卓話


習近平の中国と世界秩序のゆくえ

2024年8月21日(水)

防衛省防衛研究所
中国研究室長 増田雅之氏


 

 国際関係という視点から中国を読み解くキーワードは、パワーバランスです。国際政治は限られたパイを巡って、それをゼロサム的に奪い合う世界です。中国のパワーが拡大すればアメリカのパワーは相対的に低下するという考え方です。特に2000年代末の金融危機以降、アメリカのパワーの限界が指摘されるようになる一方で、パワーを拡大させた中国が大国たる地位を確立しようとしてきました。この15年間の全般的なトレンドです。

 当時は胡錦濤政権で、中国の専門家の一部には、今までできなかったことをしたい、虐げられてきた中国の歴史的な地位の回復、そして近代史の屈辱を晴らすチャンスが到来したという議論すらありました。但し、米中関係で言えば、中国が即座にアメリカの地位にとってかわることはできず、胡錦濤自身は慎重な認識を維持していました。パワーバランスの変化、すなわちパワーシフトは、長期的にゆっくりと生じると、当時の中国指導部はみていたと言えます。

 その一方で、当時のアメリカ側の見通しは、2020年代前半の早い時期に経済規模で中国がアメリカを追い越すというものでした。15〜20年間のタイムスパンの中でアメリカ優位の世界秩序の終焉を見通す見解も提示されていました。

 東アジア、特に日本から見れば、パワーバランスの変化は急激でした。2010年に名目GDPで中国が日本を追い越し、それからわずか4年後に中国のGDPは日本の倍になりました。またその過程で尖閣諸島をめぐる対立も顕在化しました。日本にとって、それはトランジションと呼ぶべき急激な変化でありました。

 15年後の今日、実際はどうなっているでしょうか。中国の長期的な経済成長はピークアウト期に入ったと言われ、名目GDPで中国がアメリカに追いつくことは難しくなっています。中国のパワーの源泉であった経済成長に陰りが出ているということです。

 もう一つ、国のパワーを測る指標が軍事力です。この点では、中国のパワー拡大は継続しています。中国の軍事費は着実にその規模を拡大してきましたし、それを背景として人民解放軍の近代化も進んでいます。2010年代初めは、アメリカの軍事費も減少しており、国防費でも中国のキャッチアップの可能性が一部で議論されていましたが、中国という戦略的なチャレンジ、ロシアによるウクライナ侵攻を踏まえアメリカは国防費の低下傾向に歯止めをかけました。換言すれば、それだけ中国の軍事力拡大にアメリカが危機感を有しているということです。

 特に中国周辺での軍事バランスをみてみると、状況は深刻です。アメリカのインド太平洋軍傘下の兵力と中国のそれと比較すれば、すでに航空戦力、海軍力ともに、数の面では中国が米国を凌駕しています。さらに核弾頭数でも、中国のキャッチアップ傾向はますます加速しています。現在、中国の核弾頭数は推計500発で、アメリカの戦略核配備数は1550です。アメリカの配備数は米ロ間の新START条約で定められたものです。2030年になると中国の核弾頭数は1000を超え、2035年までに1500を超えると見積もられています。従って、アメリカが条約を破棄しない限り、あと10年で中国の核弾頭数はアメリカに並ぶことになります。このようにみれば、アメリカが圧倒的な優位を保ってきた軍事バランスも、この地域では必ずしも所与ではありません。

 日中間の軍事バランスの変化は、さらに大きいものです。日本政府は、2027年度に防衛関係費をGDP比2%にまで増額する方針です。2005年時点での日中の軍事費はほぼ同額でしたが、現在、中国の軍事費は日本の約6倍に達しています。アジア全体での軍事支出の43%。北東アジアに限って言えば72%を中国が占めています。先ほどお話した核戦力の増強も鑑みれば、日本を含む東アジア各国が単独で中国との軍事バランスを回復するということは不可能です。このように、特に東アジアにおける軍事バランスは中国有利なものになっています。

 次に、パワーバランスの変化を踏まえた中国外交の変化について考えてみましょう。グローバルな金融危機後の2009年に開かれた駐外使節会議で、胡錦濤は「堅持韜光養晦、積極有所作為」(低姿勢を保持しつつ、積極的になすべきことをする)という方針を打ち出しました。��小平の外交ガイドラインとされる「韜光養晦」を堅持しつつ「積極有所作為」を求めるという、折衷的な方針でした。これを受けて、中国国内の議論は分断されました。慎重な対外姿勢を重視する勢力と積極性を発揮することに舵を切ろうとする勢力との間で、意見はまとまりませんでした。

