現代においてアートとは何か
2024年11月20日(水)
森美術館
特別顧問・キュレーター 南條史生氏
今日のアートは、絵画や彫刻だけではなくなっています。そのきっかけを作ったのが、20世紀前半のマルセル・デュシャンというフランス人アーティストで、「アートとはコンセプトである」という考え方を提示しました。
日本で似たことをしたのは千利休です。利休もデュシャンも、とんでもないものをアートだと言い、美しいとして、価値の転換をしてみせました。映画『利休』に印象的なシーンがあります。武士が歪んだ茶碗を高く売りつけられ、「この茶碗がなぜそんなに高いんだ」と言うと、利休は「私が言えばそうなります」と応えるのです。
アートにはそうしたところがあります。今、現代美術の市場が沸騰しているのは、信じている人がいるからその価値が成立しているのです。あるいは、「それだけの価値がある」と言い切る人がいて市場が成り立っています。
そうなってきた流れ、背景は何か。近代から現代へ、極めて大きな思想の変化があります。
近代の定義は、ユダヤ・キリスト教的な世界観に基づいている西欧社会の世界観です。
まず、歴史は一直線に進歩する、始まりと終わりがある、というのは西洋の考え方で、これはイスラムもそうです。一方アジアは輪廻転生で、初めと終わりはそれほど想定されていません。
それから、近代の世界観には普遍的な価値観への信念があります。正しいことと間違っていることがあり、いいものと悪いものがあるはずで、それは誰にでもわかるはずだ、という価値観です。
今はそれが終わった時代なので、「ポストモダン」と呼び、日本語では「後近代」という言葉になります。それは「世界に中心は無く、いろいろな歴史観、倫理観、価値観がある」という時代です。そこで、今は何かが絶対的に正しい、あるいは間違っていると言えない時代、多様で相対的な時代に成ったといえます。
ポストモダンつまり後近代は、後植民地主義とも共通しています。
植民地主義の時代には、例えばフランスがアフリカに植民地を作ると、朝,召使いに「カフェオレとクロワッサンを持って来い。これが正しい朝食だ。お前たちが食っているイモの根っこみたいなものは駄目だ。あれはまともな食べ物じゃない」と自国のやり方を押し付けようとするわけです。あるいはイギリスはイギリスのやり方を押しつける。これが絶対的に正しい生活だと彼らは信じているわけです。
今の時代は違います。召使いは言います。「あなたはクロワッサンを食べてればいいでしょ。私達はこのイモの根っこが好きなんです。おじいさんもおばあさんもこれを食べていました」ということを認めなければいけないわけです。世界全体を見ても、昔はパリ、ロンドン、ニューヨークが中心でしたが、今はムンバイ、上海、東京といろいろな中心ができ、それぞれの都市が独自の文化を持ち、生活のスタイルを持っているし、法律も善悪も違っている。それを等し並みに認めようというわけです。これは多様性の時代ということになります。
アートにそれが反映するとどうなるか。
絶対的な価値があると思っている人たちは、絶対的な美しいものがあるはずだと思っています。例えばアメリカで作ったものをアジアに持っていってもアジアの人たちがみんな美しいと思うものがあるはずだ、ということになる。
とすると、それは、究極、色と形の問題ではないか、と極めて形式上の問題に転換されていき、普遍的な美は、色と形に還元されます。 ミニマリズムです。全て捨てていき出発点にもどしていくので「還元主義」とも言われます。アメリカ人作家ドナルド・ジャッドの作品は、単なる箱にカラフルな色が塗ってあるだけのものです。作家は「これ何の意味があるんですか」と聞かれた時、彼は「何の意味もない。見た通りのものだ」と答えました。
一方、これは台湾の女性作家ツァイ・チャウエイがシンガポールの仏教寺院のロータスの葉に漢字を書きましたが、いているところです。たとえば欧米人は漢字を読めないため理解ができません。昔であれば、「なぜ、みんながわかる英語で書かないんだ」となったでしょうが、彼女は「これが読めないのはあなた方の問題です。これを理解したければあなたが勉強してください。漢字を勉強すればわかります。英語だけが全てではありません」と答えることが起こる時代なのです。これが後近代、後植民地主義の時代、多様性の時代で、今の文化状況です。
アートはそうした状況を反映し、変化します。
フランシス・フクヤマはソ連が崩壊した時に「歴史の終わり」と言いました。歴史とは二つの思想の対立から生まれ、そこに戦争が起こる。それが、ソ連が崩壊することによって全て自由主義、民主主義の世界に変わった。戦争もぶつかり合いもない社会が出現するだろうから、もう歴史は書かれないと予測しました。
しかし、その後、サミュエル・ハンティントンが著書『文明の衝突』を出し、世界を七つの文明に分類し、それが互いにぶつかり合うだろう、民主主義か社会主義かというイデオロギーのぶつかり合いはなくなったが宗教的なものを含めた世界観がぶつかり合うと予言しました。そしてその預言通り、この後、9.11が起こりました。
