卓話


中国との付き合い方

2024年7月10日(水)

元駐中国特命全権大使
宮本アジア研究所 代表 宮本雄二氏


 習近平氏の中国は何をしようとしているか。結論を申し上げれば、中国共産党の統治を続けることです。そのために何をすべきか。それが彼らの課題です。

 中国共産党は統治の正当性を自動的に持っているわけではありません。中国では天下を取った人が王朝を作り皇帝となるので、天下を取った毛沢東氏は“皇帝”であり、国民はそれに従った。しかし、その後、大躍進政策や文化大革命という失敗があって、統治の正当性が動揺した。そこで��小平氏は統治の正当性の中心に経済発展を据えた。経済発展によって国民の生活を良くする、だから中国共産党は統治するというロジックに変えて、人類史上、空前の経済発展を実現しました。

 ��小平路線の最後が胡錦濤政権になります。経済は急成長しましたが、ガバナンスに大きな矛盾を抱え込みます。管理不十分の市場経済とガタガタの行政で腐敗がはびこり、不正義と不平等が広がり、国民の不満が強まりました。腐敗とガバナンスの効率性の悪さが党存続の課題でした。

 それに対し習氏が打ち出したのが「中国の夢」であり、反腐敗であり、党組織改革です。「これから自分たちはこんな素晴らしい中国を作る。これを作れるような組織は中国には共産党しかいない。だから自分たちが統治する」というロジックを打ち出しました。文化大革命を青春時代として過ごした習近平世代の「中国の夢」でもありました。

 この実現のために、法治主義、腐敗防止のためのガバナンス・システムを2012年からの10年で作り上げます。そして、22年の第20回党大会で、中国共産党の基本的考え方と約束事を決めた「習近平思想」をバージョンアップしました。そして、組織を動かす人事を100%自分のものとしました。今、振り返れば習氏が最も光り輝いていた時期だったのではないでしょうか。

 その後、習氏のガバナンスには陰りが見えています。ゼロコロナ政策は広範な国民の強い不満を引き起こしました。その不満に押されて22年12月、ゼロコロナ政策を解除しましたが、習氏の権威は間違いなく傷つきました。

 軍や公安といった政法部門を抑えた習氏の力は圧倒的です。まだまだ大衆の支持もあります。しかし習氏の権威を回復するには、現場で結果を出し、国民を納得させる以外に手はありません。

 まず、経済です。不動産や金融、少子高齢化だけではなく、中国経済は本質的な構造問題を抱えています。加えて、政治の経済に対する関与が強まっています。胡錦濤時代までは、政治が経済に対して自己抑制したので経済は伸びました。今は政治の関与が強まっており、企業家心理、市場心理に影響を及ぼしています。

 習近平政権の考え方の前提は、党主導の経済の方がうまくいくというものです。基本的な国際情勢認識も、「東昇西降」、つまり中国に代表される「東」が昇り、アメリカに代表される「西」が下降するのが世界の歴史的大潮流だというものです。だから今いろいろあっても我慢すれば、流れはこちらにあるのだから最後は勝てる、という判断です。習近平政権の体質として、経済に政治が関与し続けるだろうと思われます。

 そうした中で経済成長できるかは、中国市場に参加する経済人の活力にかかっています。というのは、中国の人たちは政府から言われた通りには動かないからです。政府が間違った政策をしても、現場がいうことを聞かずに別のことをやれば経済はその分を取り戻します。公の発表だけで中国経済は読めず、まだまだ中国経済は若く強いと感じます。

 中国の社会は急速に変化しています。中国のジェネレーションギャップは日本の比ではなく、対話は不可能という感じです。それを習氏は正確に把握できていないと感じます。社会が要求するものと中国共産党が出す答えにミスマッチが起きており、これに対応できるかという問題があります。

 政治の問題もあります。民主的な手続きで決定された出来事を集中された権力で実行するのが共産党の統治の基本です。しかし、今、結論を出すための民主的な議論は省略され、出された結論を実行するために習氏に権力が集中しています。そういう決定に本当に皆が従っていくのか。これが大きな課題です。

 外交については、2022年夏のペロシ下院議長の台湾訪問の後、中国は空前の軍事演習をし、アメリカおよび台湾に対して不快感を表明しました。軍事演習のレベルと内容がアメリカの想定を超えていたため、アメリカは大変な危機感を持ちました。アメリカと正面衝突しかかったのです。

 このアメリカの危機感は、確実に習氏に届けられたと思います。そのため、習氏は「戦狼外交」を終わらせ、2022年秋のAPECでは、再び「微笑外交」となりました。今、戦争をしたら中国は確実に負けます。そしてアメリカとの対立は経済に響いてきます。経済安全保障が重視され、デカップリング(経済分断)と言われる世界が広がります。

