ガバナー公式訪問
2024年7月24日(水)
国際ロータリー第2580地区
ガバナー 石川彌八郎氏(東京福生RC)
多摩分区からのガバナー輩出は18年ぶりと久しぶりです。どうぞよろしくお願いいたします。
私は今年の6月に誕生日を迎え、還暦になりました。職業は造り酒屋です。福生で『多摩自慢』という日本酒の他に、『多摩の恵』や『東京ブルース』というクラフトビールも作っており、酒蔵の中に和食と洋食のレストランがあります。2年ほど前にホテルも作りました。私はミュージシャンでハーモニカを吹いており、月に1回、蔵でライブをしていますので、その時にいらっしゃると、飲んで食べて泊まって聴ける酒蔵になります。
石川家は代々、彌八郎という名前を襲名しています。私の父が亡くなった13年前に名を改め、18代目になりました。
先祖は代々、筆まめで日記をつけており、250年近く続いています。和紙に墨筆で書いた古文書で、普通では読めません。それが7万5000点、ダンボール箱で300箱を蔵に置いていましたが、火事になっては大変だと今、福生市の市役所の収蔵庫に預かってもらっています。
私の父がそれを20年かけて本にしました。今の私の名前・石川彌八郎は国家に登録している法律的名前ですから、免許証もパスポートもその名前ですが、正式名は石川彌八郎太郎聖豊(イシカワ・ヤハチロウ・タロウ・キヨトヨ)です。こんなに長いのは、日記に理由があります。つまり私も、父も、祖父も、その前の代の当主も書いており、どの彌八郎かわからなくなってしまうため、彌八郎の後にもう一つ名前をつけたのです。
これは諱(いみな)とも言います。曾祖父は良豊(ヨシトヨ)、祖父は美豊(ビホウ)、父は優豊(ユウホウ)です。大概の父親は息子の名前を決めてから亡くなりますが、父の場合は、私の名前を決めずに亡くなってしまったので、自分で決めました。名前に太郎を入れている理由は、ハーモニカを父の存命中から太郎の名前でやっていたため、音楽業界での混乱を避けるためです。
「隔たりを取り除き、“ご縁”を大切に」。私が掲げた今年度のテーマです。実は、結構安易につけました。
東京福生RCの1968年の設立時の初代会長が私の祖父、16代目の石川彌八郎美豊で、テーマが「隔たりを取り除こう」でした。今、国際ロータリーの研修でDEIを勉強すると、結論は「隔たりを取り除こう」に換言できると考えます。福生RCはもう50年以上前から言っているので、よしこれでいこうと決めました。
「“ご縁”を大切に」は、私がガバナー補佐を仰せつかった時のガバナーが武蔵野分区の上山さんで、その時のテーマが「出会いを大切に」でした。影響を受けた上山さんのテーマから「ご縁を大切に」と少し変えました。
テーマを決めたのが1年ぐらい前で、その後、「隔たりを取り除こう」「“ご縁”を大切に」についていろいろ考えるようになりました。そうすると、実に深いものだということがわかってきました。
「隔たり」とは一体、何と何の隔たりなのか。
今日はここに150人ぐらいの方がいらっしゃいます。この東京RCで隔たりを取り除いて一丸となっていただきたいというのが願いです。しかし、この150人は、1人1人は実は隔たっています。これはもう、しょうがありません。
私は造り酒屋ですからお酒を作るのが仕事です。私がお酒を飲んだとします。私が飲んだからと言って、こちらのどなたかが酔っ払うわけではない。肉体的に隔たっています。
私には娘がおり、今年4月に就職しました。普段はあまり口もききませんが、4月1日に会社に行く時は改まって、「お父さん、どうもありがとうございます」なんて言われました。仕事が終わって帰る途中にもし大地震が来て生き埋めになったりしたら、父親として彼女の代わりに自分の命を捧げたいと思いました。しかしそれはできません。違う命なのですから。
ここにいる皆さんは同じロータリアンですが肉体としては全員隔たっています。しかし、せめて精神、心ぐらいは一緒になろうじゃないかということが、祖父が言った「隔たりを取り除こう」だったのではないかと思いました。
福生のお盆は7月です。7月13日が入りで、施餓鬼でのお坊さんのお話がご縁についてでした。
ご縁とは、そもそも全く別々の人なり物が、あるきっかけで繋がり世の中の役に立つようなことだそうです。その時、和尚さんは扇子を出し、「扇子は紙と竹と要(かなめ)の金属でできています。要は金属、竹はどこかで生えたもの、紙は誰かが漉いたもの。そもそも隔たっているものを何かの縁で一体化して役に立つ扇子になった」と話しました。
