卓話


日中関係悪化の行方と日中経済協力のあり方

2026年5月20日(水)

東京財団
主席研究員 柯 隆氏


 先週、トランプ大統領が北京を訪れました。いろいろなメディアが報じるのが、「今回の首脳会談で、習近平とトランプのどっちが勝ったのか」です。アメリカの反トランプのメディアは「習近平に一本取られた」という論調ですが、私はまだ「勝負はついていない」と見ています。

 双方が獲った果実はあまりなくて、合意できたのはイランの話です。ホルムズ海峡の開放と通過するタンカーから通行料を取らないことに関してで、それ以外のことに関しては合意できておらず、首脳会談後に共同文書や声明を一切出さず、共同記者会見すらしていません。

 習近平国家主席は記者会見が苦手な人で、少人数が対面で話す時も必ず原稿を読み上げる人です。一方のトランプ大統領も台湾問題などについて聞かれると答えにくい部分があり、記者会見をしなかったのです。

 中国政府は「関税についてトランプ政権が引き下げてくれる」と一方的に発表しましたが、アメリカ政府は一切それに関して論評しないため、裏付けが取れていません。トランプ大統領は中間選挙を気にして、「大豆を3年にわたって大量に買ってくれる」、「ボーイングの飛行機を200機、注文してくれる」と話しましたが、中国政府はそれについても論評していません。

 最も激しく対立したのが台湾の問題です。来年秋の共産党大会で習主席は間違いなく4期目に突入し、おそらく死ぬまで務めるつもりです。去年9月3日、ロシアのプーチン大統領が北京に行った時に「今の人間は150歳まで生きていける」と会話しています。

 しかし、習主席は政権の正当性を自分では証明できません。後ほど話しますが、経済がどんどん減速しています。経済が高成長していた時代は、「私のお陰で経済が成長して人民が幸せになっている」と言えました。でも今、経済が成長しなくなり、唯一ありうるのがトランプ大統領に台湾の問題について一歩でも二歩でも譲歩してもらうことです。そうすれば国内向けに政権の正当性を証明できると習主席は考えていますが、トランプ大統領は拒否しました。そのため、今回の米中首脳会談は五分五分、まだ勝負がついてないと言えます。

 「習近平政権が台湾に対して軍事行動を取る可能性はあるのか」。結論から言えば、可能性は極端に低いものの重要なカードであり、脅し、あるいは駆け引きに使いたいため「武力行使を辞さない」といつも口にはしても、実際にはできないと思います。

 中国軍の組織構造を見てみます。共産党中央委員会の中に軍事委員会があり、委員が7人いますが、そのうちの5人が粛清されています。去年までに3人が粛清され、それぞれの軍の幹部ですから、その段階で戦争ができなくなったと思います。そして今年1月24日、軍事委員会の副主席、実質的な司令官と参謀本部長の2人が拘束され立件されて、今2人しか残っていません。

 10日ほど前、逮捕されていた元防衛大臣と元国防部長が猶予付きの死刑判決を受けました。これには死刑執行が猶予され、2年経った段階で終身刑になるという意味があります。軍はパニックに陥っていると思います。

 背景には腐敗があると言われています。これは非常に意味深な話です。というのは、日本の軍事の専門家、安全保障専門家は中国の武器の量、空母や戦闘機の保有数を見ていますが、これらの兵器が戦えるかどうか質の話には触れていません。一方、アメリカ・ペンタゴン(国防総省)のレポートには、「中国の一部のミサイルの燃料タンクに入ってるのが液体燃料ではなくて水だ」と書かれているのです。そうすると、今の状況の中で戦争は起きにくいがリスクは存在する、というのが台湾問題の現状だと理解いただきたいと思います。

 次に、中国経済は、大変深刻な状況です。ただ、この深刻さは公式統計では確認できません。例えば去年、中国政府が発表した1年間の経済成長の目標は5%で、今年1月17日に発表された去年の実績値、GDP伸び率ジャスト5%達成です。14億もの人口、不確実性も多い国で、普通はありない話です。

 アメリカのシンクタンクのロジウム・グループの推計によると、去年の中国経済の実際の数字は限りなく2.5%に近いもので、公式統計の半分ぐらいしかなく、残念ながらこの数字が体感温度に近いと思います。

 中国経済の急速な減速の一つのきっかけはコロナ禍です。あの時、どの国も大変でしたが、日本、アメリカ、ヨーロッパができなかったことはロックダウン(都市封鎖)で、中国は徹底してロックダウンした結果、特に飲食店などがたくさん潰れてしまいました。中国政府はそのデータを出していませんが2022年12月、インターネット上にある数字がアップされ、すぐさま削除されました。削除されたことで、それなりの信憑性があると私は思いました。

