卓話


波動制御技術で社会課題に挑む

2025年2月12日(水)

ピクシーダストテクノロジーズ(株)
代表取締役社長COO 村上泰一郎氏


 我々は筑波大学発の研究開発型ベンチャー企業として、一生懸命、研究開発と商品化、社会実装に頑張っています。

 本日はお話したいことが三つあります。
 まず一つ目が、会社はどんなことをやっているのかです。続いて、その中でも“音で認知症に挑め”というスローガンで行っている、ガンマ波サウンド技術を用いたプロジェクトを紹介します。最後に、なぜこうした会社をやっているのか、モチベーションとやっていきたいことをお話しします。

 当社は、2017年に創業し従業員は80数名ぐらいです。「社会的意義」や「意味」があるものを連続的に生み出す孵卵器となる――をミッションに掲げて、アカデミアレベルの最先端技術を社会に価値ある形で実装していこうとチャレンジしています。

 軸にしているのは波動制御です。音や光や電波は全て波として物理的に扱うことができるため、それらを制御したり解析したりシミュレーションしたりして様々な価値を生み出していくものです。

 例えば、家庭用ヘアケアデバイス「Sono Repro」があります。特殊制御された超音波を使うことにより傷を早く治す研究をしていたところ、傷が早く治るのは勿論、髪の毛が生えることがわかり、それを商品化しました。

 「VUEVO」という、難聴の方々のコミュニケーションバリアフリーデバイスもあります。特殊なマイクの技術を用いて、話をしている人の方向などを特定し、方向別にリアルタイムで文字化や翻訳し表示する技術です。

 さらにもう1つ、音響メタマテリアル技術「iwasemi」もご紹介します。メタマテリアルとは、波長以下の微細な周期形状を物質に付与することで、自然界にはない振る舞いをする人工物質の総称です。音波の分野にこの概念を適用することによって、自然界にはない音響特性を持った物質を生成することができます。当社は、多数の共鳴吸音構造を周期的に並べたメタマテリアルの基本構造を事前設計によりライブラリ化しており、シーンに応じて適切なスーパーセルを選択、さらに詳細な設計パラメータを最適化することによりニーズに応じた吸音/遮音性能を持った素材を生成します。

 そして、ガンマ波サウンドプロジェクトです。認知症は我が国の社会課題であることは勿論、世界的にも増える傾向にあり、喫緊の対応が求められています。認知症に対し、音を制御する技術によって挑んでいくのがこのプロジェクトで、塩野義製薬と共同事業で取り組んでいます。

 まず、ガンマ波とは脳波の一種です。ガンマ波は「認知機能の発揮」と関連した脳波とされ、集中時や高度認知機能を発動する時、ひらめく直前にも出ると言われています。年齢とともに出づらくなると言われており、特に認知症の中で最も多いアルツハイマー型認知症患者は、通常の人より脳内のガンマ波が少ないとの研究が数多く存在しています。

 ここ6年程で世界的に大きな発見がありました。アメリカのMITの研究で、特定の音などを聞かせることでガンマ波を脳内に出すことができ、さらにマウス実験の結果、アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβタンパクが有意に減少することと、空間記憶が改善することが報告されました。

 その後、人間でも検証、論文化されており、例えばアルツハイマー型認知症患者の脳はだんだん萎縮するとされていますが、その抑制ができそうだ、軽度認知症の方々の認知機能の低下抑制効果がありそうだという論文が出ています。

 一方で、技術的に難しいところがあります。利用されている音刺激は比較的高い不快度を伴うブザー音となっており、例えば、MRIの中に入っている時のような音だけを1日1時間聞かなければいけないとなっています。私も試しにやってみたところ、3分ぐらいでもきついものでした。

 これを何とか生活の中で可能にできないか。我々と塩野義製薬、それから当時は産総研にも協力いただき、世界で初めて発見したのが、ガンマ波を出す音の刺激を、人が話す声やテレビ、ラジオなど日常的に流れる音声の中に溶け込む形で聴取できる独自の変調技術です。この開発に成功し、認知症予防学会で報告し、基礎特許を取りました。

 この技術を早く使っていただきたいとテレビ用のスピーカー「kikippa」を作りました。世界でただ一つ、かつ初めての、テレビを見ているだけで脳内にガンマ波が出るスピーカーです。家電量販店などでも売っています。

 ちなみに、これは医療機器ではありません。我々が本来やりたかったのは認知症の予防ですが、予防のエビデンスを取ろうとすると10年、20年分のデータを取る必要があります。実際に認知症に悩むご家族にお話を伺うと、「10年、20年研究していたら間に合わない。これだけデータを取れているなら早く使わせてほしい」という声があったため、頑張って早期に製品化し、健康家電としました。

