話


英国王室・アン往生のスーツをデザインして

2024年9月25日(水)

(株)コージアトリエ
代表取締役会長 渡辺弘二氏(東京南RC)

 弊社は、日本において非常に稀なオートクチュール・メゾンとして銀座で創業し、今年で52年を迎えました。フランスのパリで出会ったジャンポール・デュナン氏とともに1972年に立ち上げました。

 オートクチュールはフランス語で、「オート」は高級、「クチュール」は縫製、「メゾン」は家を意味し、つまり「高級オーダーメイドのお店」となります。

 英国王室、そして日本の皇室をロイヤルカスタマーにお迎えしてオートクチュールのさらなる発展を目指して長女・陽子と共に営んでおります。「至高の贅沢」と題し、オートクチュールを中心にあらゆるシーンに合わせた洋服を各種ブランドにて展開しています。

 私は昭和22年、東京銀座の壱番館洋服店の創始者・渡邊實の次男として生を受けました。小・中・高・大学と慶應義塾の一貫教育の中で育ち、大学3年の就職を考える時に、父から「お前、壱番館ビルの3階で婦人服をやらないか」と言われました。突然のことで躊躇しましたが、「お前、絵が上手いからできるよ」と言って席を立ったのです。

 本当に簡単に言い放たれ、そこで私の人生すべてが決まりました。私は大学時代、いかに早稲田に勝てるかを終始考えて柔道ばかりやっていたため、突然ファッションデザイナーの道を進めと言われてもなかなか頭が回らなかったのですが、目黒のドレスメーカー女学院に行き願書をもらって、大学卒業後の入学を考えました。

 ところが父に再度呼ばれ、「婦人服の専門家の人に話を聞いたら、日本で技術を習得するより、最初から本場で学んだ方がいいと言われた」と、兄・明治の留学経験もあって、壱番館とコネクションが深いロンドンに向かうことになりました。1969年5月のことでした。柔道着を持つ手を針を持つ手に変え、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションでファッションを学び始めました。

 このロンドン・カレッジ・オブ・ファッションは現在、国立ロンドン芸術大学の1学部になっています。ここで、デザイン、裁断、テーラリングを学び、その後、英国王室デザイナー・ハーディーエーミスがデビューした「ラシャス」というヨーロッパで一番歴史のあるドレスメーカーでお針子修行を始めました。

 女性のファッションはパリなしには考えられず、ロンドンでベーシックな技術を習得した後は、モードのエスプリを学ぶべくパリに向かい、歴史ある画塾「アカデミー・グランショミエール」でデッサンを学びました。

 パリという街は一日中カフェに座っていて道行く人をただただ眺めていても何の罪悪感も湧かない街で、それがまた素晴らしいところです。パリ生活をエンジョイしたところで、日本政府のスカラシップ留学生であった彫刻家の方の紹介で、当時ジバンシィに勤めていたジャンポール・デュナン氏と運命的に出会いました。

 彼に「銀座で本格的な婦人服の店を開きたい。一緒にやらないか」と聞くと快諾してくれ、翌年9月、「コージ・アトリエ」をスタートさせました。彼のファッション哲学、つまりフランス語で言う「モード」に対する彼の思い入れは大変強く、苦労しましたが、今になってみればそのプライドこそブランドの価値であり、我々日本人が学ばなくてはいけない部分であると思います。

 コージ・アトリエをスタートして11年後、スコットランドの生地メーカー社長より世界中のデザイナーを招聘して、彼の会社の生地を用いて、ロンドンのマンションハウスでのコレクションにぜひ参加しないかという話がありました。それにはグロスター公夫人が臨席され、英国王室が全面的にバックアップするというロイヤル・コレクションです。私は二つ返事で参加すると伝え、素晴らしい経験をさせていただきました。その模様はフジテレビの『ザ貴族』という番組で放映され高視聴率を獲得しました。

 その後、ロイヤル・コレクションは1985年にはスコットランド・エディンバラの国会議事堂で開催され、エディンバラ公がご臨席されました。ファッションショーの後には必ずロイヤルファミリーとの謁見があり、1人1人に大変温かいお言葉をいただきます。

