卓話


日本酒造りへの挑戦

2023年5月10日(水)

(株)矢澤酒造店
代表取締役社長 矢澤真裕氏


 日本酒を飲まれる方が「私は甘口が好き、私は辛口党」と話されるのを耳にします。実は日本酒は米を原料としているため「甘み」や「旨味」が持ち味で、辛口も「甘みが少ないもの」であったり「アルコール感が強いもの」がそう表現されたり、位置付けが人によって違います。そのため利酒師は甘口・辛口という表現はあまり使わず、香りが高く味が淡白なものを「薫酒」、逆に香りは少なめで味がしっかりしている旨口の酒は「醇酒」と分類しています。弊社が伝統的に作っている「南郷」は醇酒に該当しますが、今世間でもてはやされている酒は薫酒で、各種品評会で受賞するのもこちらです。

 私は日本酒好きが高じて日本酒の作り手となりました。
 大学時代に、日本酒や酒造りが日本の文化に深く根ざしていること、全国各地に酒蔵があり、土地に根付いた独特な味わいの地酒が存在していることを知りました。各地を旅する気持ちで日本酒を飲むのが趣味になりました。新卒で国家公務員となり先輩方や同僚とよく日本酒を飲む中で、利酒師の資格を取り、さらに利酒師の約1%に絞られる「酒匠」も取得しました。

 そんな頃、日本酒好きの聖地と言われる新宿荒木町のお店で「南郷」という福島の酒に出会いました。南郷は旨みの強い酒で、飲み込むとさっと旨味がキレる特徴がある、いわば花火のような味わいです。真っ黒な夜空に艶やかな大輪を咲かせたと思ったら次の瞬間パッと消えて漆黒の闇になる。そうすると次の花火を見たいと思うように、もう一口飲みたくなります。理想的な食中酒だと思いました。

 その店で南郷ばかり頼むので、女将が矢澤酒造の先代の義理の弟を紹介してくれ、その縁で先代とも会うことができました。先代から、「そんなに日本酒に熱意を持っているなら、私の酒蔵を継がないか」と言われました。公務員生活も充実していましたが、「こだわった物づくり」を好きな日本酒の世界でできることに大きな魅力と夢、また、運命的なものも感じ、人生の舵を切ることを決心しました。

 しかし、業界は思った以上に大変な状況でした。
 日本酒の製成数量は昭和48年度をピークに1/4以下となり、蔵の数もピーク時の1/3以下まで減っています。輸出は一部のメーカーに限られています。

 利益率の低さも課題となっていました。
 山田錦などの酒造りに適した米は、1崚たりの収穫量が低く、高値となります。飯米で有名な魚沼産コシヒカリが1俵当たり2万円程度とすると、兵庫県産の山田錦は1俵当たり4万円程度と倍。しかも大吟醸においてはその50%以上を削る必要があり、弊社では60%を削り落とすため、精米後の原価は1俵当たり10万円、魚沼産コシヒカリの5倍となります。

 日本酒は業界トップ数社の激しい販売競争の結果として付けられた安い小売価格を基準に価格を揃えていかざるを得ません。よって薄利多売の状況にあります。

 南郷は地元の矢祭町で人気がありますが、町民は5000人台で地元消費だけで蔵は維持できません。南郷は食中酒には最適ですが、一般の方にはあまり受けていませんでした。多くの皆様に知ってもらうために、新レーベルの酒を作ることを決め、品評会で受賞できる酒を目指しました。

 簡単に日本酒の造り方を説明します。
 アルコールを作るのは酵母です。酵母は糖を食べ、アルコールと二酸化炭素を作ります。これをアルコール発酵と言います。日本酒の場合、原料の米に糖は含まれていないため、まず、麹菌を蒸米に掛けて作る麹で、米の澱粉を糖に変えます。それを酵母がアルコールにします。日本酒の発酵は、糖化とアルコール醗酵をタンク内で同時並行的に行うため「並行複発酵」といい、世界で最も高度な発酵技術とされています。

 日本酒造りの工程は、麹作りから始まります。麹と蒸米、水を使って、選んだ酵母を培養します。この段階のものを「酒母」と言い、その後のアルコール発酵で働く酵母を増やすものです。

 酒母にさらに麹と蒸米(掛米)、水を入れて発酵させます。この段階が「醪(もろみ)」です。もろみはそれ以降のアルコール発酵を進めます。もろみは、酵母が他の菌に対して優勢さを保ち腐造しないように、添仕込、仲仕込、留仕込と、3回に分けて増やしていきます。三段仕込みと言う手法です。