 中国は自由で開かれたグローバル経済の最大の受益国です。この戦後国際政治経済秩序の崩壊を中国も心配しているのです。軍事、経済、両面の配慮から中国は軌道修正しました。

 米中関係がうまくいくかどうか。最大のカギが台湾問題です。中国にとっては最重要課題であり、アメリカが上手にやらない、あるいは頼清徳総統が一歩踏み出せば、中国は台湾に対して手を出さざるを得なくなります。

 人民解放軍の中枢の人たちは、上層部入りするまでの間、外国との付き合いがないため国際社会のことを知りません。国内で純粋培養された人たちのロジックがまかり通っているのが人民解放軍の現場であり、非常に心配な状況です。海外との防衛交流が必要で、特に主要国の軍関係者、それもトップ同士が直接会い、トップに対して問題を直接提起しなければ、中国側の考え方は改まりません。

 彼らのロジックは、中国は巨大なアメリカの軍事力に包囲されているというものです。軍事力を増強し続けないと、中国の発展は押さえ込まれると思っており、今、東アジアは間違いなく軍拡競争に入っています。

 2050年に習氏の掲げる「中国の夢」は実現できるのか。私は、全てがうまくいって、やっと実現可能と判断しており、努力目標と見るべきです。

 中国の国防費は、まだアメリカの3分の1以下で、追いつくのは不可能でしょう。年率7.5パーセントで伸びても10年で倍になるだけで、そのときアメリカはさらに先を行っています。

 総合国力でもアメリカを超える日は来ないでしょう。アメリカは特別な国で、世界中から優秀な移民がアメリカに入り続けて、それを上手に使う力を持っている社会です。アメリカのソフトパワーを含めた総合国力は桁違いに強い。

 中国中心の世界にもなりません。中国も「これから我々は多極化世界に入る」と言っていますが、これまでの世界のアメリカに代わる位置に付く構図にはない。インドや、ASEANもあと10年、15年するとさらに大きくなり、EUがこのまま停滞することも考えられません。中国はそれらの核の一つにすぎない。

 そうなるとリベラリズムに基づく現行国際秩序の護持がとても大事になります。アメリカも相対的な国力の低下は顕著で、国際社会は主要なグループなり国なりが、話し合いをして進めるしか落ち着きようがありません。

 習氏は、欧米が打ち出した理念について異議を表明し、「人類運命共同体」といった中国古典に依拠する理念を打ち出しました。とても良いことです。問題は、高尚な理念と、例えば南シナ海におけるフィリピンに対する中国の立ち居振る舞いとの落差が大きいことです。

 習氏も中国主導の国際システムが難しいことは分かっています。現在の我々が享受している国際秩序を超えるものを人類はまだ見出せておらず、これをより良いものにするしか我々の選択肢はない。その点において中国は同じ理解に達しています。

 胡錦濤の時代、普遍的価値に同意するところまで行きました。習氏は、そこに再検討を加えましたが、国連憲章や国際法を重視する方向を再確認し、「我々は現行の国際秩序の擁護者であって破壊者ではない」という結論に達しています。

 国際秩序については、日本は最大の受益国の1つですが、中国はそれ以上でしょう。ですから中国は現行国際秩序を守ることに本気だと思います。アメリカで再びトランプ氏が大統領になり世界を引っ掻きまわすときに、日本とヨーロッパは必死になって、この国際秩序の維持を考えなくてはいけませんし、そうした努力の端に中国も入れることは正しい外交政策だと思います。

 最後に、日本との関係です。日中関係の基本である日中共同声明と日中平和友好条約は、平和、友好、協力を打ち出してきました。これはあの時代の先人たち、大平正芳総理も含めた日本の政治家と周恩来総理を初めとする中国の指導者たちが、共通の信念として、日中は2度と戦わないことを誓い、条約という形で約束にしたものです。これ以外に日中の選択肢はありません。

 ましてや経済全体がデカップリングで進むと思えません。中国という巨大な経済体は限りなく我々との協力を必要としています。私は外交の実務家として、利用できるものは全部利用すればいいと考えています。経済安全保障の考え方をしっかり持ち、しかも中国経済を大いにしぶとく取り込みながら、日本の経済発展の戦略を書くことは依然として正しい政策だと思います。

 今、人の往来が難しくなり敷居はさらに高くなっていますが、日本国政府もこの解決のために努力しており、近い将来、この障害は取り払われると思っています。その暁には、ぜひ中国経済をお忘れなく、協力関係を進めていただきたいと思います。


    ※2024年7月10日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです