卓話


中東民主化デモと日本への影響

2011年8月31日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

一般財団法人国際開発センター
研究顧問 畑中美樹氏

 中東・北アフリカは,大体,3つの地域に分けることができます。東側の湾岸・アラビア半島,中ほどの東地中海・紅海に面している国々,西側の北アフリカの国々です。国の数は23カ国,自治政府1カ国です。

 ほとんどがアラブ人の国です。非アラブ国は,イラン(ペルシア民族),イスラエル(ユダヤ民族),トルコ(トルコ民族)の3カ国のみです。

 政治体制で見ると,王制・首長制国家が,湾岸・アラビア半島のサウジアラビア他6カ国と東地中海のヨルダン,北アフリカのモロッコです。ヨルダンの国王は,イスラム教のムハンマドの遠い子孫にあたります。モロッコの国王も,同じムハンマドの遠い子孫にあたる方です。いうならば,正統性を持った,尊敬に値する家系の王国です。

 そのモロッコやヨルダンでも,王権を制限しようとする国民が,政治に参加する方向での改革が進み始めています。それが湾岸諸国に影響してくるのは必至でしょう。

 実際に,どういう形で中東・北アフリカの民主化反政府デモが起きたのか。

 チュニジアに,大学で数学を専攻したのに就職先がないため親戚の八百屋さんで働いていた青年がいました。彼は近くの広場に手押し車で野菜を売りに行きましたが,たまたま交通規制にあたっていた婦人警官から邪魔物扱いされて,手押し車を蹴飛ばされました。本人も平手打ちを食らいました。

 青年は,あまりにもひどいと,警察署に抗議しましたが受け入れられず,さらに市当局にも訴えましたが同様に無視されました。

 その日の夜,その青年は抗議の自殺をしました。2010年12月17日のことです。この事件を知ったチュニジアの若い人たちがフェイスブックを使って連絡を取り合いました。

 明けて12月18日から,チュニジアの全土で若い人を中心にした反政府デモが起こりました。政治の解放,経済の自由化を求める運動は,あれよあれよという間に拡大し,1カ月後の2011年1月14日には,ベン・アリ大統領がサウジアラビアに亡命しました。

 このチュニジアの政変をみた中東の多くの国が,同じような動きを取り始めました。

 まずエジプトです。エジプトでは2011年1月25日から組織的なデモが発生し,2月11日にはムバーラク大統領が退陣しました。

 中東諸国の民主化デモ発生状況を時系列にみると,2011年1月14日にチュニジアの政権が倒れ,続いて15日にアルジェリアでデモが発生し,16日にはヨルダンとイエメン,17日にはオマーンとエジプトでもデモが発生しました。

 さらに第2波として,2月10日にはモロッコ,11日にはイラク,14日にはバハレーンとイラン,15日にはリビア,17日にはサウジアラビア,3月15日にはシリアでデモが発生しました。

 チュニジアとエジプトは政権交代で収まりましたが,内戦に発展したリビアを始めとして,各国でデモが継続して発生しているところです。UAEとカタールでは,デモは起きていませんが,国王に建白書を送ったりブログで国民の政治参加を呼びかけたり,王政の腐敗を訴えたりする動きが出ています。

 これらの動きの要因は,「独裁」「腐敗」「格差」「失業」の4つです。

 リビアでは,カダフィ大佐が1969年9月1日から,ほぼ42年にわたって国を治めてきました。中東では,このように,一人の指導者が極めて長期間にわたって国を治めている状態が多く見られます。その結果,その一族や側近が不正を行って私腹を肥やします。そのため,国民との生活の格差が広がります。ここに来て,若い人たちの不満が一気に爆発しました。

 中東の国々は,総じて,民主化度や報道の自由などが遅れています。それに反して,腐敗度はどの国も高いとされています。もっとも,サウジアラビアは基本的に石油資源があって豊かな国ですから,不正をしなくても金持ちになれます。だから腐敗度が低いという特例はあります。

 我々の日本は高齢化社会ですが,中東の国々は若齢化社会です。中東主要国の社会指標では,国民の中央年齢は,チュニジア29.7歳,エジプト24.0歳,リビア24.2歳,ヨルダン21.8歳,シリア21.5歳,イエメン17.9歳です。

