会員増強・拡大月間例会
動画で見る1930年代の東京ロータリークラブ
2025年8月6日(水)
RI第2580地区 2024-25年度ガバナー
佐藤 剛氏(水沢RC)
2011年3月11日に東日本を襲いました大震災の際には、東京ロータリークラブの皆様にも大変なご支援を賜りまして、本当に心より御礼を申し上げます。お陰さまでみんな元気で頑張っておりますので、どうぞご心配なくよろしくお願いします。
本日、皆様にご覧いただく映像は、1938年に東京ロータリークラブの現状を世界の皆様に見ていただくために小松隆さんが先頭になって作ったプロモーション映画です。この中にはポール・ハリスが来日した1935年2月9日、10日の映像も入っています。我らがヒーローであった第30代総理大臣・齋藤實閣下は、開会と晩餐会で挨拶をされたようですが残念ながら映像にはありません。1936年の二・二六事件で逝去された後に制作されたため、喪に服し映像を出さなかったのだと思います。米山梅吉さん、浅野良三さんという東京ロータリークラブを作った歴代の方々が出てきます。
当時は戦争の影が近づいていた時代で、各国ともに日本に対するネガティブキャンペーンを行っていました。それを払拭するためこの映画は作られ、女性にも配慮した内容になっており、当時、Rotary Annと呼ばれていた御夫人方も登場します。
初めに紋付き袴姿の小松さんが出てきます。小松さんは1886年3月の生まれで、その1ヶ月前の2月には岩手県で石川啄木が誕生した、そういう時代です。
最初に1938年の映画を、その後に1933年の第70地区の第5回地区大会の模様を収めた映画を上映します。1933年は関東大震災から10年後で、当時の東京が出てきます。実は1933年には3月3日に三陸大津波があり、1500名が亡くなり1500名が行方不明となりました。岩手県ではこの年の9月21日に宮沢賢治さんが亡くなっています。
また、日本は国際連盟から松岡洋右代表が連盟脱退を表明し、ドイツではナチスが第一党になった年です。そうした暗さの始まる年でしたが、東京ロータリークラブの皆さんは元気、元気、元気でした。その姿を見ていただければと思います。
<映画上映>
「 18年前に24人でスタートした我がクラブ、今に至りますまでに発展を遂げて200名を超える」という自信に満ちた小松さんのお話がありました。1938年は関東大震災の15年後で見事に復興を果たした様子がわかります。映画は、「日本にどうぞお越しください。真心を込めて皆様をおもてなしします。さようなら」で閉じられています。
さて、ここからが1933年の映画です。第70地区の第5回地区大会の様子です。サイレントフィルムですので、少し説明をしていきます。
東京駅に到着したロータリアンを皆さんで迎えています。当時のスタイルは、男性は帽子を被り、女性は和服の方が多くいました。洋装はフランス製の生地などを使って仕立てているため、和服よりもとても高価だったと聞いています。
地区大会には、日本のみならず、当時の朝鮮、台湾、満州などからも来ており、非常に国際色豊かでした。
受付の様子などを見ると、今と変わらずほとんど一緒です。挨拶が続き、出席率の表彰や各クラブからの報告がなされています。その後に午餐会です。その間に次年度のガバナーを決定する選挙をしており、一方でエンターテイナーである昔の会長が女性たちの前で楽しくお話をしています。
そして、首相官邸で行われたティーパーティーです。東京ロータリークラブの名誉会員でいらっしゃった齋藤實閣下が「ロータリアンだったらみんな来たらいいんじゃないか」ということで、晴子夫人と共に皆さんを迎えています。その数は700名と記録に残っています。70歳を超えられた齋藤閣下が皆さんに頭を下げています。齋藤閣下ご夫妻が非常に丁寧な方だったということに加えて、当時は爵位があり、齋藤閣下は子爵でしたがそれ以上の方もおられたため全員に頭を下げられたようです。園遊会のごとく、首相官邸の庭で、みんなで楽しく過ごしています。
齋藤閣下は非常にグローバルな方で、1927年のジュネーブ海軍軍縮会議に全権大使として臨んでいます。まだ41歳だった小松さんを指名して連れて行きました。
この映像が水沢の地にやってきたのは2014年2月です。その年、齋藤實記念館で特別企画展「齋藤實とロータリークラブ」を開催しました。その時に東京ロータリークラブに手前どもから「何か齋藤閣下が映っている映像などがございましたら、ご提供願えれば非常に幸いでございます」というお話をしたところ、当時の壬生基博会長のご英断で、齋藤閣下と壬生様の祖父である東久邇宮殿下が昵懇の間柄だったことで特別に貸していただき、この映像が残っています。非常に感謝していつも見ております。
地区大会ではエンターテインメントももちろん行っており、帝国ホテルで行われたディナーパーティーの時は、当時の日本の代表的なコメディアン・古川ロッパさんでした。
スピーチでは、「世界の人口の半分は女性である。女性に対してもっと敬意を表して、女性とともに進めていかなければならない」といった内容のものも行われました。
エクスカーションでは宮内省の好意により新宿御苑に行っています。当時、新宿御苑には一般の人は入れず映画会社のカメラマンも入れなかったため、遠くからの姿しか映っていません。その後、絵画館に行き、お昼ご飯を食べた後にはエンターテインメントタイムがあり、スマートボールや当時流行りだったヨーヨーを楽しんでいます。
そして、地区大会の最後を飾るのは今と変わらずゴルフ大会です。面白いのが、皆さん、自分のショットをスローモーションで撮らせているんです。映画はフィルムによる撮影のためとても高価なのですが、今のゴルフ好きの皆さんと同様のことをしていたのです。また、紅一点で参加されているのは東急グループの五島慶太さんのお嬢さんと聞いています。この地区大会の記録のフィルムのうち約3分の1はゴルフの様子です。地区大会のディナーパーティーでこの映像を見るために、現像、編集する時間がかかるため、ゴルフ大会を一ヶ月早く行ったそうです。スコアも手書きで、皆さん真面目にプレーされています。今よりとても贅沢な空間に見えます。
この映像は、今日この会場に来ることができなかった150名の皆様にも、ぜひいつの日かご覧いただければと思います。
※2025年8月6日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。