ステーブルコインが変える日本円のかたち
−万博からコンビニまで
2026年9月16日(水)
(株)HashPort
代表取締役CEO 吉田世博氏
日本にロータリークラブをもたらした米山梅吉氏は、アメリカから日本へ「信託」という金融の仕組みを持ち込みました。弊社が開発している日本円ステーブルコインの安全性と法的な価値を支える最も重要な基盤が信託で、その土台の上に最新のデジタル通貨技術が花開いています。
HashPortは2018年に創業し、一貫してブロックチェーンやデジタル通貨のインフラ領域を手がけてきました。現在、国内で流通している日本円ステーブルコインの約8割が弊社提供の企業・個人向けアプリケーションを経由しており、個人ユーザー数は110万人を超えています。昨年の大阪・関西万博では、公式キャッシュレスアプリである「EXPO 2025 デジタルウォレット」を開発しており、日本のステーブルコイン普及の大きな足がかりとなりました。
日本円の流通形態は時代とともに変わってきました。
日本円が法的に誕生したのは、1871年です。江戸時代の様々な貨幣を改め、「円・銭・厘」に統一しました。それから約100年は、現金が日本円の流通のすべてでした。
現金社会に大きな変化が起きたのが、1970年代です。「三億円事件」を契機に給与支払いが現金から銀行振込へ切り替わったと言われています。フィジカルなお金が、通帳の数字というバーチャルな概念へ進化しました。
2001年にSuicaが登場し「キャッシュレス」が身近になりました。インターネットとネット通販(EC)の爆発的普及を背景に、2004年にはクレジットカードの利用率が全決済の中で1割を突破しました。日本のクレジットカードは誕生から約半世紀経って広く普及し、現在、全決済の4割から5割を占めます。2018年にはPayPayが登場し、スマートフォンのQRコード決済が一気に広がりました。お金の使い方は、20年で劇的に塗り替わります。
そして、ステーブルコインはQRコード決済サービスに勝るとも劣らないインパクトをもたらすサービスです。
ステーブルコインは、日本の法律(資金決済法)では「電子決済手段」と定義付けられています。利用者から見れば、資金移動業であるPayPayや前払式支払手段であるSuicaと感覚的には近いものです。日本円を入金(チャージ)すると、同額のデジタルの円が発行され、「1ステーブルコイン=1円」で発行・償還される仕組みによって、円との価値の安定を図っている点で共通しています。
しかし、根本的な違いがあります。PayPayの残高は、アプリを持つユーザー同士でしか送金できません。Suicaも駅の券売機やコンビニで一度チャージしたら電車に乗るか加盟店で買い物をして消費する一方通行の仕組みで、残高を友人の楽天ペイに送ることはできません。残高データがPayPayやJR東日本という一企業が保有する自社サーバーの中に厳重に囲い込まれているからです。
これに対し、ステーブルコインは特定企業の一つのアプリや決済網に閉じず、対応する複数のウォレットやサービス間を流通できる特徴を持っています。特にパブリック・ブロックチェーン上で発行されるステーブルコインでは、発行された事実や「AさんからBさんへ送金された」という記録が、誰もが閲覧・検証できる公共の共有データベースである分散型台帳に刻まれます。
この「開かれた広場」にデジタルの日本円があれば、巨大な決済サーバーを自費で構築することなく、自社サービスをそこに接続するだけで瞬時にデジタル円決済を世界規模で導入できるようになります。
日本のステーブルコインは主に、�ゞ箙圓�発行するもの、�∋餠皸榮斡伴圓�発行するもの、��信託銀行が発行するもの、の3つです。いずれも円と1対1の価値を維持するための裏付け資産を確保し、法制度に基づいて、利用者が円に戻せる仕組みが設けられています。ビットコインのように価格変動を前提とする暗号資産とは制度・性質が大きく異なり、円との価値の安定を目指して設計されています。
ステーブルコインには4つの利点があります。
1.1円は1円のまま(信託保全):デジタル空間をどれだけ流通したとしても、その裏付け資産は信託銀行の中で安全に保管され、いつでも現金や銀行預金に戻せます。
2.24時間365日いつでも動く:土日・深夜でも瞬時に相手へ資金が届きます。
3.世界中どこへでも届く:既存の電子マネーは国境によって分断されていますが、ステーブルコインはオープンな共通規格で動くため、どの国のサービスやアプリ上でも流通でき、グローバルな決済や送金が滑らかになります。
4.口座開設が不要で、送金コストが劇的に安い:ユーザーは、複雑な審査を経て銀行や信託口座を開設する必要がありません。スマホのウォレットアプリをダウンロードするだけで、デジタルの引換券として日本円を受け取り、自由に送金できます。
