卓話


昨今の同意なき企業買収についての考察

2025年10月29日(水)

(株)ラザードフレール
代表取締役社長兼CEO 秋山健太氏


 最近、日本の株式市場では「同意なき買収」というキーワードがよく聞かれるようになりました。

 失われた30年と言われて久しいですが株式市場もまさにその通りで、足元の高市トレード含め、ここ4、5年でようやく盛り上がりを見せてきたものの、1989年12月の日経平均3万8900円台をピークになかなか戻ってこずに長い冬の時代を経てきました。特に、各企業の純資産に対する時価総額の割合を示す指標・PBRが1倍を下回る、つまり企業の清算価値を下回ってしまう株価水準を長らく放置してきていたのが日本の株式市場でした。

 欧米の株式市場の状況と比べても非常に目立ち、ここ数年は投資家、株主、資本市場のみならず、政府や東証までも声高に株安・低PBRを放置する企業に対してプレッシャーをかける動きが起きていました。

 2014年に持ち合い株式の解消などガバナンス改革のための原則を設定した「コーポレートガバナンスコード」が、2016年にはガバナンス向上のための機関投資家の行動規範を設定した「スチュワードシップコード」が導入されました。さらに2020年、東証自らがPBR低迷企業に対して改善案を開示・実行するよう要請しました。このような市場改革が呼び水となって日本の株式市場が海外の注目も集めることになり、外国人投資家の増加、さらにはモノ言う株主「アクティビスト」の台頭、プライベートエクイティファンド(PEファンド)による買収が活発化するようになってきました。

 そして2023年、経産省が「企業買収における行動指針」を発表し、これが同意なき買収に大きく影響を与えています。この指針以前から経産省は日本企業が価値創造の手段としてM&Aを積極活用すべきと促してきており、指針はM&A市場の公正性や予見可能性を高めるベストプラクティスを確立していこうという背景の下に策定されています。

 指針の中で最も影響を与えたのが、「敵対的買収」という言葉を「同意なき買収」に、「買収防衛策」を「買収への対応方針」と呼び直しましょうという、ある意味、ネガティブに聞こえる固定観念を変えようと促した部分や、買収提案を受けた企業がどう行動を起こす必要があるのかまで定義したことです。

 実際、この指針をもって、国内外の企業や投資家、市場関係者は同意なき買収はもはや日本においてもタブーではないと国も承認しているコンセプトだと真剣に経営の1つのツールとして検討し始めました。

 実際に、2023年にはパブリック・コメント段階で、ニデックが経産省の指針の内容を参照しながら、同業のTAKISAWAの同意なき買収を成功させています。これがきっかけとなり、24年には日本で過去にない水準の同意なき買収が見られました。

 事例を紹介します。1つ目は、ニデックによるTAKISAWAの買収で、ニデックのような大手企業が経産省の指針をきっちりと参照する形で成功させた初めての案件で、懐疑的だった人たちを後押しする効果がありました。

 翌2024年に一番有名になったのは、セブン&アイホールディングスに対する、カナダの同業であるクシュタールによる同意なき買収提案です。セブン&アイのような超大手企業でも長らく株安を放置していると、こういった事態を招いてしまうという教訓がありました。

 セブン&アイは、指針に基づいて専門家や社外取締役から構成される特別委員会を立ち上げてクシュタールの提案を精査させ、「クシュタールの提案は、当社の本源的価値を著しく過小評価している」と声明を出しました。それまでの日本企業はこうした敵対的買収を仕掛けられると、「我々は売り物ではありません。基本的にノーです」と大した説明もせずにはねのけていたのですが、今回、セブン&アイは、一般株主にも配慮をしながら、買収そのものを否定せずに、「提示価格が不十分なため支持しません」という趣旨の声明を出しました。裏返すと「価格次第では身売りも考えます」に等しい返し方でした。日本企業からこのような声明が出てきたのも、経産省の指針による影響があったのではないかと見ています。

 3つ目はまたニデックの案件で、今度は事前交渉も一切なく突然マーケットに対して牧野フライスへの同意なき買収提案を公表しました。牧野フライス側も指針に沿って特別委員会をすぐさま立ち上げ、ニデックには買収されたくないという強い思いがあったとは思うのですが、あろうことか対抗提案を募るという行動に出ました。皮肉にも自ら売りに出してしまったのです。結果、ニデックが中国での競争法の承認など様々なハードルにより買収提案を撤回したにも関わらず、対抗提案を出してきていたPEファンドのMBKパートナーズに身売りすることになりました。

