卓話


トランプ大統領が壊す国際秩序

2026年2月4日(水)

(公財)笹川平和財団 上席フェロー 渡部恒雄氏


 私は、1989年から米国に留学し、1995年から2005年までワシントンD.C.にある戦略国際問題研究所(CSIS)で研究をしました。当時、父・渡部恒三が通産大臣を務めておりましたが、日米貿易摩擦が最も激しく、なぜアメリカは日本をこんなに叩くのかを構造的に理解したいと思ったからです。当時わかったことは、経済だけでなく軍事面でも日本が脅威になると考えているアメリカ人が多かったことと、アメリカの提供する安全保障が日本にただ乗りされていると考えていたことでした。私は日米の同盟関係の強化が貿易摩擦の解消に必要だと思い安全保障研究を仕事にしてきました。

 日米同盟の強化はこれまで順調に進んできましたが、「日本は安保のフリーライダーで、その貿易慣行は不公正だ」という昔のイメージを持ったままのトランプ氏が大統領となり、暗雲が漂っています。ただ、2期目のトランプ政権の批判の対象はリベラルな欧州であり、トランプ氏はともかく、中国を地政学的ライバルと考える政権スタッフが多いため、日米同盟への支持は継続していると思います。

 最初にトランプ政権の2つの矛盾を話します。
 1つは経済政策の矛盾です。これまでの1年間、日本、EUを含む主要貿易国に10%以上の相互関税を課し、中国とは貿易戦争となり報復合戦で一時は100%以上の報復関税を課しました。(11月まで休戦中)また、不法移民の強制送還を厳しく行い、法人税減税をし、所得税減税の恒久化も行いました。これらの政策はすべて物価を上げます。一昨年の大統領選挙で、インフレ、物価高に不満を持ち、トランプ候補の経済手腕に気合して投票した有権者の意向と矛盾します。先日のダボス会議でトランプ大統領は「アメリカの物価は下がっている」と発言しましたが、事実は異なります。

 もう1つが外交安全保障政策の矛盾です。トランプ氏だけでなく、全ての2期目の米大統領は自分の名前を歴史に残すレガシーを作りたい。トランプ氏は明確に「ノーベル平和賞が欲しい」と公言し、実績づくりに取り組んでいます。ウクライナの停戦、ガザでの停戦を恒久化させてサウジとイスラエルの平和条約締結に取り組んでいます。

 ただし、トランプ氏のコアな支持者のMAGA層(「Make America Great Again」のスローガンに共鳴する支持者)は「アメリカ・ファースト」を求め、国際秩序を支えるよりも自国の安全や、経済利益を最優先してほしいと考えています。特に、アメリカの対外軍事介入には反対で、ベネズエラへの軍事作戦、ウクライナの停戦努力にも懸念や不満を持っています。

 トランプ政権の「アメリカ・ファースト」による抑制主義は、他国に軍事介入をしないと宣言しているようなものです。軍事力を使わないアメリカであれば、ロシアやイランも恐れる必要はないため、アメリカの思惑どおりには動きませんから、これはノーベル平和賞の実績作りとは矛盾します。

 このようにトランプ政権の政策は矛盾に満ちており、トランプ大統領の言っていることと、実際に行っていることをきちんと分けて理解する必要があります。例えば、トランプ氏はアメリカ・ファーストといいながら、実際にはイランやベネズエラで軍事力を行使しています。これらは国際ルールに反する行動であり、問題ではありますが、現実的に考えると、日本にとって、軍事力を行使するアメリカは、悪いことばかりではありません。厳しい国際環境下にある日本にとって一番困るのは軍事力を使わない「引きこもるアメリカ」だからです。

 トランプ大統領がどう行動するかを予想する上で参考になる指針があります。まずは、「ロイ・コーンの三つの教え」です。映画『アプレンティス〜ドナルド・トランプの創り方』に描かれましたが、ロイ・コーンという弁護士が法律を使った際どいサバイバル術を青年期のトランプ氏に教えました。1.常に攻撃すること2.非を絶対に認めないこと3.たとえ敗北しても常に勝利を主張すること、です。これが二期目のカムバックを果たし、一部からは熱狂的な支持を得ている理由の一つだと思います。

 もう一つは、ハーバード大学のスティーブン・ウォルト教授が指摘するトランプ氏の「事実は異なっていても、成果の幻想を作る顕著な能力」です。言っていることと実際に行うことが違っていますが、少なくともアメリカの有権者の半分は、トランプ氏の作り出す「成果の幻想」を信じています。