通常のクレジットカード決済は加盟店側に約2〜3%の手数料が発生し、銀行の海外送金では1回で5,000〜6,000円の手数料が引かれます。しかし、ステーブルコインは数円から数十円の手数料で送金が完了します。コストが低く、かつ即時性の高い形で流通できるところが大きな特徴です。
ステーブルコインによる国際送金は、特に少額高頻度の決済を行う企業にとって明確なコスト削減効果が見込まれます。主要な米ドルステーブルコインである「USDT(テザー)」と「USDC(USDコイン)」の2つを合算した年間決済額は、既に国際クレジットカード大手Mastercardの年間総決済額を追い抜きました。将来的には、世界最大の決済ネットワークであるVisaに匹敵する規模に達するとの予測もあります。既存のクレジットカード決済事業者をはじめ金融機関がステーブルコインのサービス企業を買収しており、既存の決済網をより効率的にする役割を担うものとして、今注目されています。
日本では、2025年10月にスタートアップのJPYC社が日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行を開始し、2026年6月にはSBIグループも信託型の円建てステーブルコイン「JPYSC」の提供を開始しました。さらに国内の3メガバンクも、円建てステーブルコインの実用化に向けた取り組みを進めています。
ステーブルコインを取り扱うソフトウェアが「ウォレット」で、口座となるアプリです。
弊社は、国内で発行されているステーブルコイン全種類を含む25種類の決済に対応し、ウォレットとそれを操作するインターフェースを提供しています。将来的に、電子マネー、ポイント、クーポン、チケット、そして有価証券も全てウォレットの中でステーブルコイン決済による流通ができるオールインワンの金融アプリになること、さらにそれをAIエージェントが操作できるように開発を進めています。
弊社では、昨年10月に国内初の円建てステーブルコインの発行が始まって以来、BtoCの決済額は毎月約30%増で成長を続けています。既にau PAYやPontaポイント、ダイナースクラブカードと連携しており、普段使っているau PAYやPontaポイントをステーブルコインに交換し、海外送金やネット通販に充てるといった使い方がされ始めています。さらに、ローソンの店舗や街中の自動販売機でもステーブルコイン決済の導入が段階的に始まっており、今年度中には鉄道決済への対応も視野に入れています。
将来的に、ステーブルコインはAIエージェントに持たせることのできる唯一安全なお財布になると考えています。
銀行口座やクレジットカードは、国家の信用制度の根幹をなすインフラであり、AIの誤作動一つで全財産が吹き飛ぶリスクを許容できる人はいません。また、これを法的に安全に管理・認可するための法規制が整うまでには、各国で5年から10年単位の時間がかかると言われています。そうしたなかで、ステーブルコインであれば、換金した金額限定の財布をAIエージェントに持たせることが可能です。
現在、AIを使ってショッピングのリサーチをする方は爆発的に増えていますが、現状のAIができるのはおすすめ商品を画面上で提案することまでで、購入手続きやクレジットカード入力は、人間が手作業で行います。しかし、ステーブルコインウォレットをAIと直結させることで、AIが自律的にお金を支払い、商取引を完結させる「エージェントコマース」の時代が幕を開けます。
弊社では、昨年、AIエージェントによるレストラン予約やホテル予約の実証実験を完了させています。AIにお財布を持たせて予約決済を実行させ、都合が悪くなったらAI同士が対話して予約を取り消し、返金処理まで自律的に完了させることに成功しました。弊社は来月、AIエージェントとステーブルコインウォレットを融合させたサービス「HashPort Wallet MCP」を発表します。こうしたサービスを通して、AIエージェントがしっかりとお財布を持てるようになればと考えています。
個人生活においては、旅行も買い物も、AIが最適なスケジュールや商品を選び、予約や購入手続きを支払いの直前まで整えてくれます。人間は、画面に出てきた最終確認を見て承認ボタンを押すだけです。余っているお金の運用も、AIが金利のつく先へ自動で預け入れ、使う瞬間に戻してくれます。
企業では、各店舗の売上は日次で特定のステーブルコインに揃え、本部へ自動で集約します。請求書が何件でもAIが読み取って一つの振込プランにし、承認すれば、複数の国内外の取引先へ、数分・数十円の手数料で一括送金します。「段取りはAI、実行はウォレット、承認はあなた」です。
弊社は決済領域では大変小さい会社ですが、AIエージェント時代のお財布を作れるように頑張っているところです。ぜひ皆様にもこの領域に興味を持っていただき、ステーブルコインによる社会・決済ネットワークの再構築を共に進めていければと思います。
※2026年9月16日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。