 日本酒の香りはこの酵母に由来します。メロンやバナナのような香りを出す酵母、穏やかな香りしか出さない酵母など多数あり、目指す酒質によって選択します。

 味には、米の溶けやすさが関わってきます。溶けやすい米は旨味が乗りやすく、硬い溶けにくい米は淡麗なすっきりした味わいになります。

 日本酒を造るときは、どのような酒にするかを予め決めて、設計図を作ってから造ります。

 私は平成28醸造年度、brewery year、略してBY28から酒造りに関わっており、杜氏の助手として手伝いながら酒造りを勉強しました。

 できた酒を出品してみました。食中酒としてはとてもいい酒でしたが、香りは控えたため、受賞できませんでした。それを予想できていたのに出品した理由は、講評をもらいどの部分が悪かったかを知るためでした。講評は、香りがない、味が乗りすぎているという設計図どおりで、酒造りの基礎は問題ないと安心しました。

 2年目、BY29は受賞を目指し、香りのある酒を作ろうと計画しました。南郷は食中酒という立ち位置を大切にしていたため、旨口で、香りも食事を邪魔しない必要最低限を狙いました。受賞ならず、でした。翌年BY30では、より一歩香りの強い酒に挑戦しましたが、こちらも受賞できませんでした。

 そこでBY31(BY1)では、さらに薫酒の性格を強めた酒を造りました。狙ったのは、旨味の少ない、より透明感のある酒で、そのために米の吸水率を極限まで下げました。50%以上研ぐ大吟醸用の米は吸水速度が非常に早く、秒単位の作業となります。水温によって速度が変わるため、狙った吸水率にするのは職人技です。

 理想的な温度の洗米水を作ることから始めました。それまでは、地下水を濾過したものをタンクに溜め一晩冷やして使っていましたが、温度が一定ではありませんでした。毎日、洗米水の温度を測って経験則から洗米と浸漬あわせて何分何秒にするかを決めましたが、吸水率にはブレが生じます。予定以上に吸水させてしまうと米が溶けやすくなり、審査でマイナス評価となる旨みのある酒になってしまいます。

 そこで、洗米水の温度を一定の10.0℃にすることにしました。一晩冷やした水が冷えすぎていれば通年15℃の井戸水を追加して10.0℃にし、逆に10.0℃より高ければ冷却機で冷やしました。

 浸漬後の扱いも変えました。従前は、水から引き上げた米は人の手で水気を振り落としていたのですが、最初はよく水が切れても、疲れてくると切れが悪くなり吸水量が安定しなくなっていました。そこで米専用の遠心分離の脱水機を購入しました。これを使うと洗米した米なのにさらさらと手のひらからこぼれ落ちるくらいまで水を切ってくれます。吸水率を狙い通りにすることができ、3度目の正直でようやく1つ賞をいただくことができました。

 4年目はさらに上の賞を目指し、仕込み温度の変更をしました。何年かやってみて、弊社の蔵は、教科書で理想とされる温度では発酵スピードが速過ぎてしまうことに気づきました。そこで、温度を0.5℃下げることにしました。

 仕込み温度の最終調整は、狙った温度にした掛米を入れることで行います。蒸し上がった100℃の米を6.5℃まで下げる必要がありますが、冷やすには外気しかなく、最低3、4時間かかります。明け方の早い時間帯を逃すと外気は6.5℃を超えてしまうため、仕込み日は蔵人に1時間早く出勤してもらって作業をしました。

 工夫と努力の甲斐あって、その年の酒はインターナショナル・サケ・チャレンジという国際的なコンペティションの純米大吟醸部門で世界一を受賞しました。

 それでも、実は福島県の先生から「味がまだ重い」という指摘も受けていたため、翌年はより水のような癖のない味わい、さらに華やかな香りを強調するため醸造アルコールを添加した大吟醸「月と虹BY2021」を造りました。この年は4つの賞をいただくことができましたが、南郷が大切にしてきた米の旨味を感じる旨口の食中酒から外れてしまい、少し反省しています。

 毎年新しいことを試していたのですが、一つ課題がありました。江戸時代からの蔵だと、1タンクで一升瓶1500〜2000本の酒ができるため、失敗するわけにはいかず、アグレッシブな挑戦ができないことでした。思い切って、新しく「小仕込みができる蔵」を造ることにしました。

 今年完成した新蔵は、従来の蔵のタンクの1/3から1/10程度の規模で作れます。例えば、とても酸っぱい酒ととても甘い酒、少し苦い酒などを造って、それらを調合すれば今までにない味わいの酒ができるのではと考えますし、お客様のオーダーメイドによる酒造りもやってみたいと思っています。

 新蔵にはショップとともに試飲所兼日本酒バーも作りました。酒と食べ物とのマリアージュを実感してもらい、食中酒としての日本酒の素晴らしさを多くの人に気づいていただければと思っています。
 また、矢祭を魅力ある個性的な場所、わざわざ旅行する価値があると思っていただけるようにしたいと思い、新蔵は建築家の内藤廣先生に、地元の木材を使い、屋根の構造・架構が面白く、かつ美しい蔵をお願いしました。

 矢祭町は電車でも車でも少し来づらい場所ですが、それゆえに日本の原風景も残っています。皆様にもぜひ遊びに来ていただけたらうれしく思います。


   ※2023年5月10日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。