卓話


装いは人生を映す
オフタイムのメンズファッションに見る時代と意識の考察

2025年6月11日(水)

(株)ジュン アシダ
ファッションデザイナー 芦田多恵氏


 オフの装いに苦手意識をお持ちの男性が多いと伺います。今日はそんな装いのヒントとなるようなお話をさせていただきます。
 株式会社ジュン アシダは、1963年に父・芦田淳が創設し、2023年に60周年を迎えました。私はデザイナーとしてデビューしてから来年で35周年となります。そして現在は「TAE ASHIDA」「TAE ASHIDA MEN」のデザイナーとして活動しており、2018年からは「JUN ASHIDA」のクリエイティブディレクターも務めています。ファッションの世界において、デザイナーズブランドとしては私どもが日本で一番歴史の長いメゾンになります。その責任を感じながら、日々、次の世代へつながるものづくりを続けています。

 今、ここから拝見しているスーツ姿の皆様の光景が圧巻です。まるで東京中の紳士が勢ぞろいしたような印象を受けます。スーツをきちんと着こなした男性は素敵です。ただ、スーツを脱いだ瞬間、「あれ、意外と普通かも」なんて思ってしまったことはないでしょうか?今日はスーツを脱いだ後の装い、いわゆるオフタイムの服装にこそ、その人の価値観や人柄が映る――そんなお話をします。

 私たち女性は、男性の装いを結構、客観的に見ています。特に奥様やパートナーの目は実はかなり鋭いことを実感されているのではないでしょうか。外での印象や立ち居振る舞い、そして服装のトーンまでしっかりとチェックされています。自分で服を選んでいる男性は、それだけで家庭内で一目置かれる存在です。

 世界的に見て女性がデザインするメンズブランドは少ないそうです。私はメンズのデザインを始めてからそれを知ったのですが、メンズラインは男性がデザインしているケースがとても多いです。

 その理由を私も模索しています。私自身の観察と推測ですが、女性はファッションを右脳で捉えているのではないかと思います。女性は「素敵」「可愛い」と感じた瞬間に、「着たい」という感情が自然と湧き上がる傾向があります。それに対して男性は、素敵だと思っても、文字化できる理由がないと着ることに直結しないことが往々にしてあります。そのため、男性は左脳でファッションを捉えているのではないかと思います。

 例えば、「自分の好きなMA-1型の上着だからいいかな」「ブレザーでも素材やボタンが特別で、着心地がすごく良さそうだからいいかな」など、既にある知識と新たな価値観を見出さないと袖を通す気持ちにならないという大きな違いがあるように見受けられます。 そのため、女性デザイナーにとって魅力的な男性のファッションを生み出すには、まずは男性の心理学を研究するところから始まるという壁があります。完全にそれを理解したわけではないのですが、客観的かつ日常的に男性の装いを見ている女性デザイナーならではの「中立な」視点で本質的な提案をお届けします。

 ファッションは、時代の空気をいち早く映す鏡です。社会の価値観や人々の意識や変化が最初に装いに現れます。

 例えば、1960年代から70年代、アイビールックやモッズといった集団意識を大切にするスタイルが主流でした。誠実さや規律を象徴するスーツを男性たちは当たり前のように着ていました。その一方で、ヒッピーカルチャーのように、社会への反発を象徴するようなベルボトムや派手なシャツも流行しており、まさに二極化の時代でした。

 そして、1980年から90年代になると、日本はバブル真っただ中です。ファッションは成功や権威を象徴する存在になり、大きな肩パッドの入ったゆったりとしたシルエットのスーツや、ブランドロゴを前面に出した洋服が主流になりました。

 2000年代以降になると個を大切にする流れが強まり、コロナ禍を経て心地良さ、そしてサステナビリティに人々の関心が向いていきました。今、ビジネスの場でもソフトスーツのようなものが主流になってカジュアル化が進んでいます。これは単なる服装の自由化ではなく、生き方の多様化を表していると思います。

