卓話


国際情勢の激変と我が国の安全保障

2026年6月10日(水)

元陸上幕僚長 岩田清文氏


 国際情勢は激変し、私が50年近く安全保障に携わってきたなかで最も危ない状況になっており、来年、台湾有事があるかもしれないと言われています。「台湾有事は日本有事」です。日本はどう備えるべきか。

 ●イラン戦争
 イラン戦争では、アメリカ、イラン双方がホルムズ海峡を封鎖し、経済・石油攻勢の中で、停戦交渉の焦点はイランの核保有阻止です。イランは濃縮ウラン2トンを持ち、うち60%の高濃縮ウランは核弾頭10発に相当します。アメリカは、ウラン回収、核施設3か所の完全停止、20年間の濃縮停止を提示しましたが、イランが反発し調整は難航しています。

 米のベッセント財務長官は5月3日、「原油の貯蔵施設は急速に満杯になりつつあり、生産設備の閉鎖を始めざるを得なくなる」と発言し、CIAは「イランは米国の海上封鎖を少なくとも3、4か月は乗り越え、その後深刻な経済的困難に直面する」と分析しており、イランは8、9月まで耐える前提です。

 米軍はホルムズ海峡封鎖開始以来、「122隻超の商船を迂回させ、6隻を無力化した」と発表。イランは、中国のスパイ衛星から得た情報をもとに、弾道ミサイルを発射し、サウジアラビアの米空軍基地の空中給油機5機を破壊しました。中国は、イランの自爆ドローン「シャヘド」用に、エンジンや半導体を供給し続けています。ロシアも、ドローンの部品をイランに輸出しています。

 イラン戦争から学ぶべきは、石油が重要な武器であり、特に海峡封鎖が極めて大きな圧力手段になるという教訓です。台湾有事になれば、中国はバシー海峡を封鎖するでしょう。また、ロシア、北朝鮮、イランは何らかの形で、中国の台湾侵攻を助けることを念頭におくべきです。

 トランプ大統領が攻撃に踏み切った最大の目的は、イランの核保有阻止です。背景には、現役の核弾頭が世界に1万発近くあり、最も問題なのは、中国が毎年100発、北朝鮮も毎年20発の核弾頭を作っていることです。10年後の北朝鮮の保有数は290発となり、フランスと並ぶ核大国になります。これ以上核保有国を増やしてはならず、核をどう阻止するかが大きな課題です。

 ●ウクライナ戦争
 戦争は4年が過ぎました。ロシア、ウクライナ軍を含めて40万人以上が死亡し、170万人以上が負傷しています。それでもロシアが戦い続けられるのは、ロシアを中国、北朝鮮、イランが支援しているからです。北朝鮮は2万1,000人超の兵士を派遣し、2,000人が死亡しましたが、支援を続けています。弾薬、ミサイル、ドローンなどの多くを北朝鮮、イランが輸出しています。

 ドローンをはじめ、ロシア軍が使用する兵器に欠かせない半導体輸入の2024年統計値は、90%が中国からの輸入です。この中国に対し、当時の岸田政権とG7首脳が「ロシアに軍事物資を送るな」と抗議したにもかかわらず、中国は今もロシアを助け続けています。

 こうした状況で、従来のアメリカなら民主主義陣営の結束を呼びかけてきましたが、昨年4月20日、トランプ大統領が就任100日目に出した停戦案は、プーチン大統領に有利な状況を示すもので、国際秩序よりもプーチン大統領を擁護する内容でした。しかしそれでも、プーチン大統領はその停戦案を拒否しています。ポイントは、ウクライナ軍が守り続けるドネツク州です。ウクライナ軍は5万〜10万人の兵士、民間人2万人が死亡していますが、ここは絶対に譲りません。プーチン大統領は憲法でこの東部2州をロシア領土と定めた以上、ここを占領しないと戦争を終えられない。一方、ウクライナ軍はドネツク州に要塞ベルトという数百キロにわたる大要塞を築いており、この突破にはイギリスの情報機関によると4年以上かかるとされています。

 2024年から今年1月までの間、ロシア軍は平均して毎月、東京23区の40%に当たる面積をウクライナから奪っていますが、最近はその攻撃も頓挫しています。一方、NATO事務総長は「ロシアは砲弾・弾薬、戦車などの大量生産が可能」と分析しています。また人的にも、ロシアは1か月に5万人以上の戦死者を出しているものの、メドヴェージェフ前大統領は「1か月に新規に3万人徴兵している」と主張しており、おそらくあと1年は物的、人的にも戦争継続が可能と見られます。

 戦争を止めるには、ロシアの戦争経済を支える石油を止めるしかありません。ロシアの原油購入国はアジア、特にインドと中国です。トランプ大統領は就任以来、インドと中国に対しロシア原油購入への圧力をかけていますが、効果は出ていません。やむを得ずウクライナは、独自開発したミサイルでロシア国内38か所の石油精製所を攻撃していますが、その効果が出るには時間がかかると思います。ウクライナがいつまで戦えるのか。数か月ごとの国民アンケートを見ると、直近で50%近くが「まだ戦う意志がある」という結果です。西側諸国が支援する限り、ウクライナもまだ戦えます。去年9月、ゼレンスキー大統領は国連で「国際法は機能しません。自分の国を守るのは友人と武器だけです」と演説しました。同盟国のないウクライナの、国家の生存本能に覚醒した叫びでした。