 実際に嬉しい声があります。今、東北地方限定でガンマ波サウンド化されたテレビドラマが流れています。そのテレビ局の支社長がこのスピーカーを知って94歳の認知症のお母さんにプレゼントしたところ、お母さんの徘徊が劇的に減って孫の面倒が見られるようになったと感動して連絡してきてくれ、「これは世のため人のためになるから絶対広めた方がいい。テレビの力で何か協力できないか」とこうした取り組みにつながっているのです。

 さらに、もう1つあります。認知症は記憶がだんだん弱くなっていく中核症状と、暴力、暴言、徘徊、介護拒否といった周辺症状からなります。介護老人保健施設「国立あおやぎ苑」施設長で医師の武田行広先生が検証してくれたところによると、6ヶ月間食堂にスピーカーを置いただけで周辺症状が改善し、現場のスタッフからもみんな雰囲気が柔らかくなったと効果を体感していただいたそうです。とても嬉しく思っているところです。

 この技術は今後も継続的にエビデンスを取り続け展開していくことで、テレビのみならず、音が鳴っている場所全てを認知症予防、認知機能改善を目指す場所に変えていきたいと思っていますし、今後10年、20年後に「日本ってシニアが増えたけれども、みんな元気だよね、認知症の人少ないよね」と言われるような社会が作れたらいいなと取り組んでいます。

 最後に、我々のこうした取り組みにかけるモチベーション、特に私個人の話を三点目としてお話しします。

 研究開発型ベンチャー企業は、とてつもなくチャレンジングだと思っています。チャレンジ要素は2つ、1つ目が全然、黒字化しないことです。IT系のスタートアップは大体3〜5年で黒字化するそうですが、社会課題の解決にも貢献する革新的な技術の研究開発に取り組むディープテック・スタートアップは大体10年とされています。やはり研究開発の先行投資が非常に重く、しかも研究期間も当然長いためです。

 さらにいえば、我々が取り組んでいるディープテック領域は技術と市場の2つリスクをとることになり、投資しづらい領域と言われています。研究がうまくいくかどうかわからないし、製品化できたところで売れるかわからず非常にハイリスクです。

 実際に我々も研究開発を50本以上やり製品化できたのはわずか6個、10%ぐらいです。創業してすぐは「3年ぐらいで製品を出せるんじゃないか」と思いましたが、3年ぐらい経った時にはほとんどの研究が失敗して焼け野原になりました。そこから時間をかけてやっと製品化に至っています。

 さらに、赤字期間が長いため出資を受けた金額が毎月毎月溶けていき、常にランウエイ(会社の残された寿命)を計算しながら戦っています。ずっと“座したら死ぬ”状態です。製品を出しても最初は新技術すぎて理解されなくて売れず、最近やっと売れるようになってきました。当然、資金調達がうまくいかなかったこともあります。

 ではなぜそれでもこのような会社をやるのか。世界初の技術を生み出して、社会に大きなインパクトを与えられることは喜びです。それはもちろんですが個人的なところもあります。

 私の子どもです。村上暁音、7歳、小学校1年生になりました。重度の知的障害です。コフィン・シリス症候群、1970年代に発見されてから2018年まで世界で200例未満という、とても希少な染色体異常の疾患です。知的運動面の遅れは中程度から重度であり、発語が困難になることがあります。手・足ともに小指の爪や先端の骨が小さく、約半数の患者はてんかんを発症します。呼吸器感染症を繰り返すこと、心臓や腎臓、眼や聴覚などに生まれつきの障害を生じることもあります。

 娘は生まれた時にすぐ産声を上げることができず、看護師さんに抱っこされて運ばれていってしまいました。今もまだ少々よちよち歩きですし、一生喋れないかもしれないと言われており、人生で一度でもいいのでお父さんと呼ばれたいと思っています。我が子の将来はとても不安です。

 私に残された人生の中で、親として人として何ができるだろうと考えると、やりたいことが山ほどあります。知的発達の改善、難治性疾患の治療へのチャレンジ、障害者教育とキャリアも変えたい、障害者の社会参画促進もしたい、また、子供の時代の社会インフラや食の問題も気になります。心配事は尽きず、私の人生では全然足りません。

 そのため、掲げているミッションのような会社を作ろうと思いました。子供や孫の時代にも世の中をより良くし続ける仕組みが作りたい。私が人生をかけて作り上げた世の中を良くし続けるような仕組み、それが実装された会社は、それが経済的に回り続ければ、世の中に求められ続ければ、人間と違い寿命がありません。死ぬまでに必ずやそれを作り上げ、自分が死んだ後も世の中を良くし続けることができたら幸せだと思います。

 まだまだチャレンジャーな会社ですが、ぜひ応援いただけると幸いです。様々な出会い、ご縁に恵まれ、助けられてここまでやってくることができたと強く思っていますし、これからもいろんな方々と一緒になって、社会を良くし続ける仕組み、それを実装した会社を作り上げ、そこから認知症や障害者の社会参画など社会課題解決に貢献できる技術を生み出し続けていきたいと思っています。


    ※2025年2月12日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。