 本題です。スーツを脱いだとき、何を着ていらっしゃいますか。
 スーツは、ある意味、制服です。もちろん、その中に様々なこだわりや質の違いはありますが、ルールさえ守っていれば、ある程度は正解に近づける服です。でも、休日の装い、例えば、家族との週末の外出といったオフタイムの服装には、その人の価値観や暮らしの質が表れます。

 ビジネススーツを上質なものにしている方は、ぜひオフの服にも同じクオリティを意識していただきたいと思います。それだけで、ライフスタイル全体の質が自然と確立されていきます。わざわざそれを申し上げるのは、私の女性のお客様に「ご主人様にもメンズラインを」とお勧めすると、「うちの主人は、普段は量販店のもので十分なのよ」とおっしゃる方が多く、謙遜されていると思いますが、実はそこに装いのギャップがあることが多いのです。

 奥様が買ってきた洋服をそのまま着ている方はすぐにわかります。自分で服を選んでいるかどうかは、雰囲気や合わせている小物に出てきます。そのスタイルをご自分のものにできているかが重要なポイントで、ご自身で選んでいる方は、それだけで信頼感があります。

 今時の装いのヒントになるものを5つ、紹介します。
 まずは、ジャケットをニットやジャージー素材のものに変えてみる。柔らかく軽くて、羽織るだけでスタイルが決まります。そして、リラックス感が時代の雰囲気にマッチします。週末に会食に行く時などもこのような素材のジャケットを着るだけで、今の雰囲気を踏襲することができます。

 次に、今のトレンドにもなっている、シャツとパンツが同じ素材のシャツ型セットアップは、リラックス感と品格を両立します。このセットアップは最近、いろいろなブランドでも販売されています。上下揃うことによって、カジュアルすぎず、スリムに見える効果もあります。

 3つめは素材選びです。男性の洋服に携わるようになって実感するのは、女性の洋服ほどデザインが多様ではなく、オーソドックスな形が主流ということです。そのため、素材によって雰囲気が変わるため、季節感を演出することができます。例えば、夏にはリネンなどの素材を使うことでシンプルな装いにも“わかってる感”が宿ります。リネンカシミヤやリネンシルクなどが入っていると、さらに上級者の印象を与えることができます。

 4つめが足元です。靴は、思った以上に見られています。例えば、とてもカジュアルな洋服を着ているのに、足元はビジネススーツの時に履いている靴と同じとなると大変ちぐはぐです。スタイルによって、ローファーやドライビングシューズ、上質なサンダルなどといろいろ変えることが重要なポイントになります。

 最後に、時計です。時計は、興味のある方が多くいらっしゃると思います。少し前までは一点豪華主義のような、とてもいい時計を1つ持ち、常にそれをしていることが主流だったと思いますが、今は、ビジネススーツの時にしている高級時計のクオリティのままで、カジュアルな時にふさわしい時計も選び、抜け感と品を同時に演出しましょう。それだけでぐっと差をつけることができます。

 装いとは、実は自分への敬意であると同時に、周囲に向けた無言のメッセージです。オフの装いにこそ、その人の本質が映ると私は思います。

 ただ、1つ確認しておきたいのは、「カジュアル=ゴルフへ行く格好」ではないということです。もちろん名門ゴルフクラブへ行く時のジャケットとポロシャツのようなスタイルもスポーティ感はありますが、本来の意味でのカジュアルにはもっと幅があっていいはずです。素材の選び方、色のトーン、小物とのバランス、そうした細部に余裕や知性がにじみ出ます。大切なことはなぜそれを選んでいるかという意識です。

 ファッションには人生の質を引き上げ、その人らしさを映し出す力があります。今日の話が皆様の装い、そして生き方を少しでも豊かにするヒントになれば光栄に存じます。

   ※2025年6月11日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。