卓話


率先垂範 〜自ら走りだす〜

2004年4月21日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです.

桝一市村酒造場 取締役・唎酒師
セーラ・マリ・カミングス氏

      
 「率先垂範」という言葉は,今年の書き初めに書いた言葉です。英語で言えば,「Lead by example」ということだと思います。

私は,今,日本に必要とされているのは,強いリーダーシップだと確信しています。リーダーというのは,単に考えがある人ということではなく,何事かをリードする人こそがリーダーといえると思います。

物事は,現場からすべてのことが変わってきます。ですからリーダーが現場に入らないかぎり,現場で何を必要としているかが分からないのは当たり前です。私は,いつも現場に入って,いっしょにがんばっていくことが大切なことだと思っています。

日本に来て,小布施で働くようになって,ちょうど10年になりますが,最初からリーダーになろうと思って,やり始めたわけではありません。むしろ,自分自身の実力でできること,一人でできることだけをがんばりたいという気持ちでいっぱいでした。

まず自分に何ができるかということを考え,それをやってみようとがんばり,自らが走りだしましたが,当然のことながら,私が動きだしたところで,だれもついてきてくれませんでした。

それでも,こつこつとやり続けました。私はリードするつもりで動いたわけではなかったのですが,自分の,可能な限りのがんばりを確実に続けたら,いつの間にか,びっくりするほど,周りも動き出しました。

弘化2年(1845)の頃,当時の市村家十二代当主高井鴻山は,小布施に滞在した葛飾北斎のために仕事場を建ててあげたほどの人物でした。鴻山が,その時代に偉大ながんばりをしてきたからこそ,小布施の造り酒屋の今日があると思っております。

我々は昔のものに頼り過ぎないようにして,今を今としてがんばりたいと思っておりますが,昔からがんばってきたことの精神,スピリッツから学ぶべきことはたくさんにあります。

江戸時代は豊かな時代だったから,あれだけの町並みができたのだと,思いがちですが,むしろ,ピンチな時代だったからこそ,あれだけのことができたともいえます。

「桝一市村酒造場」の再構築も,せっかく300年の歴史をもつ酒蔵を,とても大切なものとして考え,あせらないで,百年先,二百年先にも,小布施で「桝一」が存在するような方向で考えたいと思っております。

江戸時代に北斎が小布施を訪れたのも,そこに文化サロンがあったからです。異文化交流があったからこそです。お互いに自分にない世界を分かち合えると,たとえそれが摩擦であってもエネルーの基になります。そこから,より活発な仕事ができる可能性が生まれてくるのだと思います。

日本には,よいものがたくさんあります。しかし,日本のふるさとの心を残すためには,文化が経済的に成り立つようにして継続させなければなりません。もう一度,生活から離れていった文化を生活の中に取り入れてエンジョイできるようしなくはいけないと思います。

和食の文化には日本酒が必要です。そこで酒蔵の一部をオープンキッチンのレストランに改造して「蔵部(くらぶ)」と名付けました。文化サロンの意味と酒蔵の一部であるという存在もだいじにしたいという願いです。

酒屋としての大きな問題は後継者としての若い人が,蔵に入ってくれないことです。1年雇用の場所を作り,20人の地元の若い人に働く場を用意することも始めています。

レストランを造ったからには,そこに会う日本酒を作ろうということで,酒造りの原点を思う飲み心地の酒を陶器の瓶に入れて売り出すということも考えました。そのままお燗もできますし,使い捨て文化になっている日本で容れ物を再利用できるものに切り替えたいというものでした。

酒を仕込むときには,杉でできた桶を使います。竹のたがで絞めた杉の桶は日本のシンボルです。それだけではなく,木の桶を使うことによって,よりおいしい酒ができるのです。これは50年ぶりの復活です。今ならば,まだ桶屋さんがいます。桝一の大杜氏は78歳ですが,64年間,ひと冬も休まずに酒造りをやってきました。そういう人がいるからこそ杉桶での酒造りができ,次の世代に,昔に負けない今があることを伝えることができるのです。秋に聞く,桶屋さんが桶を修理するコンコンという音や冬の酒造りの掛け声や歌声は日本酒の文化が一年を通しての生活文化であることを語っています。こうしたものは資料館や博物館に飾っておくべきものではなく誇りをもって活かすべきものだと思います。

もっとも桝一のような小さな所だけでがんばっても,それだけでは桶の文化が復活できません。そこで,全国の地酒の製造元にお願いして,木桶でお酒を造ることを復活してみませんかとお願いしたところ,今,30社が賛同してくれ,25社が木桶での醸造を始めました。それぞれの地元でもたいへん喜ばれているとのことです。

酒,味噌,醤油,漬物などの熟成食文化と桶のつながりは欠かせません。消費者が喜ぶ文化であることを認識して,桶仕込み保存会を設立して,NP0にしていく予定です。

次の話題は「小布施ッシヨン」です。

 とりつかれるとか夢中になるとかの意味の「obsession」と「obusession(obuse+session)」をかけた言葉です。「小布施ッシヨン」というのは 節句であり,3月3日とか4月4日とかゾロ目の日に合わせて,毎月集まるイベントです。昔,ゾロ目の日というのは,季節に合わせた食べ物を持ちよって酒を酌み交わす大切な日だったのです。今は一年中いつでもなんでも手に
入るので,同じような日々になってしまっています。もう一度,季節のかわりを一カ月ずつ味わうことを楽しむ会にしています。

地方の場合は,知的刺激を受ける場所が少ないので,異業種交流や若い人と先輩の方々が時間を分かち合うという機会として楽しむ催しです。ここから,いろいろなものが変わってきています。始めて4年目になりますが,夜の6時半から始めて1時間半ほど講師の先生の話を聞いたあとは,手作りの料理でのパーティーです。

終わりは決めていませんので,二次会が終わるのは,だいたい夜中の2時ごろです。実に活発に意見交換があり,いつも50人ぐらいの人が来ます。半分は地元,後は全国からです。学生は無料にしていますが,その代わりに働かせます。話し合いの中身を本にまとめてみましたが,2年目からは,バイリンガルの形で発信しています。

また「1530運動(市ゴミゼロ運動」というのを昨年1月からやり始めました。15日と30日の2回にゴミを拾う運動です。

日本人は,いつ,どこで何をやるのかというシステムがちゃんとなっていれば,だれでも,それなりに協力し合ってがんばります。

若い人も先輩の方々もコミニテイーを感じるコミニケーションの場であり,汗を流しながら自分たちの住む場所をよくしていくことがだいじだと思っています。今年からは道路の掃除機も登場して,一人ひとりが効果的に働いています。まだまだ不十分な努力ですが,そのうちに,小布施はいつ来ても,どこを歩いても,ゴミがちらかっていないきれいな所だといわれるようになると思います。

最後に「小布施ミニマラソン」の話をいたします。小布施は小さい町ですから合併問題で消える可能性があります。今,我々は独立宣言をしていますので,住民の我々がもっと力をつける必要があります。

自らのがんばりで「新しい波」を作ろうという時代です。お年寄りより老化している若い人がたくさんいるので,動き出しましょうということで,3か月で立ちあげました。

小人数でコースを歩いてみると,たとえば国道を下りる所があっても上がっていく所がないので作ったり石の多い道には仮設の橋を作ったりして周りの人たちに喜ばれました。 

マラソンが終わったあとの橋をそのままにしておいてくれませんかと言われて,今年は仮設を常設に切り替えたいと思っています。

完璧にできるまではやらないのではなく,できるところからやりだす。走りながら考えて,だんだんとよくしていくことが,今の時代だと思います。マラソン大会は選手だけが楽しむ大会ではなく,体の弱い人も共に楽しめる大会にしていきたいと思います。去年は警察の許可がおりてから,3週間で800人のランナーが参加してくれました。今年は3000人の参加を目指しています。こういう行事は記録より記憶です。いかに楽しむかが目標です。「縁走」という言葉をつくりまして,走る人も応援する人も,共に楽しむ大会にしています。マラソンが目標ではなく,こうした目標をもって通常の日々をがんばっていくことがだいじなことだと思っています。
















   第24回花水木の会  Dogwood Viewing Party

 2004年4月21日(水)例会後  於 :皇居外苑北の丸公園
 参加者:会員20名、家族5名  東京調布むらさきRCより3名

帝国ホテルからバスで北の丸公園に移動中、社会奉仕担当理事並びに会員より花水木についてのご説明がありました。爽やかに晴れ渡った良い天気の中、北の丸公園に降り立った皆様は、東京RC創立50周年を記念して植樹された花水木の開花を楽しみ、碑文を確かめ、菩提樹を捜索されるなど、ゆったりとした時間を過ごされました。写真撮影の後、恒例の三色のお団子(虎屋さん特製)をいただき散会となりました。アードモアRCより30年ぶりに寄贈いただいた花水木も同様に、公共の場所で大勢の方々にやすらぎとの憩いの場所を提供できるよう、社会奉仕の事業として今後も関係各所と協議を進めてまいります。

社会奉仕担当理事・委員長 

アードモアロータリークラブより花水木が届きました。
                     
アメリカ、ペンシルバニア州アードモアRCより寄贈いただいた200本の花水木の苗木が、4月4月10日に成田に到着いたしました。その際に日本通運蠅砲世話いただき、難関の輸入通関・植物検疫も問題なく最短で通過しました。

 現在、花水木の苗木は畑に仮植えして、秋までかけてゆっくり痛んだ根の養生をしながら、日本の気候に慣れさせます。10月に掘り起こして、米山梅吉記念館、公園、学校をはじめ、希望いただいた会員の許までお届けする予定になっております。尚、無事に根付いた花水木の本数により、配布本数を調整させていただきますので、どうぞご了承をお願いいたします。

花水木の苗木のお世話を引き受けていただいたのは、東京調布むらさきロータリークラブの会員の方々です。今年度のRIテーマ“手を貸そう”というロータリー精神の実践に深く感謝と御礼を申し上げます。東京RCの会員の皆様には、お時間がございましたら、東京調布むらさきRCへ出向かれ、花水木の生育状況をご覧いただければ幸いです。