ここでどのようなものが現代のアートにあるのか、見てみましょう。2週間前、私は中国で2年に一度の大規模な展覧会「Ennova Biennale 01」をオープンしました。北京郊外のランファン市にあるEnnova Art Museumで、来年5月30日まで開催しています。私がディレクターを務め、キュレーターやアーティスト選考委員に3人の日本人も入り、約90人の作家による展示です。そのうち30人が中国人、日本人が11人と国際的です。ぜひ近くにお越しの際はご覧下さい。
これから現代アートの特徴を述べていきます。
1.多様なスタイルとメディア
現代アートは、伝統的な絵画や彫刻だけでなく、デジタルアート、インスタレーションアート、パフォーマンスアートなど、さまざまなメディアやスタイルを取り入れています。
例えば、池田亮司の作品は、長さ40mの床に上から映像を落として、そこを人が歩いていけます。
廃物になったテレビのブラウン管をデジタル加工し、叩くと音が出る楽器に変えた日本人の作品もあります。持続可能性の問題、廃物利用の視点からも面白く、このパフォーマンスには若い人たちが200人ぐらい集まっていました。
それから、私が初めて手掛けたパブリックアートの一番象徴的な作品は、新宿アイランドタワーにあるロバート・インディアナの『LOVE』という彫刻です。今でも日本のパブリックアートの中で最も先鋭で力のあるものです。
2.社会的・政治的言説とメッセージ
現代美術は、環境問題や人権、社会的不平等など現代社会の重要なテーマを作品のメッセージとして込めることが行われ、批評的な精神を見せています。批評的になることは、今あるものを否定し、そうでないものを提案することです。
創造的な人は、今、目の前にあるものでは納得がいかない、もっと別なやり方があるだろうと新しいものを作り出します。現にあるものに対する批評と通底しています。
批判的な意見を込めることが行われると、作品も文字でできているということが起こり、ネオンで言葉を書いた作品などがあります。
それから、植物が埋め込まれた建築もあります。「建築は最大の粗大ゴミだ」という言い方がありますが、粗大ゴミにせず、酸素を生み出す装置にするという考え方を提案しています。
耳の聞こえない韓国の作家は、手話でコミュニケーションした時の記録を形にしました。
3.インタラクティブ性とイマーシブ体験
インタラクティブとは作品に対して観客が触ったりすると反応するといったものです。イマーシブは「没入型」と訳されます。観客が作品に入り込み、深く関与することで、新しい体験を提供します。生成AIや人工知能を使って作られているものもあり、日本ではチームラボが知られています。
4.グローバリゼーションと近代の終焉
国際的な方向を向いて作るものが増えています。
ランファンでのビエンナーレのロビー空間には、地球の大気の様子を映し出した地球のバルーンが浮かんでいます。それから、宮島達男という日本人作家の、中国で買い集めた日用品から30カ国の言葉で数を数える声が聞こえてくるという文化の多様性を中心にした作品もあります。
5.科学技術の発展と世界観の変化
テクノロジーがどんどん入ってきています。ドイツ人作家による『ゴッホの耳』という作品はバイオテクノロジーを使っています。ゴッホは晩年、左耳を切り落としました。作家は、ゴッホの末裔の男性からY染色体を、ゴッホの母方の末裔から女性だけに伝わるミトコンドリア遺伝子をもらい、この二つを掛け合わせて組織培養し耳を生成しました。この耳は生きており、これを医学的なものではなく、アートとして作るという時代に入っています。
6.個人主義、民主主義、自由の概念
そして、個人主義、民主主義、自由への概念が重要になってきています。
これらを踏まえて、現代の世界観はどうなっているのか。
ユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史学者は著書『ホモ・デウス』の中で、テクノロジーはとても危険だと言っています。「このままいくと人工知能も何もかも全部危ない。しかし、それを止めるブレーキがない。競争になってみんながやるだろう」と、テクノロジーの進化を止められないと言っています。
最後に、地球規模、宇宙規模の作品をご紹介します。
イギリス人作家がニュージーランドで作ったのは巨大な作品で、人間の大きさを見るとそのスケールがわかるだろうと思います。
中国人作家が作り、本当に打ち上げたロケットがあります。世界中の作家が参加してその中にアートを入れ、宇宙に向かって打ち上げました。このテクノロジー路線のアートの発展は、今や宇宙に向かっていく時代になりました。地球規模、宇宙規模にアートの視線が行き始めています。
※2024年11月20日(水)の卓話をクラブ会報委員がまとめたものです。