卓話


環境と建築

2024年8月7日(水)

建築家 妹島和世氏


 35年以上前に自分の事務所を始めましたが、多様な人が集まって一緒に快適な時間を過ごすことができる場所を作りたいという思いでずっと建築を作ってきました。

 それは開かれた場所、例えば公園のような場所ではないかと考えました。公園では様々な年齢層の人が様々な目的で思い思いの時間を過ごしています。そして同時にそこにいるみんなで空間を共有していることを無意識に感じています。公園は一つのまとまった空間でありながら、その周りに広がる街や自然に地続きに連続しています。

 それでまず、建築の内部空間をその周りに広がる外部空間につなげようというところから作りはじめました。中と外が連続する建築です。そのために、境界を和らげる構造のあり方、内部と外部空間をスムーズに連続させる中間領域、あるいは境界そのものの作り方など、一つ一つ試行錯誤しながらやってきました。

 初めての大規模な公共建築が、20年前ぐらいに出来上がった「金沢21世紀美術館」です。街がそのまま美術館に流れ込んでくるような美術館を作りたいと考え、街の中に小さな建物が並ぶように室内に四角い展示室が並ぶ計画になりました。敷地の4方向が公共の場所で囲まれていたので出入り口も4方向に作り、どこからでも美術館にアプローチできるように考えました。

 美術館竣工時にアーティストが、円形の美術館がまるでUFOのように宇宙から飛んできて金沢の敷地に舞い降りたという動画を作ってくれました。彼女はその動画で、新しい建築が街にやってきたことをお祝いしてくださったのですが、私は街につながる美術館と思っていたので「そう見えるのか」とショックでした。

 あの頃は、中と外をつなげるという問題を平面図などの抽象的なレベルで考えていたのですが、それ以降は建築がどうやってもっと具体的に地面に着地できるかを同時に考えるようになりました。

 次に作ったのがスイス連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパス内の学習センター「ロレックス・ラーニングセンター」です。建物を一層の大きなワンルーム空間とし、敷地のほぼ中央に配置し、図書館・多目的ホール・オフィス・カフェ・レストランなどすべてのプログラムをこのワンルーム空間に収めました。この空間は166.5m×121.5mという大きさですが、空中に上がったり下がったりと穏やかに隆起しながら、室内に地形的空間を作り出します。隆起によって建物の下に大きなオープンスペースが生まれ、人々はこのオープンスペースをくぐって四方から建物の中心にあるエントランスにアプローチできます。

 大きな丘のような空間は眺めがよく勉強スペースやレストランに使われ、小さな中庭が集まった谷の空間は、親密な環境を作り出します。それぞれの空間は柔らかく分けられながら同時に連続してもおり、複数の中庭があることで、建物中心まで周りの風景が入り込み、室内だけでなく外のキャンパスまでスムーズにつながります。

 その結果内部はとても有機的な形でつながりができましたが、もう少し外部環境につながれるようにできないかと次に作ったのが「ルーヴル・ランス」というルーヴル美術館の分館です。フランス北部の街ランスにある、ユネスコの世界文化遺産になっている炭坑のエリアの一つの跡地に計画された美術館とランドスケープです。

 約33,000�屬箸い�広大な要求面積に対し、わずかなカーブを持つ複数の建物を雁行させながら配置することで、周辺環境に対して親和力のある柔らかい建物を作ろうとしました。三角の土地の中に、昔の引き込み線路の跡や採掘坑、地形の線などを残しながら、敷地のわずかな傾斜に従って流れるように連続させています。

 建物のファサードはにぶく反射するアルミニウムで、そこには風景が柔らかく写ります。周りの昔の赤いレンガの炭鉱労働者の家などがぼんやり写り建物が溶けこんでいきます。斜めの敷地を造成せず、建物の屋根と床は敷地に沿って約2%のスロープを持ち、地面とつながりを持っています。

 次は「グレース・ファーム」です。ニューヨークから車で1時間半程のニューケイナンにあります。敷地は森や湖、湿地帯などがある起伏に富んだ広い土地で、競走馬の練習用のパドックなどが残っていました。地域のコミュニティセンターのような建物で、みんなが集まることができるホールやダイニング、ジムや図書室などの室内プログラムのほか、アスレチックフィールドなど屋外プログラムも求められました。

