トランプ政権の復活とロシア・ウクラウナ戦争の行方
2024年12月11日(水)
防衛研究所
研究幹事 兵頭慎治氏
2000年にプーチン氏が大統領に就任して以降、研究対象としてきました。約30年前、モスクワの日本大使館に勤務していた時、大統領になる前のプーチン氏に会ったことがあります。KGBのスパイを辞めてサンクトペテルブルグ市役所に勤務した後、優秀なためにクレムリンに引き抜かれたプーチン氏と、ある知事の就任式で一緒になりました。その時は、本人が大統領になること、ましてや他国への侵略者になろうとは全く想像できませんでした。
今のロシア・ウクラウナ戦争の戦況を見ると、ウクライナ国土の約2割がロシアに占拠されています。こうしたなか、今年8月にウクライナ軍は、ロシア領内のクルスク州を逆侵攻する一手に出ました。いずれ停戦交渉が始まる際に、ロシアから一方的に押された状況で交渉に臨むと不利な立場に置かれるため、クルスクを軍事制圧することによって将来的な停戦交渉で優位に立とうとしたのです。
来年1月20日に大統領として復活するトランプ氏が和平案を提示すると言われており、その交渉が本格化する前に双方が有利な戦況を獲得しようと緊張は高まっており、共に長射程ミサイルで攻撃しています。
ウクライナが使っているミサイルはアメリカ製の「ATACMS」、イギリス製の「ストームシャドー」などです。当初、バイデン大統領はATACMSを使ったロシア領内攻撃に許可を出していませんでしたが、突如、11月17日に容認に転じました。以降、度重なる攻撃が行われ、その報復として11月21日、プーチン大統領は新型の中距離弾道ミサイル「オレシュニク」をウクライナに向けて発射しました。
オレシュニクの射程距離は1000�劼�ら3000�辧▲好圈璽匹�マッハ10と非常に速く、欧米のミサイル防衛では対応できないと言われています。核弾頭搭載可能で、先端部分は6つに分離して6つの目標を同時攻撃できます。プーチン大統領は、「これを複数使えば、核兵器に匹敵する破壊力がある」と言っています。
オレシュニクがヨーロッパにあるロシアの飛び地カリーニングラードに配備された場合、ヨーロッパのほぼ全域が射程に入ります。プーチン大統領は「欧米諸国が引き続きウクライナへの軍事支援を強め、ロシアに敵対的行為を行うのであれば、このミサイルをヨーロッパに配備する」と脅しています。
このミサイルがロシア極東地域に配備された場合、日本も射程にすっぽり入ります。ロシアがこのミサイルを本格配備することになれば、東アジアの安全保障にも深刻な影響をもたらす可能性が出てきます。
プーチン大統領は、最近、「核ドクトリン」と呼ばれるロシアの核使用の基準を記した国家文書の改定を行い、核使用の敷居を大幅に下げました。ロシアが核を使う場合、相手は核保有国のみならず核保有国による支援を受けた非核保有国も対象になるということで、アメリカの支援を受けてロシア領内を攻撃しているウクライナも核攻撃の対象になると言っているのです。
戦争が3年近く続くなか、プーチン大統領の核のカードの効果が下がってきているためです。プーチン大統領は核使用をちらつかせながら欧米諸国に対してウクライナへの軍事支援を牽制してきましたが、ウクライナは「ロシア領内をミサイルで攻撃しても、プーチン大統領が言う、越えてはいけない一線(レッドライン)は無く、核使用の脅しは口先だけのブラフ(虚勢)である」と提起しています。
今、プーチン大統領は、「アメリカが嫌がる北朝鮮、イランにロシアが接近する」という2枚目のカードを切ろうとしています。特に北朝鮮との関係強化は急速に進んでいます。
12月4日、ロシアと北朝鮮の間で「包括的戦略パートナーシップ条約」がついに発効しました。事実上の軍事同盟を目指す内容で、いずれかの国が他国から武力攻撃を受けて戦争状態になった場合は、もう片方の国が相手国を軍事支援する義務が生じます。
今、クルスク州で北朝鮮兵約1万人以上が既に戦闘を行っています。今後、この戦闘が活発化する可能性があり、ウクライナ側は最大10万人程度の北朝鮮の兵士が加わる可能性もあると見ています。
ロシアと北朝鮮による軍事同盟化の狙いは、実利的には、ロシアは不足している砲弾やミサイル、兵力を北朝鮮に補ってもらうことです。現在、北朝鮮は800万発程度の旧ソ連製の砲弾をロシアに供与しており、北朝鮮製のミサイルも100発程度をロシアに供与し、実際に戦場で使われています。
北朝鮮はその見返りに、ロシアから食料やエネルギー、そして外貨――北朝鮮兵1人当たり1ヶ月数千ドルが支給されると言われています。それだけではなく、ロシア保有の先端軍事技術、あわよくば核ミサイル技術を得ようとしているとの懸念が強まっています。
また、国連でロシアは北朝鮮を一方的に擁護する形で拒否権を乱発し、政治的に支える動きも強まっています。
