卓話


外国特派員が見た驚きの一年

2015年12月9日(水)

ウォール・ストリート・ジャーナル
東京支局長 ピーター・ランダース氏


 私の母は長年ミシガン州のロータリークラブに入っており、本日のような会合で知識を広げたり、奉仕活動に参加したりして楽しんでいます。生まれはニューヨーク州で、ブルックリンにある母の実家には102歳の祖母がまだ住んでいます。最近、その家で母が掃除をしていたところ、1974年のロータリー会報が偶然、出てきました。その年に、ニューヨーク大学で数学の歴史を専門にしていた祖父がニューヨークのロータリーで講演をしました。そういうわけで、こうした形で40年ぶりに家族の伝統を続けることができて大変うれしいです。

 私が東京支局長を務めているウォール・ストリート・ジャーナル(以下、WSJ)は、1889年に創刊された経済紙で、125周年を祝ったばかりです。現在ウェブ版を含めて約191万人の購読者がいます。1部のみを購読する人もいるため、1日平均は約230万部です。6年前に日本版を作り、大量の記事を英語から日本語に翻訳し、有料会員限定でインターネット配信をしています。朝日新聞や日本経済新聞と同様に、私達は質の高いジャーナリズムにはどうしてもコストがかかると考えています。そのため、デジタル、モバイルをはじめ有料読者を増やすことを経営戦略の中心に据えています。

 そのため、私達記者も頑張らなければいけません。今年、東京支局ではスクープと分析の記事に力を入れてきました。大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンの株主がアメリカのコムキャストに売却する方向で交渉に入ったことをいち早く報道することができ、実際に報道から2週間後にその売却が発表されました。先月は、ルネサスエレクトロニクスを支配している政府系ファンドが一部または全部の株を売却する検討に入ったということ、そしてドイツのインフィニオン・テクノロジーズがルネサスへの出資に関心を示していることを世界に先駆けて報道しました。

 そして1週間前、大きな特集がアメリカ本紙の一面を飾りました。それは、日本の高齢化が危機であるとともにチャンスでもあるという記事です。介護ロボットの開発、高齢者に仕事で活躍の場を広げるといった試みでは日本が世界をリードしているという内容です。高齢化について、こうした前向きなとらえ方もあることは私にとって小さな驚きでした。

 今年を振り返りながら、さらに3つの驚きを示していきます。

 1月、多くの日本人が初めて「イスラム国」の存在を知りました。シリアに渡った2人の日本人を人質にとり、ひどい映像で安倍首相に身代金を要求したテロ集団です。その2人の殺害をはじめ、イスラム国のテロが今年は後を絶ちませんでした。ロシアの旅客機に仕掛けたとされる爆弾、パリの同時多発襲撃事件、先週にはイスラム国に影響を受けたとみられる若い夫婦がカリフォルニアで14人を殺しました。

 主に中東で活躍していた集団がここまで世界に脅威を与えるようになるとは思いませんでした。来年は利益の一致しない大国がどこまで協力して、イスラム国をシリア、イラクなどの拠点から退治できるかが大きな注目点です。当社の親会社、ニューズ・コーポレーションのマードック会長が先月アメリカで講演し、「世界では、アメリカの積極姿勢、指導力が強く求められている」と指摘しています。

 日本の役割も重要性を増しています。今年は安倍首相が昨年示した憲法解釈の変更をもとに安保法案を国会に提出して、成立させました。これは予定通りでしたが、驚いたのは、抵抗勢力の力強さ、特に若い人の活躍でした。あれだけ国会の前で人が集まるとは想像しなかったのです。WSJでも何回もビデオや記事で取り上げました。

 健全な民主主儀が存在している証しではありますが、私はまだ日本では議論が深まっていない面もあると危惧しています。中国の脅威に対して日本がどう対処すればいいのか、まだ一般のマスコミや社会では本音の議論が十分されていない気がします。

 中国の南シナ海における人工島の建設に見られるように、習近平政権は過剰と思われる自信と、反対に自分たちの体制が保てるかとの不安を併せ持ちながら影響力の拡大に走っています。日本の世論はそうした中国の暴走をしっかりと抑える必要がある、そして日米同盟を支持するという考え方が過半数を占めています。同時に「平和憲法を守るべきだ、日本の自衛隊が海外の紛争に巻き込まれるのはいやだ」という意見も大勢を占めています。残念ながら、これらの意見に整合性が足りないように思います。昔の社会党が掲げた非武装中立という姿勢は、賛否は別として、一貫性が保たれていました。こうした相矛盾するような発想で政治を主導するのは難しい状況だと思います。

