卓話


日本市場の変革を通じた市場の発展〜JPXにおける取組み〜

2025年1月15日(水)

(株)日本取引所グループ
取締役兼代表執行役グループCEO 山道裕己氏


 日本取引所グループは、2013年に東京証券取引所と大阪証券取引所が経営統合して設立しました。傘下には東京証券取引所、大阪取引所、東京商品取引所、清算を担当している日本証券クリアリング機構などがあります。

 我々の一番大きなミッションは、公正公平な売買機会の提供と安定的なマーケット運営です。もう一つは日本のマーケットの魅力を高めることです。世界中の取引所と国内外の投資資金の争奪戦をしており、そうしたお金が日本に留まるようにすることです。

 マーケットの競争力を規定する要素はあまり多くはなく、一番大きいのは上場されている商品、現物株の場合は上場会社そのもので上場会社の質あるいは魅力的な会社の量になり、2番目は参加している投資家の数と幅です。ありとあらゆる投資家に参加してもらわなければ一方通行のマーケットになってしまいます。

 昨年8月、相場がものすごく下に触れてすぐに戻った時がありました。史上最大の下げ幅で日経225が4,000円ほど下がりましたが、出来高は史上最大でした。売り注文ばかりであれば値段が付かず取引が出来ないわけですが、史上最大の出来高だったということは、あれほどの下げ相場でも買い注文が入っていたということです。これが流動性の証明であり、アジアにおいて最も流動性の高いマーケットだと我々は思っています。

 1988年から直近までの株価指数の変化を見てみます。1989年12月末に日経225は38,915円、証券界の人間は語呂で「砂漠行こう」と覚えています。TOPIXも2,884ポイントという高値を付けました。以来35年間抜かなかった高値を2024年2月22日に日経225は抜きました。その後、7月11日に再度抜き、去年の高値42,224円を付け、TOPIXも史上最高値を更新して2,929ポイントを付けています。

 今、国内外の投資家から日本のマーケットが大変注目を浴びています。理由は、ここ2年位で顕著になってきたデフレからの脱却です。日本経済が30年にわたって苦しめられてきたデフレからようやく脱却する兆しが見えてきました。他には、ロシアのウクライナ侵攻を受けて中国がロシアを支援する形になり台湾侵攻の可能性が懸念されるようになりました。今までアジア投資のほぼ9割が対中国でしたが、中国一辺倒は危ないと世界中の投資家が考え始め、新規の資金のみならず既に中国に割り当てていた資金の一部を他地域に回し始めました。

 その時に候補の最初に来るのが民主主義国で、例えば規制にしても安定しており、法治国家で、しかも経済もマーケットも規模が大きいということで日本が筆頭に来ています。

 もう一つは岸田政権がNISAを抜本的に拡充し、去年1月に恒久化もしました。日本証券業協会の統計によると、去年1月から11月までに証券界トップ10の証券会社に11.8兆円の資金が入ってきています。そのうちの約半分は日本市場に、あと半分が海外市場に行っており、分散投資という観点から見れば健全なアセットアロケーションで、日本の投資家も日本を見るようになってきました。

 もう一つの大きな理由は、私どもがここ20年位続けてきたコーポレートガバナンス改革の成果がようやく目に見える形になってきたことです。

 コーポレートガバナンス改革の一つのベンチマークは、独立社外取締役が3分の1以上いる上場企業の割合です。プライム上場企業で、2014年当時は6.4%しかありませんでしたが、直近では98%までになっています。指名委員会あるいは報酬委員会を設置している会社もともに9割超です。

 東証の改革というと、つい最近始めたと思われる方もいらっしゃいますが、実はこのコーポレートガバナンス改革は脈々と続いており、もう一つ大きなイベントとしてあったのは市場区分の見直しです。

 2013年に東証と大証が経営統合で、全ての現物市場を東証に集め、全てのデリバティブ市場を大阪に集めました。その際、現物市場を整理整頓しなかったことでコンセプトが曖昧になったため、4、5年の議論を経て2022年4月に新しい市場区分、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場を導入しました。

 当時、東証の社長を務めていた私は「これは始まりであって終わりではない」と申し上げました。その後すぐに専門家によるフォローアップ会議を立ち上げ、市場区分の見直しをより実効性の高いものにするために何をすべきか議論をしました。

 それがPBR(株価純資産倍率)、1株当たりの株主持分と1株当たりの株価を比べるものです。PBRが1倍未満とは時価総額が株主持分より小さいという意味です。2年半前、日本、アメリカ、欧州を比べると、TOPIX500を構成する日本企業の約43%が1倍割れでした。ROE(自己資本利益率)も同じく、かなり低い会社が多かったのです。