 3年間で400万社の中小零細企業が潰れたというものです。これほど大量の倒産には、2つの背景があります。

 一つが、日本にはある中小企業信用保証制度が中国にはありません。それから日本政府は当時、中小企業に対し持続化給付金を支給しましたが、中国は1人民元も払っていないため、キャッシュフローのトラブルに最も弱い中小企業がたくさん潰れました。その結果、若者の大量の失業を招きました。失業率は公式統計では16.9%で、この数字そのものが過小評価されています。

 今年6月には1270万人が大学を卒業します。ですから、若者の失業がさらに増えます。これを裏付けるもう一つの公式統計は、就職できずにアルバイトしている非正規雇用者数が2億4000万人いるということです。非正規雇用の人々は年金を納付しておらず、高齢化のスピードが速い中国では年金が足りなくなります。

 経済が持続的に成長する前提の一つは需要と供給のバランスが取れていることですが、習近平政権は生産者を助ける補助金をたくさん出しており、本来ならば需要回復のため低所得層の所得をボトムアップしなければいけませんが、それをしていません。

 そして、人型ロボットやAIの開発を進めています。これらは省力化技術ですから、ますます需要が弱くなっていくわけです。需給バランスの悪化をさらに拡大させているのが、不動産バブルの崩壊です。2021年、大手の不動産デベロッパー・恒大集団がいきなりデフォルトを起こしたことがきっかけになりましたが、日本と違って崩れるスピードが遅いのです。

 1994年、私が名古屋大学大学院で学位を取り、日本長期信用銀行の研究員になった時のことを思い出しますと、名古屋を離れる時、名古屋大須RCの皆様をはじめお世話になった方々が送別会を開いてくださいました。多くの方から「柯君、君は日本の優良企業に入った、おめでとう。日本長期信用銀行だから、生涯心配いらない」と言われましたが、わずか4年半で潰れてしまいました。

 中国のこの不動産不況は、おそらくかなり長期化し深刻化する可能性が高いと思います。当時の日本もそうですが、役所も経済学者も銀行も、「少し時間が経てば景気が回復する、不良債権ももう一回復活する可能性もあるし、不動産がまた売れるようになるんじゃないか」と真剣に救済しようとしていないのです。習近平政権もこの不動産不況に対する手当を真剣にやっていません。今、どんどん状況が悪化していながらも部下たちは習主席に本当の情報を報告していないと思います。だから中国経済は、本当に大変な状況になっています。

 ここからは日中関係の話です。昨年10月以来、日中関係は悪化していると言われていますが、あれほど高市政権に対する反発が強まっていながらも、中国で反日デモが起きていない、日本製品の不買運動が起きていない、中国に駐在する日本人のビジネスマンが一人も逮捕されていません。この3つが起きないのは、中国経済にそこまでする余裕がないからです。もし、これらが起きた場合、日本企業はさらに中国から撤退します。従って今回、習近平政権は日本に対してそこまで真剣に制裁しようとは思っておらず、メンツが欲しいのです。

 高市政権からすれば自分が間違っていないし、もし、謝罪した場合には支持率が下がる可能性もあるため、日中関係のこれからを展望した場合、残念ながらすぐに仲良くなることは私はないと思います。平行線のまま、貴重なクールダウン期間として冷静に考えたほうがいいと思います。

 私が日本で生活して40年近く経ちます。1980年代、当時の日中関係はとても良く、日本人に反中感情はほとんどなく、中国の文化に対する憧れも持っていました。当時の中国共産党や、一般の中国人も日本を見る目は今と違い、日本に学ばなくてはいけないと考えていました。

 しかし今、中国を見ているのはアメリカで、日本人が中国を見る目は変わりました。ここ十年来の外交の影響で、日本人の80%以上が中国のことをよく思っていないと言われています。やはり政治が恣意的に日中関係に関与してくるとおかしくなります。これからの日中関係の再構築に重要なのは、文化交流、人的交流を中心にしていくことです。政治というものは気まぐれで、特に日中関係に利用されてしまうとおかしくなります。

 日中関係に最も影響するのがアメリカとの関係です。今大統領を務めるトランプ氏は、昨日言ったことが今日矛盾する、一体何を考えているのかわからない人物です。先日、TV番組に出て、これからの日本の戦略あるいは政策をどうすればいいかと聞かれた時に、私がフリップに書いたのが、「以不変応万変(不変をもってあらゆる変化に応ずる)」です。わかりやすく言えば、「自分の軸足をしっかり守りながら、あらゆる変化に対応していく」です。それが、国際情勢が激変している時代において最も重要な戦略だろうと思います。


    ※2026年5月20日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。