 私たちが提案したのは、地形に沿って敷地の中央付近に蛇行しながら浮かぶ長く大きな屋根です。集成材を作る技術のある地域だったためそれを使って、まっすぐな木の梁を敷地の勾配に沿って並べてつなぐことにより、緩い3次元の局面の屋根を作りました。

 室内プログラムは、用途により大屋根の下にそれぞれ離れて配置しました。ある部屋からは遠くに大きな湖が見え、別の部屋からは前方へなだらかに下る斜面とその先に広がる湿地帯が見渡せるというように、部屋ごとで眺めが異なります。

 その後、パリの老舗百貨店「ラ・サマリテーヌ」の改修計画に携わりました。ポンヌフ橋の右岸に位置しセーヌ川に面し、改修にあたっては百貨店だけでなく、オフィス、公営住宅、幼稚園、ホテルという都市的複合プログラムを持つこととなりました。

 歴史的建築部分を保存改修しながら現代に見合う機能にすることと、リボリ通りに面する新規建築という二つの大きな要素があり、それらが一体となり新しいラ・サマリテーヌとして都市に貢献することが期待されました。

 私たちはリボリ通りからセーヌ川へと至る 動線を、新旧建物の中央に設けることで、これまでこの場所に無かった都市的な新たな人の流れを建物内に生み出そうとしました。流れの途中に既存の歴史的アトリウムと新たに計画した2つの中庭空間があり、3つがそれぞれが異なる個性を持っています。

 リボリ通りに面した新たなファサードは、向き合うオスマン様式のフランス窓のリズムやスケールに合わせて緩やかにカーブしたガラスファサードとし、そこに周囲の環境が奥行きを持って映り込むことで、現代的な建物と歴史的な街並みとの新しい調和を目指しました。改修される歴史的な部分と新しい現代的な部分とが一体的なファサードとなり、ラ・サマリテーヌの新しいアイデンティティとなることを目指しました。

 さらに、シドニーの「ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館」を手掛けました。示された敷地が高速道路の上にあるランドブリッジと昔のオイルタンクの上部で、土の上でないことに最初とても戸惑いましたが、シドニーという都市が近代化する時に必要だったインフラのある意味で増築だと理解して、できる限りそれらを残し良い関係を作っていくのがいいと考えました。

 新しい美術館はいくつかの大きさの異なった屋根とボックスでできています。低く緩やかな建物は、高低差のある敷地に沿って連なり、それらの屋根はウルムル湾を望むテラスになったり広場を作ったりしながらドメイン公園とウルムル湾をつなぎます。エントランスプラザは日差しを柔らかく遮る屋根に覆われた屋外広場で、新しい美術館、既存美術館、周辺環境をつなぐ公共空間です。エントランスから大きな明るい展示室が見え、奥に進むと一つ下にある企画展示室が見えてきます。時に屋根が地面まで下りて館内から外に出られるテラスになっており、来館者が展示室に入ったり屋外に出たりし、展示とシドニーの自然を楽しめるようになっています。外部動線を上がった最後にはオペラハウスからつながるボタニカルガーデンがあり、人々が散歩や運動をしており、どこまでが自分たちの建物かあまりわからないような感じに出来上がりました。

 最後にご説明しますのは、今年末に出来上がる「新香川県立体育館」です。瀬戸内海と街の間、もともとある公園の横が敷地です。それを囲むように瀬戸内海に浮かぶ小島のような屋根をかけ、高松駅、広場、体育館、親水公園、港、そして瀬戸内海まで緩やかにつながって、1つの大きな公共公園になることを目指しました。

 有機的な3次元曲面の大屋根は、その内部でアリーナ、観客席、交流エリアを一体としたスポーツの広場をつくり出し、外部では半屋外のエントランス広場を中心に軒先空間や屋外の広場など、様々な場所をつくります。これら内外の広場は、周囲どこからでも気軽にアプローチでき、多目的広場や瀬戸内海を望む親水空間などと緩やかにつながります。いろいろな場所に賑わいが生まれ、全体として県民の日常の場として使われることを期待しています。

 以上金沢21世紀美術館から約20年間の試みをご説明いたしました。ある意味で抽象的とも言える思考から考え計画される建物を、同時にどうやってその土地に根差し、その場所が持っている風景や時間に具体的につながっていける建物にできるかということを試行錯誤しながら考え作っております。


   ※2024年8月7日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。