 こうした分析の上で、2023年3月末に上場企業に向けて「資本コストや株価を意識した経営の要請」という要請文を発出しました。「PBR改革」とマスコミでは言われていますが、実はその中でPBRという言葉を使っていません。「資本コストと株価を意識した経営をしてほしい。そして、増配や自己株取得のような一時的な効果を狙った施策を求めているものではありません」とはっきり書いています。

 その後、いろいろな企業が対策や改善策を発表していますが、我々の要請は、「取締役会において現状分析をきっちりしていただきたい。その結果、改善策を策定し、それを公表し、実行し、その後、投資家との対話を通じてブラッシュアップしていっていただきたい」というものでした。その中にPBRを例として出しましたが、プライム市場、スタンダード市場の上場企業だけで3,300社あり、全ての会社を一つのベンチマークで切るのは不可能です。現状についても各社それぞれのユニークな理由があるため、各社が自社の置かれてる状況を自分で分析し改善策も出していただきたい。したがって、実はPBR1倍も求めてはおらず、1倍を超えているのであれば2倍、3倍を目指して下さい、もし0.3倍であれば0.6倍を目指してくださいという極めて個別性の高いお願いでした。

 今年3月末で2年が経過します。現時点で、プライム上場企業の89%、ほぼ9割が我々の要請に応えて、いろいろな分析をして改善策の公表もしていただいています。100%になることがゴールではなく、実効性のあるやり方で示していただくこと、中長期的な企業価値の向上を全ての上場企業に目指していただくことが当たり前となるマーケットにしたいというのが我々の真意です。

 プライム市場のPBR/時価総額水準別のこの取組みの開示状況を見ると、PBRが1倍未満でしかも時価総額が1,000億円以上の大企業は、ほぼ100%近くが開示しています。

 昨年8月末、中間報告的な取りまとめを行いました。その時、我々は「改革は始まったばかりである」ということと、「全ての上場企業が持続的成長と中長期的な企業価値の向上を目指すことが当たり前となるようなマーケットにしたい」ということ、こうした取り組み開始後に上場廃止をする企業がかなり増えていますが、「上場会社数を誇るよりも、その質の高さを追求したい」ということも申し上げました。

 プライム市場上場企業は約1,650社あり、その20〜25%の企業は「自律的に取組みを進める企業」だと思います。60%は「今後の改善が期待される企業」で一応の意識は持って取り組んでいるもののまだ改善が必要な企業となります。10〜15%は「開示に至っていない企業」で、そうした企業に対する理解の促進、開示に向けた支援が我々の課題になってきます。

 企業の参考にするため、昨年2月に100社以上の国内外の投資家からアンケートを取り、「資本コストや株価を意識した経営」をしている企業29社の好事例を企業名も出して公表しました。その後、11月に更新し、あまり投資家から評価されていない事例50社超を匿名で公表したのですが、約2ヶ月経ち、世界中の投資家や上場企業から「いい例よりもこの悪い例の方がよっぽど役に立つ」という感想が寄せられています。

 現状分析が表面的だというところから始まり、分析はしっかりしているものの改善策や具体的な踏み込みが足りないなど、投資家目線と経営者とのズレが千差万別なため、できるだけ具体的に示しながら企業の皆さんの改善を図っていきたいと考えています。

 去年1月から取組み状況を開示していただいている企業のリストも更新しています。単に開示企業とそうではない企業だけではなく、例えばもっと機関投資家との対話をしたいという企業を明示するなどの改善をして、この1月から公表することも考えています。

 こうした参考資料を多く提供していますが、これらを渡すだけでは企業もうまく使えず、経営者にも納得してもらえないため、傘下の東京証券取引所の社長自らが全国行脚をしており、既に400社以上の上場企業の社長と会って説明さしあげています。また、実務担当者レベルへの働きかけもしています。

 昨年11月に、私どもの要請への対応の仕方でプライム市場の企業の株価のパフォーマンスがどのように異なるか分析したものを公表しました。2023年3月31日時点の株価を100に換算し、「好事例集に掲載した企業」「開示済み」「検討中」「未開示」で分類し、分類ごとの株価推移を試算したものです。好事例掲載企業は49.95%上昇とやはり一番いいパフォーマンスをしており、開示済み企業が27.89%、検討中が14.03%、未開示が13.99%と面白い傾向が現れています。

 東京証券取引所を初めとした取引所は、上場企業のみならず投資家に開かれた取引所を目指しておりますので、ぜひ訪れて見学いただければと思います。


    ※2025年1月15日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。