 米バイデン政権国家安全保障会議(NSS)の中国担当であったRush Doshi氏は著書『The LONG GAME』で、2000年代末に軍事も含めた戦略全体、すなわちグランドストラテジーが変わったと論じています。しかし、『大国間競争の新常態』の中でも論じましたが、私の見方は若干異なります。2000年代末の戦略変化は限定的あるいは選択的であり、当時の胡錦濤政権はトップダウンストラテジーを提示できなかったと考えています。外交的には慎重な対外姿勢の維持が強調されていましたし、軍事的にも明確に新たな戦略方針が提示されたようには思えません。

 明確な戦略変化は、2012年秋から2013年春にかけて成立した習近平政権において生じたものです。外交ガイドラインという点で言えば、習近平は歴代の党指導者の言葉やナラティブに依拠するのではなく、自らの言葉で積極性を強調しました。2013年に提示した「奮発有為」という考え方です。加えて同じ時期に習近平は「戦って勝つことのできる軍隊」の建設を目指して国防・軍隊改革に着手することを宣言し、特に2015年以降「一体化統合作戦」能力の向上を目指して、軍事ドクトリン、作戦構想、指揮体制の転換が進められました。

 こうした戦略転換の方向性を決定づけたのが、米中間で「戦略的競争」と呼ばれる構図が強まったことです。特に2019〜2020年頃、アメリカは中国との長期的かつ分野横断的な競争は不可避であるとして、中国からみれば競争的ひいては対抗的な対中政策を打ち出しました。ワシントンで対抗的な対中政策の言説が定着する中で、北京でも西側、特にアメリカを念頭に置く対抗的な言説が主要メディアで2020年以降に打ち出されるようになりました。

 中国の国内発展戦略も転換します。もちろん対外協調の方針は維持されてはいますが、習近平によれば大国としての中国の優位性は「国内で循環できる」ということであり、技術開発やイノベーションの面で、アメリカとの関係への依存を低下させた形での「自主性」が強調されるようになりました。

 加えて、2022年2月ロシアによるウクライナ侵攻が生じました。中国は国際社会の原則やルールに反し侵攻したロシアとの戦略的な連携を維持・強化しました。我々から見ると「中国はルビコン河を渡った」ように映ります。つまり、中国は我々と価値を共有しない国になったのではないのか、という認識が特に日本、アメリカ、ヨーロッパで広がる結果になりました。

 習近平政権における戦略転換は、いわゆる西側とは異なる中国や中国共産党の優位性が強調されることを意味します。こうした習近平の中国が何処にたどり着くのかは見通せないところがあります。特に軍事面でパワーを拡大した中国はそのパワーをどう使い得るのか、習近平自身明確な見通しを有していないのではないでしょうか。軍事的なパワーを拡大してきた中国の対外行動は、東アジアにおいてアグレッシブさを強めています。その結果、地域諸国の防衛戦略や政策に大きな転換や変化が生じています。日本もそうですし、韓国、フィリピンもオーストラリアといった国も中国への備えを強め、アメリカとの同盟関係や同志国間の安全保障協力を強めています。またワシントンでは台湾の安全保障へのコミットメントを強化する声も高まっています。

 中国の目には、拡大してきた軍事力を行使する「機会の窓」が狭まっているように映っていると思います。ただ問題は、中国の「窓」を完全に閉じることはできないということです。「機会の窓」が狭まれば狭まるほど、中国がそう認識すればするほど、「窓」が閉じられる前にそれをこじ開けようとする衝動に中国は駆られるかも知れません。

 最後に日本はどう中国に向き合っていくのかについて、問題提起したいと思います。2010年代以降、日本の対中認識は大きく変化しています。単純化して言えば、中国の意図への期待が失われつつあり、それにかわって「変わらぬ中国」への失望が高まり、さらにはパワーを拡大させた中国の行為への不安が日本側で広がっています。こうした現状において、中国との関係をどう建設的に作り上げ発展させるのかという戦略目標を描くことができなくなっています。日本の戦略文書も同様の認識を示しています。その結果、強調される戦略は拡大された中国のパワーに着目した「抑止」ということになっています。しかし、抑止を機能させるためにはその能力を整備すると共に、抑止対象の認識に働きかける必要があります。また、「変わらぬ中国」というイメージがますます定着していますが、その中国が全く異なる世界に存在しているのではありません。中国の戦略的意図や戦略環境への働きかけを我々は放棄すべきではないでしょう。

    ※2024年8月21日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。