地域を活性化するにっぽんの宝物とは?
2024年10月30日(水)
(株)にっぽんの宝物
代表取締役社長 羽根拓也氏
「にっぽんの宝物」とは英語で“UNDISCOVERED GEMS OF JAPAN”と呼び、日本の地方にたくさんある知られていない原石のようなものをオールジャパンで誰もが知る、売れる商品にしましょうというプロジェクトです。
地域セミナー、地域大会、全国大会、世界大会の4つの階段を用意しており、最初は地方でセミナーを行います。自治体、商工会、地元の金融機関、鉄道会社等が主催し、その後、地域大会を開きます。そこでの勝者が全国大会へ進み、最後はワールド・グランプリへ。世界への登竜門としてシンガポールで開催しています。
私は1990年代にアメリカの大学で日本語を教え、アメリカの教授法に興味を持ちました。アメリカの教育は、能動的に自分で考える「アクティブラーニング」をクラスの中に取り入れます。語学でも能動性を喚起するテクニックがあり、私もそれを一生懸命吸収して実施したところ、ハーバード大学から優秀指導賞をいただき、「これを日本に持ち帰ろう」と1997年にアクティブラーニングという会社を立ち上げました。
私はこれを日本に広めたことで教育界では多少有名になり、同時に世界で活躍する企業の支援をさせていただくようになりました。
初期段階では社員を能動的にする方法論を管理職に教えていたのですが、企業がイノベーションに着目するようになったため、アメリカ式のコラボレーションを導入しました。アメリカの教育で行われていた、アジア、ヨーロッパ、南米など背景の異なる学生たちと一緒にディスカッションをして答えを導く手法です。これを企業で、例えばソニーとローソンなど全く異なる業種の人材を出してもらい半年ぐらい一緒に企画し、最後に社長の前でプレゼンをして良かったらそのプロジェクトを実施します。ここで結構いい結果が出ました。
このアクティブラーニングとコラボレーションの両方が入ったのがにっぽんの宝物です。もう一つ、私が肌で感じていたことがきっかけになりました。
アメリカの大学で教えたことで人脈が世界中にでき、シンガポールでは日本との国交樹立50周年記念のイベントに携わりました。日本大使は当初、盆踊りをやろうとされていたのですが、ヒューマンビートボックスという口でドラムのような音を出す音楽の世界チャンピオンがシンガポールにいることと、私は日本のブレイクダンスやBMXなどストリート系の方々との繋がりがあったことから「若い人達がやっているものを全部まとめたスーパーコラボショーをやりましょう」と提案し、私がプロデューサーになってイベントを行うことになりました。
イベントは何万人も来てくれ大成功でした。これはいけるぞ、日本の魅力を今までとは異なるやり方で伝えることができればこれまでにない可能性をもたらせると考えました。
そんななか、一つの事件が起きました。
私の出身地は奈良県十津川村です。98%が山で熊野古道が通り、綺麗な山の上の「はてなし」という集落には6軒の家が何百年も住んでいる桃源郷のような場所です。そこに岡さんという人がいました。アメリカから帰るたびに訪ねると、とても美味しいシイタケをくれました。「どうやってこんなに美味しくするの」と聞くと、鉄の棒を持ってきて原木をガンガン叩き「しいたけは音で味が変わる」と言います。しいたけを作る人は雷が起きると大きくなることを知っていますが、岡さんは味まで調整できました。「その作り方、ぜひ守ってください」と話した翌年に亡くなりました。その作り方を誰も聞いていませんでした。
ショックで何とかしたいと調べてみると、日本の農業従事者の平均年齢は68.5歳と、ほとんど70代、80代の人がやっていることがわかりました。皆さん一生懸命やっていますが昔と同じやり方で、売上を上げていません。
もう一つ事件がありました。十津川村の家はみんな畑を持っていて、とれたての野菜が食べられます。アメリカの友人を日本に招き一番美味しかったものを聞くと、「十津川の野菜」とみんな言うのです。「アーミッシュの野菜と同じ味がする」と。アーミッシュはペンシルバニア州に暮らす300年前の自給自足の生活様式を踏襲しているキリスト教の人々で、確かに私もペンシルバニア大学で教えていた時にアーミッシュの野菜がとても美味しくて「十津川の味がする」と思っていました。
「東京のレストランに送ったら喜ばれるかな」と思い、兄に電話しました。兄はTシャツやジーンズを売る店を経営していましたが、ユニクロが出てきてから全く売れなくなっていました。「もうユニクロには勝てないから、野菜を東京に送ってみたら。私が東京で美味しいお店知ってるから」と話して、送ってみるとどのシェフも絶賛してきたのです。
もうちょっと頑張ってみようと、最年少でミシュラン三ツ星を獲って16年連続獲得しているカンテサンスというレストランの天才シェフ岸田さんに送ることを考えました。
岸田さんは興味を持ってくれ、「美味しいキャベツを探してます。十津川村中の畑のキャベツに番号をつけて送ってください。本当に良かったら畑ごと買います」と言われました。すぐに十津川中のキャベツを送ると、岸田さんは「素晴らしい4番のキャベツ、これを畑ごと買います」と言ってくれたのです。
それは私の母の畑でした。母は自慢げに「お前らが食ってたキャベツはミシュランのキャベツ」と言いました。
物語は続きます。ビートたけしさんの『日本の味方』というTV番組のプロデューサーが私に出演してくれと連絡してきました。「価値がなかったものに価値が生まれてヒットした商品はありませんか」。いろいろな企業の事例を話した最後に十津川の話をするととても喜ばれ、十津川に取材が入り、岸田さんも取材に応じてくれ、私は番組には出ずに母と兄が出ることになりました。
番組の反響が大きいことが予想されたため、ホームページを作り「十津川村の数に限りがある“有限野菜”1箱入5000円」とネットに上げると、放映開始後に滝のような注文が入り、そ の日だけで1000万円ぐらい売れたのです。驚きました。価値を交配させると、地方の原石を切り替えられると思いました。
潜在的な価値として、世界遺産の自然の道といったものは日本中にあり、おじいちゃんおばあちゃんが昔ながらの方法で作っている野菜もあります。ただし、おじいちゃんおばあちゃんは送ることや東京のレストランを見つけることはできません。
東京のレストランが美味しいことにまた意味があります。そして兄が間に入ったことで送ることができたから、これは成立しました。見積もりを書いたことのないおばあちゃんに代って書き東京に送るという一つの仕組みができました。健康食材の人気が出てきたという社会の変化も重要です。
潜在的な価値を時代の変化に合わせて異なった価値と結びつければ、新しい価値として生まれ変わることができる。これを仕組み化したい――そう考えていた時に、産官学連携で有名な山口大学から連絡がありました。「教授になってほしい。学生だけじゃなくて、シャッター通りなどが増えているため事業者向けにも何かをやってほしい」との話でした。
そこで、第1次、2次、3次産業と分野を超えた事業者を集め同じテーブルに着いてコラボレーションで学び合う仕組みを作りました。農家、漁師もいるし、加工業も小売りもいる、道の駅やホテルのオーナー、最近ではデザイナー、ドローン操縦者も集まります。そこで自社商品を紹介して異なった分野の専門家から感想をもらう仕組みにしていきました。
初の全国大会は2016年、大阪で開催しました。この時、グランプリを獲得した塩職人とスイーツ職人がコラボした商品が売れていきました。高知空港の売り上げダントツNo.1で年間6億円を超え、昨年、新工場も建てて約200人の採用もしています。
さらにコロナ禍の中で遠隔による商品開発の仕組みが生まれました。小池東京都知事に宝物プロジェクトを「ぜひ八丈島でやってほしい」と言われて始まったもので、コロナ禍では離島に行けないためZoomなどオンライン会議システムを使ってセミナーを行い、全て配信もしました。
離島の自宅からもZoomで参加して、東京池袋でもセミナーを同時開催にして、離島の素材と都会の技で新商品が続々誕生していきました。八丈島の着物・黄八丈と豊島区のつまみ細工というアートが合体し、これに審査員が良いアドバイスをしてくれて、全国大会でもグランプリを獲りました。
遠隔のコラボレーションで、これまでにないイノベーションが生まれやすくなったとテレビ局も我々を取り上げてくれています。テレビ東京の『ガイアの夜明け』では長崎県のメロン農家が勝ち上がるシーンを取り上げてくれました。審査員をレストラン、百貨店のバイヤー、ホテルのオーナーなどに務めてもらっているため、すぐビジネスになります。
この時、シャングリラホテルのシンガポール人社長が商品をとても気に入り、八重洲のシャングリラホテルに入っている「なだ万」の料理長が上手に料理に進化させる様子を放映してくれました。結果、放映後1時間で翌年のまだ生えていないメロンが完売しました。放映から5年間経ちましたが毎年完売です。
先日はYouTuberと組んで『令和の虎』という番組で販売したものが一番売れました。塩職人が天日干しで作っている商品の魅力をしっかりと伝えてもらったところ、8000円の塩セットが3日間で3000万円売れました。
アクティブラーニングは、事業者の能動性を高め自分で考える本気度を上げていきます。日本の2000年の蓄積を現代ニーズに展開すれば世界に通じる価値になり、コラボレーションは新しい可能性を導きます。
皆さまにもぜひお知恵とお力をお貸しいただけたら嬉しく思います。
※2024年10月30日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。