卓話


ポスト「大震災」社会とドクターヘリ 

2012年2月8日の例会の卓話をクラブ会報委員が取り纏めたものです。

認定NPO法人
救急ヘリ病院ネットワーク
理事長 國松孝次氏

<はじめに>
 ドクターヘリの名前は,少しずつ知られてきましたが,まだまだ道半ばという感じです。私たちはドクターヘリを全県に配備することが,「人の命を救う」という目的を達成するために,どうしても必要であるという志を持って活動しています。そこで今日は,ポスト「大震災」社会の中でのドクターヘリの意義についてお話ししたいと思います。

<危機的事態に際し,ひとの命を守ることができる社会になっているか?>
 東日本大震災がもたらした問題は,非常に多岐にわたっていますが、最も基本的な問題は「日本を,人の命を大切にする仕組みがきちんとできた社会にする」という課題であろうと思います。

 17年前の阪神淡路大震災の際亡くなられた方々は約6400人でしたが、今回の東日本大震災では行方不明の方を含めて2万人近い方々の命が絶望視されています。
この途方もない多くの犠牲を前にして、日本人は、命の貴さをかつてなく重く受けとめています。

 さらに、これからも同じような大震災が起きて、多くの人命が危機に瀕することになるであろう予感は,誰しもが抱いています。

 最近、1200年ほど前の「貞観地震」(869年発生)のことが話題に登ります。このときは、宮城県沖で大地震が発生したあと、9年間隔で、関東地方の大震災、さらに、東海,東南海地方の大震災が連続して起こりました。私たち日本人は、今、このような歴史的事実を想起して、同じような事態に直面した場合に、いかにして人の命を救うかについて覚悟と対応を迫られています。

<常日頃から「危機」に備える心構えを>
 日本人は,「危機意識」がないわけではないのですが、それに対する備えを日常的にやろうという発想が希薄です。

 私のスイス大使時代の体験から見て、この日常的備えという点において、日本人とスイス人は,見事に180度違います。

 スイス人は,危機的状況は日常生活の中にひそむものであって,常に顕在化する可能性があると考えています。従って,それに対する対処も日常的に行っておく必要があると考えます。そして、9割以上の国民を収容できる核シェルターを装備してしまうというお国柄です。

 日本の場合はどうでしょうか。日本人は,危機的状況というのは,平穏な日常生活の中に突然に降ってわく,非日常的出来事であると考えます。従って,その対処も,とにかく早く手を打って,元の平穏な生活に戻って,なるべく昔の嫌なことは忘れるといった思考パターンです。

 日本人は,地震や台風という大自然との闘いを生き抜いて,その場,その場で対処してきた民族です。日本流の対処の仕方と言えますが、大震災の続発の予感の強まりに伴い、もう少し日常的に対処していかねば間尺にあわないところに来ているのではないかと思います。

<「二の矢をつぐ」体制の整備を>
 日本でも、危機対応の手段は、一次的には、当然にとられています。救急医療でいえば,救急車の用意があります。しかし,救急車が働けない時にどうするのかというと,その二の矢がでてこない。

 外国では,救急車が駄目な時はヘリを使います。「二の矢をつぐ」体制ができています。日本は不十分です。

 「想定外」と言う言葉が頻繁に使われました。果たして本当に想定外だったのか。本当は金がないのでやらなかったのではないか。安全への投資が不十分であったわけです。

 しかし、今回の大震災を体験した日本人には,日常的に危機管理に対して手を打つ機運が少しずつ起こっていると思います。

<日本の救急医療の制度的課題>
 まず、救急車が駄目な時に救急車を補完し,「二の矢をつぐ」救急体制の整備が必要です。その解を提供するのが、ドクターヘリです。

 次に、都道府県境を越える広域医療体制の整備も必要です。救急車を持っているのは各市町村の消防です。都道府県境を越えて患者を搬送しようという発想は出てきません。

 しかし,現実には都道府県単位では間尺にあわないことが起きます。広域医療圏の発想が必要ですが、これも、ドクターヘリをどんどん使っていく過程で出てくる発想です。

 さらに、大震災の場合は,オールジャパンでの対応が求められ、救急の現場で整合性のとれた活動をする必要があります。その場合,ドクターヘリと消防ヘリとが横の連絡をとって,整合性のあるチーム活動をとれるようにする仕組みが必要です。

 また、救急医療にみられる地域格差の解消も大きな課題です。救急車ですと、救命救急センターのある病院に到着するまでに、東京は15分,大阪は20分です。北海道や長崎は90分かかります。全国で17の道府県は1時間以内に着きません。現実問題として「命」に格差があります。格差を解消するためにも,ドクターヘリの全国整備が一つの有効な解であると考えます。

 <ドクターヘリとは?その効用>
 ドクターヘリとは,救命救急センターのある病院に常駐し、急患があれば、医師と看護師を乗せて急行して、現場からの早期救急医療行為の開始を可能にすることによって、救命率の飛躍的な向上を図る救急医療専用のヘリコプターのことです。

 運航経費は,国と県が半分ずつ負担します。ドクターヘリの効用を示す典型的な事例が、今から4年前,愛知県の設楽町という山間部で起きました。3歳のお子さんが正月休みに帰郷中、池に落ちて,ほとんど凍死状態でした。現場に行った医師は,「この子は,最寄りの病院の治療では,命は助かるが後遺症が残る。70キロ離れた静岡県立こども病院に運ぶのが最善である」と判断して,そこへ搬送しました。
 
 お陰で,お子さんは,何の後遺症もなく退院しました。現場で医療的判断ができることで,命を助けるだけではなく,最適な病院に運ぶことができます。ヘリコプターだからこそできる芸当です。

<日本のヘリコプター救急の現状>
 ドクターヘリは,現在、27の道府県に32機が配備され、一機当たり、年間400件を越えて出動しています。

 消防防災ヘリは全国に70機配備されていますが、多目的ヘリですから、1機あたり年間平均56件ぐらいしか、救急に飛ぶことができません。

 自衛隊や海上保安庁でも,急患空輸を行っていますが,沖縄,鹿児島,長崎,小笠原といった地域に限られており、やはり、ドクターヘリを配備しないと不十分です。

<ドクターヘリの制度設計に関する基本的な考え方>
 制度の基本は,立法措置でやるということです。かつては、厚生労働省の局長通達で7年ほど進めてきましたが,2007年に「ドクターヘリ特別措置法」を作っていただき、お陰で,それ以降は急速に整備が進んでおります。

 地方の財政負担を出来るだけ軽減する措置も必要で、2009年以降、特別交付金制度の活用がされるようになりました。また、幅広い国民層の支持を得ることも不可欠です。

 国会には,139名の「ドクターヘリ促進議員連盟」が組織されています。また,経団連の関連組織として「ドクターヘリ普及促進懇談会」があります。

 ドクターヘリは「公益財」です。国民全体の財産です。税金で支えるだけでなく,官も民もいずれもが参加して支える仕組みを作るのが望ましいと考えています。 そこで,私どもは、「民が支える公」の仕組みとして,企業、民間団体、個人から基金を募り、「ドクターヘリ支援基金」を創設しました。現在までに、8千万円ほど集まっています。

 この基金を使って、ドクターヘリに乗って活動する医師,看護師の養成事業やこれまで5万5千回飛んで無事故を続けている実績を伸ばすための安全研修会の開催事業を行っています。

 皆様には、どうぞこれからも,「救急ヘリ病院ネットワーク」の活動を,いろいろな形でご支援いただけるとありがたいと思います。