さらに、戦略的な要因もあります。ロシアは北朝鮮に接近するカードをちらつかせることによって、アメリカに対してウクライナへの軍事支援を縮小・阻止したい狙いがあります。北朝鮮からすれば、この条約によって朝鮮半島有事になればロシア軍参戦の可能性があるというニュアンスを強めながら、ロシアが北朝鮮の軍事的後ろ盾になることを韓国やアメリカなどにアピールする狙いがあります。
ロシアに派兵された北朝鮮兵はロシア軍服を着て戦っているため、見かけとしては外国人義勇兵になりますが、実態としては金正恩氏が国家の意思としてロシアに派兵しています。これは、事実上、北朝鮮による参戦と理解され、これによりウクライナ戦争は東アジアの問題にもなりつつあります。戦争が長期化するほど、将来的な北朝鮮の軍事能力増強にロシアが支援する状況が強まる可能性があります。
そうした中、トランプ大統領が間もなく復活します。自らの大統領就任までにこの戦争を終わらせる発言をしており、どのような和平案を提起するのか注目されています。ウクライナ侵攻終結担当特使としてケロッグ元副大統領補佐官が任命される見通しです。トランプ氏に近い保守系のシンクタンクの「アメリカ・ファースト政策研究所」の研究者で、既に独自のウクライナ和平案――現在の戦線、ロシアが占拠している所を凍結し、現状で停戦するという案を公表しています。
ウクライナからすればロシアの占領地域が事実上固定されてしまう懸念が残り、ロシアからすれば既に憲法改正をして東部・南部の4州はロシア領と認定していますから、州境までの完全制圧を断念することはできません。
プーチン大統領は、「非ナチ化(ゼレンスキー政権の打倒)」、「非軍事化(ウクライナ軍の解体)」、「中立化(ウクライナのNATO非加盟)」という3つの戦争目的は達成されていないとして、今後も軍事侵攻を続ける姿勢を崩していません。しかも、プーチン政権は最長2036年まで存続する可能性があり、あくまでも長期戦の構えです。
トランプ氏は、ゼレンスキー大統領に対しては米国による軍事支援の停止をちらつかせ、プーチン大統領に対してはウクライナのNATO加盟凍結やロシア制裁の緩和などを交渉の呼び水にしようと考えていると思われます。
果たしてその交渉がうまく実現するのかどうか。仮に停戦合意が達成された場合に実効性があるのか。そもそも、トランプ氏は大統領最終任期中にウクライナ和平でノーベル平和賞を得たいと言われています。トランプ流の首脳間「ディール(取引)外交」には危うさもあり、第1次トランプ政権では米朝非核化協議が失敗に終わりました。
ロシアは将来的に支配した領土を話し合いでウクライナに返還することはまず考えられません。日本との北方領土問題と同様に、20%のウクライナの領土はロシアに支配された状態がずっと続いていく可能性が高まります。これは、力による現状変更が先例となり、法支配に基づく国際秩序が大きく乱れることになります。
プーチン大統領がこの交渉に応じる可能性は、条件次第である、と私は見ています。
ロシアの財政状況に悪化の兆しが見え始めています。戦争特需で経済は曲がりなりにも低成長が続いていますが、国防予算はGDP比で6.3%以上となり、法人税を25%に引き上げる、富裕層を対象とした個人所得税も引き上げざるを得ない財政状況に追い込まれています。
契約兵という形で兵士を登用しており、契約一時金はロシア人の平均年収の2年分です。さらに、今月からは日本円で1400万円まで借金を帳消しにするという新法も施行しています。ここまでしなければ契約兵が集まらず、そこには莫大な国家の費用負担が生じるため、戦争を今のレベルで続けていくのは苦しくなっているという見方があります。
そうなると、和平案に則って今の占領地域は事実上ロシアの領土として固定化し、トランプ氏との交渉次第では、ウクライナのNATO加盟を阻止し、あわよくばアメリカによるウクライナへの軍事支援も低下させてやろうと考えるかもしれません。プーチン大統領は停戦に応じる素振りを見せながら目先の利益を得て、戦力を回復するためにこの交渉を利用する可能性があります。つまり、停戦は、戦争の「小休止」なのです。これをウクライナ側は一番警戒しており、ロシアの将来的な3度目の侵攻のための時間稼ぎにしかならないと考えています。
2014年に始まったウクライナ東部のドンバス紛争でも、過去2度にわたり停戦合意が破られた経緯があり、何らかの停戦合意を実現したとしても、その実効性は不透明と言わざるを得ず、このウクライナ戦争はまだまだ見通せない状況が続くと考えます。
北朝鮮による事実上の参戦は、東アジアの安全保障環境にも否定的な影響を及ぼしつつあり、今後のロシア・ウクライナ戦争の行方は、東アジアの問題と認識して慎重に見極めていく必要があります。
※2024年12月11日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。