 別の数値で見ても,中東の国々では,10人のうちの6人が30歳以下であることが分かります。このように非常に若い社会です。その若い人たちの,20%から30%が失業しています。社会が安定性を欠いている状態であることが容易にうかがえます。

 一方,インターネットの利用者数を国別に見てみると,チュニジアでは3人に1人がインターネットを使っています。エジプトでは4人に1人です。先程,報道の自由度が低いことを紹介しましたが,新聞,テレビ,ラジオが真実を伝えなければ,今はインターネットで,たちどころに,若い人達の間で隅々まで伝わるようになったのです。

 リビアは,640万人の人口で,インターネット利用者は35万人しかいませんが,携帯電話会社が3社あって,国民は1人で3台の携帯電話を使って連絡し合っています。

 中東での改革は,かつての「プラハの春」になぞらえて「アラブの春」と呼ばれています。憲法の改正が行われ,多くの国で,今年の9月から12月にかけて,新しい国民議会選挙や大統領選挙が行われます。「アラブの秋」とでも呼べる状況になるわけです。

 自由で公正で,透明性の高い選挙が行われる国は一応の落ち着きを見せると思いますが,例えば,サウジアラビアには,諮問評議会はありますが選挙はありません。そういう国では,再び「アラブの秋」を経て「アラブの冬」となり,不満が再燃すると思います。もう一波瀾あるということを,頭の隅に置いておくことが必要でしょう。ただし,方向としては,国民の意志を反映する方向での波瀾ですから,国際社会としては積極的に支援するのが望ましいと思います。

 今,一番話題になっているのがリビアの問題です。8月23日にカダフィ政権が事実上崩壊しました。現在は暫定国民評議会が中心になって国造りを行っています。

 欧米的な民主国家を造ることに異論はないと思うのですが,アラブ的な民族主義思想やイスラムの原理主義的な考え方の人もいますから,事はそう簡単ではありません。

 国民評議会のメンバーの多くは,アメリカで教育を受けた欧米型の民主主義を指向する人達です。しかし,中には,地下運動で反政府運動をしてきた人達もいますので,早い時期に,様々な考えを一つにまとめて,同じ国家像を描けるようにすることがポイントでしょう。

 日本との関係では,石油を通して,日本経済に影響があると思います。特に,リビアでは生産がほとんど止まっていました。

 リビアの原油,石油製品ともに輸出先の8割はヨーロッパです。そのため,現在のヨーロッパでの石油価格は高止まりしています。それにつられて国際価格全体が高くなっています。それでも,リビアの石油生産量は世界の2%程度です。しかも輸出先がヨーロッパ市場中心ですから,全世界的な影響は相対的には小さいと思います。

 他方,サウジアラビアの,石油余剰生産能力はOPECの6割を占めています。サウジアラビアで事が起きると,世界的に大きな影響があります。勿論,日本にも影響があります。

 去年の原油価格は大体1バレル80ドルでした。今年は100ドルです。年間を通して10ドル上がると世界経済で0.2%くらい,日本経済で0.9%くらい成長率が下がります。

 既に20ドル上がっていますから,当初予想されたより,世界の経済成長率は0.4%下がるでしょう。日本の成長率も1.8%くらい下がるのではないかと思います。

 我々は,サウジアラビアの今後の安定性について注目する必要があります。サウジアラビアは今,中東の様々な国で起きている問題をすべて内包しています。特に,隣の国バハレーンで起きている民主化運動の影響が問題です。バハレーンは,イランと同じイスラム教のシーア派教徒が多数派です。サウジ東部の油田地帯の労働者の大半がシーア派ですから,バハレーンの騒動が大きくなると,影響が出ることも考えられます。

 サウジアラビア政府としては,立憲君主制への移行や国民が起草する憲法の制定は許容できないでしょうが,モロッコやヨルダンなど他の王制国の改革の方向などを見定める必要が出てくると思います。

 サウジアラビアの今の王家,サウド家の第1次王国は1744年から1818年まで約70年間続きました。オスマントルコ帝国に潰され,残った人たちがカイロに逃げ,1824年に第2次サウド王国を築きました。この王国は,兄弟の誰が国王になるかを争ったために,他の家系に潰されました。それを再興したのが1902年で,1932年に全土を統一して今日に至っています。サウド家の人は王家といえども絶対のものではないことを知っています。これからの統治の在り方がどう変わるか,注目することが必要だと思います。