 4つ目は、芝浦電子に対し台湾のYageoが同意なき買収提案をした案件です。芝浦電子もすぐに特別委員会を立ち上げてYageoの提案を評価するとともに、ホワイトナイトとしてミネベアミツミを連れてきました。そこから買収合戦が始まってしまい、最終的に財力に勝るYageoが勝ち、先日、TOBが完了しました。

 それぞれ示唆があります。確かに、今まであまり考えられなかった同意なき買収が、いつ、どんな会社に来てもおかしくない状況になってきており、長年、株安や価値の停滞を放置していた経営陣への良い意味での緊張感を生み出しています。ただ、正直、企業のより中長期的な価値や持続可能性を重視する私のような企業寄りの人間としては、案件によっては、その運用でいいのかと疑問に感じざるを得ないものもあります。

 経産省の指針そのものと、実際の運用に関わる弁護士や証券会社をはじめとする我々のような財務アドバイザーが大いに影響を与えてしまっていると見ていますが、日本では同意なき買収提案が来ると、社外取締役や専門家から構成される特別委員会をすぐに立ち上げてしまい、会社そのものを身売りありきの「in play」に自らさせてしまう傾向にあるのではないかと思います。

 「アメリカの市場では上場会社はすべて売り物で、買収提案が来たら直ちにin playになる」と勘違いしている方々がいますが、実際はそんなことにはなっていません。買収提案がなされれば株主のために真摯に検討はしますが、最終的には是々非々で、独立独歩の道が株主の中長期の価値に資するという結論になれば、それを株主に訴えて買収提案をはねのけるケースも実際にはあります。

 一方で、同意なき買収の歴史の浅い日本の例を見ると、自ら売りありきのin play化をしてしまっている事例が多いという印象を持ちます。

 先ほどのニデックと牧野フライスの例で言えば、牧野フライスは結果としてニデックの買収を防ぐことはできましたが、提案受領直後、反射的にプロセスを開始して、対抗提案を呼び込むプロセスで勝ち残ったPEファンドに買われました。牧野フライスの経営陣、株主、その他のステークホルダーが望んでいたことなのか、大いに疑問が残る案件でした。

 同意なき買収の先進国である米国では、そもそも取締役にM&Aを含む経営経験の豊富な独立社外取締役が多くいます。一方日本では、昨今のガバナンス改革によって社外取締役の人数こそ増えたものの、必ずしも特にM&Aの知見豊かな方は多くないと感じられ、同意なき買収提案を受領するという非日常的な喫緊の課題に対して実力不足状態となり、それを補う形で、専門家集団や社外取締役からなる特別委員会を早々と立ち上げる流れにつながっているのではないでしょうか。この特別委員会は、中途半端に外部の専門家が絡むため、その企業にとって中長期的に何が正しいのか、どうあるべきかという議論よりも先に、何かしらのM&A取引の実行になびく結論を導き出しやすい傾向が散見されます。本当にこうしたプラクティスでいいのか疑問です。

 さて、多少視点は変わり、近年、PEファンドによる買収案件も増えてきています。経産省の指針導入以降、国内外からの同意なき買収の驚異に怯える上場会社に対して、解決策として非上場化やマネジメント・バイアウト(MBO)を積極的に提案しています。

 もちろん意義のある非上場化案件もあるので一般化すべきではないかもしれませんが、一般的にPEファンドによる非上場案件は、非上場化した一定期間後に再上場を勧め、再上場後はまた買収の脅威にさらされるという意味で根本的な解決にならないケースも多いのではないかと考えます。また、再上場できなかった場合、別の会社に売却する形でPEファンドは利益確定を図る可能性もあり、その時点では経営陣やその他ステークホルダーに会社の運命を決める決定権はありません。いろいろな会社に同意なき買収で狙われるから、アクティビストに狙われるからという理由だけで非上場化するのは少々短絡的です。

 上場企業でも非上場企業でもM&Aというテーマで近寄ってくる買収者、投資家は、これからますます増えてくると思います。

 特に上場企業には、それに加え、日本の株式市場や投資家からのプレッシャーも高まってきています。日本の企業の皆様には有事の時、外部からの要因でリアクティブに考えるのではなく、何もない平時から、あくまでも中長期の視点でどのような選択肢があり、何が最善の選択肢なのか、金融リテラシーも十分に持った上で、自らの企業価値の現在値と将来値を意識した議論・検討を重ねておく重要性がますます高まってきています。

 金融リテラシーの格差や情報格差を使って稼ごうとする人たちに食い物にされないよう、時代時代で企業としての形は変わっていくと思いますが、日本が誇る50年企業、100年企業、200年企業がますます増えて生き延びていくことを切に願っています。


   ※2025年10月29日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。