 今年は戦後70年で節目の年でした。日本国憲法にある「平和の希求」と国際情勢をどう合わせるかが長年のテーマですが、なかなか方向が定まりません。60年安保の時代と似たような議論が続いており、結論が出ません。戦争責任を日本がどう認識すべきかについても同様で、今年の議論を外国の特派員として見た限り、いまだ解決に程遠く、戦後の時代が本当に終わったと言えるようになるまでにはもうしばらくかかりそうです。

 最後の驚きは少し視点を変えて、車です。東京支局は企業ニュースにも力を入れています。海外で日本に対する一番の興味は、ソニー、トヨタ、ホンダ、任天堂といった企業がどう動いているかです。弊紙は先週、「自動運転車、実現すれば自動車保有の時代に幕?」という大胆な予想をしたコラムを掲載しました。[[東京発の記事ではありませんでした。]]

 100年前から、車はガソリンエンジンで走らせ、人々がマイカーとして持って運転するものという基本が揺るぎませんでした。しかし、トヨタ、日産に取材をすると、今年は明らかに大きな変化が起きました。自社宣伝になってしまいますが、この変化について日本の新聞を読んでもなかなか伝わりません。WSJの多くの報道を通じて明らかになるのは、シリコンバレーは真剣だということです。

 これまで、例えばトヨタとGM、ヨーロッパの自動車会社が世界で競争してきました。あくまで自動車会社同士の競争という環境に変化はありませんでしたが、最近、アップル社が電気自動車を作ろうとしています。何百人ものエンジニアを抱え、自動車会社での経験のある幹部もスカウトしています。しかも、現金や現金に近い資産を20兆円以上持っていますので、開発資金はいくらでもかけられます。トヨタの現金は5、6兆円と、その4分の1に過ぎません。アップル社が自動車を作るようになれば、日本企業にとって大変な脅威になりますし、グーグルも自動運転車の開発を加速しています。グーグルは完全な自動運転車を将来的な理想として、シリコンバレーや他の州の道で毎日のように実験をしています。日本企業は運転手がいる前提条件での技術を開発しており、伝統的な車会社とシリコンバレーの企業の将来の理想的な車の姿に対する見方が違うように思います。

 もう一つ、アメリカにウーバーという会社があります。これは正規のタクシーの代りに、利用者の近くにいる車を持っている一般の人がタクシーのように人を迎えに行き、目的地まで送り届けるというシェアサービスを提供している一番有名な企業です。ウーバーが将来見据えているのは、車が必要な時に、近くから運転手なしの自動運転車が迎えに来て、その人を目的地に連れて行くことです。人件費がかかりません。将来のタクシー像であり、マイカーを持たない社会を想定しているのです。これには、5年から10年の研究が必要になると思いますが、車の将来をめぐる戦いが今年本格化したわけで自動運転元年と言ってよく、来年以降の大きな注目点です。「車を作る難しさを知っているか」という言い方するのを聞きますが、そのように軽く見るうちに日本の産業基盤が崩れてしまうかもしれません。日本ブランドの携帯電話が世界からほぼ消えたのは、世界の競争を少し軽く見ていたからだと思います。

 そして、来年7月に参議院選挙があります。安倍首相はどうやら経済優先で憲法改正を強調しない姿勢のようですが、果たして日本経済が成長軌道に乗るかということに注目しています。

 昨日の発表によると、日本の7月−9月期のGDPがわずかにプラスに転じ、景気後退局面ではないということですが、もう少し力強い成長が期待できるかどうか。今、有効求人倍率が高くなっていますが、果たして好循環の景気が現れるかどうか。企業収益が回復して社員の給料も高くなり、それを消費に回して景気のいい循環になるというのがアベノミクスの本来の目的でしたが、これまでの結果を見ると、企業収益は実現しているけれども、残りの半分はまだ実現できていません。GDPが1%ではなく、2%、3%と伸びるような景気になるかどうか、これも来年見ていきたいと思います。