卓話


イノベーションの「やりよう」:その近年の大変容

2024年11月13日(水)

東京都市大学
学長 野城智也氏


 イノベーション=技術革新という認識は、明確に違います。

 確かに、蒸気機関、カーネギーの精錬技術、フォードの大量生産技術、そして近年ではインテルの半導体等などの技術革新がイノベーションを起こした歴史的事例は数多あります。

 しかし、世の中を塗り換えることができなかった技術もあります。例えば私も一時活用していた、ICカード式の公衆電話は優れものでしたが、携帯電話の登場とともにあっという間に姿を消しました。

 私も新技術、新たな特許になるような発明をして、それが一気にイノベーションになることを夢見て研究していますが、実際問題としては新技術を作っても使いようがなく死屍累々としている技術多数というのが大学教授としての実感です。

 一方、「ほどほどの技術(frugal technology)」が社会に大きな変革を及ぼした事例もあります。例えば「折り紙顕微鏡」、型紙を切り出し組み立てると簡単な顕微鏡になるものです。

 このほどほどの技術、原価価格は1ドルですが、マラリア、アフリカ睡眠病、住血吸虫症、シャーガス病のような病気が蔓延する地域でウイルスを同定することができます。開発途上国などの医療現場で貧困地域における健康状態を改善する社会的イノベーションの手段として活用される可能性を秘めています。必ずしも先端技術が常にイノベーションの絶対的必要条件ではないわけです。

 ではイノベーションとは何か。明治時代から日本は様々な西洋の概念を漢字に置き換えており、それが漢字の母国の中国に逆輸入された事例もあります。ただイノベーションについては日本では「技術革新」と翻訳されましたが、「創新」という中国語における翻訳が本質を表しています。イノベーションのラテン語の語源も「新しい何かを作る」という意味合いです。

 創新とはどのようなことか。私の定義は次のようになります。何らかの新たな取り組み・イニシアチブを起こし、それが何らかの「豊益潤福」を創造・増幅し、大きな社会的な変革に結びつくことです。豊益潤福とは私の造語で、「豊」は精神的・身体的・経済的な充足(richness and fullness)を、「益」は人や社会に役立つこと・利便性・便益の向上(benefit)を、「潤」は精神的・身体的・経済的な潤い(amenity)を、「福」はしあわせ(welfare)を意味します。私はこれらのいずれかをもたらすことがイノベーションであると理解すべきだと繰り返し大学内外で言っています。

 今までのサイエンスプッシュ型技術によるイノベーションは豊・益の拡大を目指していましたが、最近のイノベーション事例を見てみると、アメニティを上げていく、あるいは幸せ感、ある人たちにとっての幸せ感を向上させていることもイノベーションが数多くあり、潤・福の実現では日本の存在はかなり薄くなっている感じがします。

 現代のイノベーションの多くは、イノベーションとはゴールに向けて一直線に進むのではなくて、ぐるぐる回るプロセスを辿ります。そのため、かつてのウォーターフォール型の一直線プロスのモデルを頭の中で持っている上司の下では、せっかく部下がいろんなことをやっていても、どこかでつまずいたりすると、評価主義のなかで、折角イノベーションの歯車がまわっているのにシャットダウンしてしまうような事例があります。

 イノベーションは、科学的な発見や新技術の発明を出発点にする、ある解決策を考えるところから始まる、あるいは、あるサービスの着想から始まるなど、イノベーションの出発点となる新たな取り組み・イニシアチブは様々です。ぐるぐる回って進むプロセスをマネジメントすることに本質があり、プロセスを推進する力、駆動力が欠けるとイノベーションには結びつかなくなってしまいます。

 イノベーションの駆動力を高めるには2つの条件が肝要です。
 その一つの要件は、その出発点で魅力的な人工物(製品・仕組み・サービス)の基本概念を作ることです。

 もう一つの要件は、ぐるぐる回るプロセス「価値創造網」の節目節目で必要な知恵、能力、情報は異なるため、そうした知恵、情報、能力を提供する人たちの参加することです。知識・情報、ノウハウ・能力、資金などの経営資源を含めて「価値創成源」と呼びます。

 要件1の魅力的な人工物基本概念の創造について。
 海外では「概念・基本解決策の創造」から始まるイノベーションがたくさんあり、そうしたイノベーションを、科学的技術的な発明による機能創造から始まる「技術牽引型 (Technology led)イノベーション」に対し、新たな意味創造による「デザイン牽引型(Design led)イノベーション」という言い方をしています。