 トランプ氏が戦術として取り入れているのが、ニクソン元大統領が行ったマッドマン・セオリー(狂人理論)です。トランプ氏がどのように動くか予想がつかず、時として常識を超えた手段に訴える彼の「狂人性」を見せられた相手は、慎重にならざるを得ません。ニクソン元大統領は、この狂人理論でベトナム戦争を一度はエスカレートさせましたが、最終的には、中国、ソ連と緊張緩和を行い、ベトナム戦争を終結に導きました。

 トランプ氏は自分の予測不可能性を武器にしてはいますが、絶対に無視できない2つの指標があります。市場と支持率です。

 最近、グリーンランド領有を主張するトランプ氏は、反対するヨーロッパ諸国に対して関税を課すと脅しをかけました。それに対して、EUが報復関税を準備したため、景気悪化を懸念した市場では、株式、債券、通貨(ドル)のトリプル安となりました。経済が悪くなれば、11月の中間選挙にマイナスですから、トランプ氏は欧州への関税措置を取り下げました。

 また、ミネソタ州のミネアポリスでICE(移民関税執行局)の職員が無謀な取り締まりを行い無実のアメリカ市民を二人も殺害して、批判が高まっています。当初は、ICEの立場を擁護していたトランプ氏も、殺害場面の動画がでまわり、世論調査で共和党支持者の中からも「やりすぎ」という声が増えてくると、態度を軟化させ、ミネソタ州のウォルズ知事(民主党)と電話会談を行い、態度を軟化させています。支持率低下は中間選挙にダメージになるからです。

 ところで、関税は物価を上げるのに、なぜトランプ氏は固執するのでしょうか。関税の目的が、普通のアメリカの指導者よりも幅が広いからです。一つは、減税のための財源確保のための関税収入への期待で、もう一つは、アメリカや自分の利益を達成するためのディールの交渉材料です。トランプ政権関係者の匿名の発言によれば、関税の脅しに他国が慌てふためき、アメリカに交渉を求めてくる状況を、トランプ氏はゲームとして楽しんでいる、という指摘があります。

 トランプ氏が若いころから携わってきた不動産ビジネスの場合、ビジネスの交渉相手は一回だけです。取引が成立すれば、それで利益を確定させ、その後は別の相手と取引をすればいい。問題となったグリーンランドの所有についても、取引によってアメリカの領土を増やすことの、どこが悪いんだとトランプ氏は考えているはずです。彼は不動産ビジネスの延長でアメリカの国家運営をしているのでしょう。

 しかし、一般のビジネスは不動産取引とは違います。同じ交渉相手と継続的に関係を持たなくてはならないため、相手から嫌われる行為をしていては収益を上げることはできない。トランプ氏は、関税で同盟国を敵に回していますが、長期的にはアメリカの信用を損ない、大きな損害をもたらすことになるでしょう。

 ベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したことも、世界に大きな衝撃を与えました。国際秩序を守る側のアメリカが国際ルールに抵触する行動を堂々と行ったからです。しかしアメリカの歴史からすれば特殊な話ではありません。1990年には、ブッシュ政権がパナマに軍事作戦を行い、独裁的指導者のノリエガ将軍を拘束してアメリカに移送しました。ノリエガ氏はアメリカの裁判で有罪になり、最終的にアメリカで17年服役しました。当時、世界は大騒ぎしませんでした。ブッシュ氏とトランプ氏の違いは、ブッシュ氏は民主化を理由にあげ、トランプ氏は「自分には国際法は関係ない」というアメリカ・ファーストの姿勢を前面に出していることだけです。国際法に抵触するという点ではそれほどの違いはないということも、認識しておく必要があります。

 日本はどうしたらいいのか。総選挙の結果で誰が首相となっても、故安倍晋三氏のように、トランプ氏との人間関係を構築することが最重要課題です。

 ただし長期的戦略は別です。これまでのように日米同盟だけに頼り切って、日本の独立、繁栄、尊厳を守ることはできません。プランAである日米同盟を維持しながらも別の要素を高める「プランAプラス」を行うべきです。プラスとは、反撃能力のような日本自身の防衛能力を強化すること、それから、オーストラリア、イギリス、インド、韓国、カナダ、NATO、こうしたアメリカの同盟国やパートナー国との横の連携を深めることです。さらに、中国、ロシアとのコミュニケーションチャネル維持をし、不測の衝突を防ぐ危機管理を行い、またトランプ氏が中国やロシアに接近して日本のような中小国を切り捨てる最悪の事態にも備えておく必要があります。


   ※2026年2月4日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。