和尚さんは、我々には、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、ひいおじいさん、ひいおばあさんがいて、そうしたご縁があって今私達は生きていると続けました。先祖を敬って、子孫も元気に育つことを願うのは我々共通した願いですが、それは人間だけでなく、動物も、そして樹木も同じだと。樹木は語りませんが次の生命に繋げるために種を作ります。実がなり、鳥が飛んできて、食べてどこかに飛んでいきます。そして糞をし、地面に落ちて発芽し、その木の次の生命に繋がります。木は何も言いません。でも、その樹木の気持ちがそのように繋がって、次の子孫に命が伝わる、そのことを“縁”と言うというお話でした。
ロータリーもそうなのだと思います。こちらのクラブも300名がいらして、そもそも違う人間で、知り合いでも何でもありませんでした。しかし、ロータリーを通じて我々は知り合ったわけです。
そして、いろいろな個性、経歴、力を持っています。それはそもそも別のものです。それをロータリーという枠の中でくっつき、それぞれが結びつくと役立つものになるのです。
我々ロータリアンは、違う人間が違うところで違う経歴で生きてきたわけですが、この機会に会って、いろいろな委員会で協力し合って、世の中の役に立つ、これが縁なのです。隔たりを取り除いて頑張っていただきたいと思っています。
私は今度、CDを出す予定です。その中に、『東京ブルース』という曲も書いて入れまして、それは元歌があります。ドラムを叩いているのが、テレビの『8時だよ!全員集合』の志村けんさんのひげダンスのドラムを叩いていた方です。あのひげダンスには『Do me』という元歌があります。『夜明けのスキャット』も、サイモン・アンド・ガーファンクルの曲とちょっと似ていたと思いますが、結構そんなものです。
私の『東京ブルース』にも元歌があります。私は醸造家でもあるので、ちょっと面白い酒を作りたい気持ちもあり、ちょっと違うという意味でstrange、醸造はbrewingなので、1970年代まだエリック・クラプトンがクリームにいた頃の曲『Strange Brew』を少しなぞって書きました。やはり新しいものは急には生まれないため、そうした元々の曲を大切にしていきたい。
東京RCは日本で最初のクラブであり、それを見て日本のロータリーがあるわけですから、先輩として大切にしたいと思っています。
僕は実は30歳から楽器の演奏を始めました。ひょんな縁でハーモニカを吹くようになったため、理論も譜面も未だによくわかっておらず勘でやっていますし、絶対音感も持っていません。始めて10年ぐらい経ってプロと一緒にやるようになりました。回ってきた譜面で吹かなくてはならないのですが読めないため、教わりながら一生懸命練習しました。
そんなふうに現場で身に付けた技術ですが、少しできるようになると、すごく吹きたくなってしまいます。でも、「それじゃ駄目だよ」と言われました。ギターがいてボーカルがいてベースがいてドラムがいて、今どこにスポットが当たっているのかを考えなさい。ギターの時にはギターが映えるように周りが協力しなきゃいけない。もちろんボーカルが歌っている時はボーカルが歌いやすいように演奏しなきゃいけない。いつでもあなたが中心じゃない。しかし、自分が中心になるソロが来た時は他のミュージシャンが私をグーッと支えてくれるので、その時にガーッと出る。それ以外の時は他のミュージシャンを見ながら、今、誰が中心か、誰を支えるのか、自分の立ち位置を考えてステージに立ちなさい、と言われました。
さらに、こう言われました。ライブハウスではオーディエンスと演奏者が一緒に空気を作ります。オーディエンスを乗らせるのはボーカルの仕事、ボーカルを乗らせるのがギタリストなどの仕事で、彼らを乗せるのがドラムやベースの仕事だ、と。つまり、それぞれの仕事の役割があって全体の空気ができて、幸せな美しい楽しい空間、ひとときが生まれるのだと教わりました。
これも職業奉仕の考え方と合致しています。全て相手のことを考えて、今、自分が何をすべきなのかを見て、みんなと一緒の時間を作り、仕事をし合う。ロータリーの職業奉仕とはそれを語っているのだと、私の60年の人生で感じました。2580地区のガバナーとして、この精神を皆さんと分かち合っていきたいと思います。
※2024年7月24日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。