 Design ledイノベーションの教科書に出てくる事例が実はソニーのウォークマンです。当時のテープレコーダーの常識からすると徹底的に機能を絞り、新しい機能ではなくて「音楽を持ち歩く」という新しい意味を創造したと紹介されています。

 こうした観点から考えてみると、NTTドコモはキャリアメールの送受信やウェブページ閲覧などができる世界初の携帯電話を作って調子が良かったのですが、スマートフォンが出てきたあたりからすっかり影が薄くなってきています。我々も最近は「スマホ、スマホ」と言いますが、まだ「ケータイ」とも言っており、携帯電話に何かの機能がアドオンされているという理解でいます。しかし、スマホの人工物としての意味は変わり「持ち運びできる情報・サービス端末」になっています。

 もし、当時、日本のケータイ関係者が、「電話できるサービス端末」という意味の転換を洞察できていたら、日本企業の考え方ややり方、事業分野が随分違っていたんじゃないかと思います。

 これからのことを考えると、テスラの電気自動車(EV)も「自動車だ」と考えるのは読み違いであり、「移動できるサービス端末空間」と考えた方がいい。EVにはもう一つの意味変換の可能性が秘められています。IoTを用いて、住宅に設置した太陽光発電による昼間の余剰分で住宅に駐車しているEVの充電をすることで電力需要の発生時間を調整するという考え方があり、「移動手段にも使える電力需要能動調整デバイス+カーボンクレジット生成デバイス」という新たな意味が創造されようとしています。

 私は大学で科学者・技術者を養成していきますし、新しい技術により機能を創造することはホームグラウンドです。しかし、科学者・技術者だけで考えただけでは駄目で、リードユーザーやアーリーアダプターと一緒になって行ったり来たりしなければ、その新技術をイノベーションに結びつけていくことはできません。さらに、新たに作った人工物、あるいは既に存在する人工物の意味が変わるなかで、意味を創造する人材、新しい意味を洞察できるinterpreter人材を養成する必要があると考えています。

 次に、要件2の多様な主体による価値創成源の集積について。
 価値創成源については、やはり餅は餅屋で、それぞれの節目節目で必要な情報、知識、能力を持っている方々が異なります。

 企業の中では情報、知識、能力の経営資源としての重要性は必ずしも認識されていませんが、非常に大事な経営資源だという認識で私達は教育研究に取り組んでいます。節目節目で、様々なプレーヤーが知恵や能力を提供し、それが繰り返されて、さらにいろんな知恵、情報が入っていくことになります。そうして、ある製品開発の局面で一緒になったプレーヤー同士が知り合いになり、価値創成網ともいうべきネットワークが拡がっていくのが、現在のイノベーションの実相です。

 つまり、ぐるぐる回していく駆動力となる価値創成網が稼働するためには、節目を前に進めていくような情報・知識・能力を提供するプレーヤーが参加できやすくすることが非常に重要ですし、そのための意思決定にはスピードも求められます。

 現在のイノベーションはある意味では、平たく言えば神輿の担ぎ手が増えていくようなもので、海外で今起きているイノベーションの多くはこうした様態をとっています。にもかかわらず、20世紀の技術革新の延長型の考え方で対応していると、この国はもっとどんどん劣後してしまう。イノベーションの進め方に関する常識を改めなくてはいけないと思っています。

 もう一つ、この神輿を担ぐ方式をすすめるために地理的な近接性が大事だと世界では言われてきています。今、インターネットで地球上を瞬間的に情報・知恵が回ります。にもかかわらず、海外の様々なイノベーション・マネジメントに関する研究でも、また、まちづくり関係者の間での経験知としての、知恵を授け合う人たちを横に繋げるために一番大事な条件は近場に居続けることだという共通認識が形成され、実際に人がフェイストゥフェイスで出会う機会を増やすプロジェクトが様々に実践されています。例えば、ニューヨーク、ロンドンをはじめ世界中の都市で、大学を含め、様々なプレーヤーが地理的に集積する「イノベーション・ディストリクト」を戦略的に形成されようとしています。

 私ども東京都市大学も、渋谷をイノベーション・ディストリクトにするための一翼を担うべく、来年3月、五島育英会ビルに「TCU Shibuya PXU(東京都市大学 渋谷パクス)」を開設します。大学と、Lead User/Early adapterをはじめさまざまなステークホルダーが協働するLiving laboratoryとして活動し、今日お話ししたことが絵に描いた餅にならずに、実際にこの国で動いていくことを期待しています。


    ※2024年11月13日(水)の卓話をクラブ会報委員がまとめたものです。