 今の世の中は、力の強い者が支配する世界に成り下がってしまいました。戦後80年続いた世界秩序崩壊の始まりです。国家と社会の持久力が勝敗を左右する時代になりました。私たちが学ぶべき教訓は、戦争が起こった時に頼るのは国民の意志力と国家の持久力、そして同盟国との連携しかないということです。ちなみに、2年前にギャラップ国際協会が45か国を対象に調査した「戦争が起こったらあなたは戦いますか」で、「はい」と答えた国民比率は、日本が9%で世界最低です。

 ●米国の価値観の変化
 自分の国のために戦わない国を、いざという時、アメリカは絶対に助けに来ないと思います。「アメリカファースト」に変わったトランプ政権はあと2年以上続きます。去年12月と今年1月に出た国家安全保障戦略、国家防衛戦略を見ると、米国は北朝鮮、中国、ロシアを脅威と見なしていません。それまで「敵」とされていた中国は、トランプ政権になって「商売相手」になりました。そして中国はルールに基づく国際秩序を無視し、アメリカも一国では中国に勝てない状況の中で、「米国が世界秩序全体を支える時代は終わった」と表明しました。西半球を重視する「ドンロー主義」を主張しました。この戦略どおり、今年1月、ベネズエラ大統領を拘束し、今はキューバを経済封鎖し、またパナマ運河も中国から取り上げました。

 この国家安全保障戦略を受けて、アメリカ国防総省も国家防衛戦略において、4つの主要な取り組み、�.▲瓮螢�本土と西半球の防衛、��対立ではなく力によるインド太平洋における中国抑止、�J胴颪瞭洩噌颪筌僉璽肇福爾良蘆簡�担の強化、�ぅ▲瓮螢�の防衛産業基盤を急激に強化を優先するとしています。インド太平洋地域については、「中国を含むいかなる勢力も米国や同盟国を支配できないようにする。第一列島線に沿って強力な拒否防衛体制を構築する。同盟国・パートナーに対し、集団防衛への貢献拡大を促し支援する」とし、同盟国にGDP比3.5%の国防費を求めました。その上で、「韓国、台湾は出したぞ、日本はどうなんだ」と圧力をかけているものと認識しています。

 ●中国の台湾侵攻準備と日本有事
 習近平主席は2017年、「中国の夢、中華民族の偉大な復興を叶える」という3時間20分の大演説をしました。中国の夢とは、西太平洋を自由にすることと理解されています。その第一歩が台湾占領です。来年2027年は人民解放軍の建軍100周年です。それまでに、人民解放軍が通常戦力で台湾を制圧できる力を持つように、習近平主席は軍に命じています。

 人民解放軍はこの命令に従い、去年は4つの大演習を実施し、台湾占領の準備が整いつつあります。アメリカのインド太平洋軍トップもそれを認めています。アメリカのコルビー国防次官は、「中国が台湾を侵攻するのはもう現実だ」「2027年が危ない」と去年、議会で発表し、また、アメリカと台湾の専門家87名が「5年以内に戦争が起こる確率67〜78%」と予測しています。昨年と今年、私がお会いした台湾の前国防大臣、外務大臣らも、「2027年が危ない」という認識でした。

 台湾有事が起きたら、台湾と中国の1,000機近い戦闘機が与那国島近くで戦闘します。台湾の花蓮空軍基地から与那国島まで110�劼任后9匐�自衛隊は与那国島南北の防空識別圏で守りますが、距離的に3つの空軍が戦闘状態にならざるを得ません。そうなると与那国島上空は戦闘空域、日本有事です。

 先島諸島は戦闘地域になるため、政府は去年、島民約10万人の避難計画を作り、今年訓練をします。また、中国在住9万人、台湾在住2万人の早期帰国も重要です。あわせて20万人を、民間航空機により2週間程度で引き揚げる必要があります。しかし台湾、中国には80〜85万人の外国人がいます。各国からの救援に時間がかかる中、戦争が起これば、中国に取り残された人々は実質的な人質になります。

 加えて、台湾からの避難民数万人規模が、島民避難後の先島諸島に流れて来ることも想定しておく必要があります。さらに九州以南のインターネットと電話回線の99%を担う海底ケーブルの切断、石油備蓄基地や政経中枢に対するミサイル攻撃の恐れもあります。日本有事です。

 ●日本が備えるべき事
 このような状況を防ぐべく、高市政権は今年12月末までに戦略三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)の改訂を行うと表明しています。その中で大事なのは、日本にとっての台湾の価値です。アメリカの前陸軍長官は「台湾が中国に占拠されれば、二度と取り返せない」と言っています。中国が台湾を占領すると、習近平主席の言う「中国の夢」である西太平洋を自由にすることが可能となります。自衛隊は今25万人ですが、50万人いなければ日本を守れなくなるでしょう。台湾人の6割が「現状維持がいい」と言っています。日本にとっても、台湾の現状維持が国益なのです。

 重要なのは、戦争を起こさせないことです。そのためには、最悪の事態に備えた抑止力を強化し、習近平主席の侵攻意図を挫くことです。高市総理が国会で存立危機事態を認める発言をしたことは、戦う意志を示した抑止になっています。

 高市総理の発言のように、もし攻めて来たら日本を守る意志と能力を中国に明確に認識させ、戦争を絶対に起こさせない。そしてアメリカに対しては、日米同盟が「得」だと認識させることが、日本を守ることに繋がります。


  ※2026年6月10日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。