 1991年にスコットランド王立美術館で開催され、アン王女がご臨席され、私にとって劇的な出会いとなったのです。

 アン王女は現在の国王の妹で、故エリザベス女王のお嬢様です。アン王女は馬術競技にとても熱心で、1976年のモントリオールオリンピックに英国王室として初めて出場なさり、日本にも馬術関係で度々来られています。

 アン王女にレセプションでお会いした時、ロイヤル・コレクションで大変お世話になったお礼を伝え、そこで思い切って「ぜひともお洋服をお創りしたい」とお伝えしました。そして、スーツのデザイン画を3点描いて、バッキンガム宮殿に郵送しました。

 正直、お返事が来るかどうか不安だったのですが、なんと「No.1のスーツを創ってください」とお返事をいただきました。早速、バッキンガム宮殿で仮縫いをすることになりました。それが1991年の秋のことです。

 当日、私はバッキンガム宮殿3階の彼女のプライベートルームに通されました。部屋のベッドにはテディ・ベアーの縫いぐるみが置かれ、サイドテーブルにはお母様であるエリザベス女王の写真が飾られていました。スーツ生地はスコットランド製の茶系チェックを用い、ブラウスはロイヤルブルーの日本のシルクを用いました。

 仮縫いをしながら、アン王女は「茶系とブルーは合わないのでは」とおっしゃったのですが、「王女様の肌の白さとロイヤルブルーはぴったりですし、茶色とのコーディネートもモードとして奥行きが出て、美しいハーモニーがかもし出されています」とお伝えしたところ納得されました。また、パパラッチが話題になっていた頃で、「車に乗る時に写真をよく撮られるので何とかしてほしい」とおっしゃったので、巻きスカートの裏地を工夫して直接、おみ足が見えないようにしてお届けしました。

 その後、アン王女がいつお召しになられたか、日本でやきもきしていたのですが、ちょうどアン王女が来日されて日英協会のレセプションがあり、出席しお会いしました。王女は私の顔を見るやいなや、「コージ、あのスーツとても着心地が良いですよ。ごめんなさい、今回そのスーツを着て来れば良かったわね」とおっしゃられ、何と翌年に来日された時にお召しいただき、その写真が朝日新聞に掲載されました。

 アン王女は、「セーブ・ザ・チルドレン」の総裁などいろいろなお仕事をされており、英国では、アン王女はとても国際的な活動をされ王室で一番働き者の王女であると高く評価されています。大変気さくで、日本に対してもとてもいい感情を持たれていることを感じます。今回、チャールズ3世国王就任に際しても、お祝いのお手紙をお出ししたところ、丁寧なお返事をいただきました。温かいお心配りには本当に感謝しかありません。

 次はパリのルーヴル美術館でのコレクションについて紹介します。10年ほど前、コージ・アトリエの創作活動40年を迎えた時期に集大成として何かを残したいと思いました。

 私は印象派のモネの絵画の色使いやタッチに創作のためのインスピレーションを得ています。パリ印象派の画家たちは、日本の浮世絵から多くのインスピレーションを得て作品をより深化させ発表しました。私は常々、機会があったら日仏友好の証として、多くの方々にそのことを伝えたいと思っていました。その気持ちを、コレクションを通して表現したいとルーヴル美術館に要請したところ、オーケーが出たのです。2015年7月7日、「モネへのオマージュ(畏敬)」をテーマにコレクションを開催し、それがBS・TBSで放映されました。

 私はロンドンでファッションの技術を学び、パリでモードのエスプリを肌で感じ、多くの作品を創り続けてきました。それは単なる利潤追求ではなく、日英友好、日仏友好の一助になればと思ってのことです。そして昨年秋、英国大使館とのご縁に恵まれ、毎年行われている英国政府によるChevening奨学金プログラムスポンサーへのお声掛けをいただきました。

 現在、「The Koji Watanabe Fashion Scholarship」として来年度の「ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション」への秋入学生の募集を行っていますので、英国大使館もしくは弊社のホームページをぜひご覧いただければと思います。

 2010年に私は東京南ロータリークラブに入会し、ロータリアンとして微力ながら国際的な社会貢献・社会奉仕につながることができたらと常々考えてきました。今回このような機会をいただき、誠にありがたく、御礼申し上げます。


    ※2024年9月25日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。