卓話


健やかに生き安らかに死ぬために

2005年8月3日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

名古屋学芸大学学長
日本尊厳死協会会長 井形 昭弘 氏

第4065回例会 
 
 我が国は世界一の長寿国になりました。日本がどういうシステムを構築し,高齢者がどういう人生を過ごし,死の問題をどう考えているのかということを,世界中の人が注目しているといっても過言ではありません。

昭和天皇在位60周年記念事業として,昭和60年に,国立の長寿医療センターを名古屋に設立することを計画し,昨年3月に,ガンセンター,循環器センターに匹敵する長寿医療研究所が完成しました。長生きするためには病気をどうすればいいか,健康をどうすればいいかが,このセンターのテーマです。センターを老人研究所とか高齢者研究所と言わずに,あえて長寿医療研究所としたのは「幸せに長生き」でなければ意味がないという我々の強い願望がこめられているわけです。

一般に長寿社会が暗いというイメージがありますが,実際は,65歳以上の人について,お世話を要する人はたった16%です。その7倍の84%の人は,健康で意欲のある社会参加をしておられるとすれば,高齢化の本体はそちらの方にあると思うわけです。

わたしたちは,毎年,年を取っていきますが,老化の程度は人によってまちまちです。その程度によって,社会的年齢を自分で主張すればいいと思います。いずれにしても「幸せに長生きすること」が,われわれの目的です。医学,医療がどれだけ進歩しても,人間は,いつかは死にます。末期,不治という状態は必ずあります。そのときに,我々はどういう処置を受けるのが幸せでしょうか。

医学が進歩したお陰で,多くの人の命が救われています。一方で,延命措置の技術もどんどん進歩しています。不治で末期であったとしても人工呼吸器をつけることは珍しいことではありません。

人工心臓の歴史はそれほど長いものではありません。私が大学を卒業したころに初めて,鉄の肺というのができました。今は合理的なコンパクトなものができておりますが,この呼吸器をつけますと,自発呼吸が停まっても10年20年と生きることができます。これは非常に幸せなことで,呼吸の苦しい人に福音を与えたのでありますが,逆に,延命措置が,かえって本人に非常な苦痛を強制し,かつ人間の尊厳を冒すような事態が多く経験されるようになってきました。

多くの人が「自分の死にざまは自分で決定したい。不治,末期といわれたならば,できるだけ命を永らえたいが,苦痛を伴う延命措置は拒否したい」という思いが起こってくるのは当然の流れでありました。

我が国では,いろんな意味で「生と死」を考える機会がありました。第一は,1990年につくられた脳死臨調(厚生省)です。脳死を人の死と認めて臓器移植をするかどうかということを議論したわけです。私は脳死臨調の委員でありましたが,筋書きのない委員会で非常に苦労し,勉強もしました。その時は「生と死」について,多くの国民の方々が一生懸命考えたと思います。それまでの医学の主流は延命至上主義です。ところが脳死というのは一定の条件を満たしたら,それは人の死で,それから後は臓器移植によって,みすみす死んでいく他の人たちを助けてはどうかということを議論したわけですから,医学にとっても延命至上主義の見直しになりました。

第二に,結核などの感染症は急激に制圧されましたが,ガンは増えてきました。いろんな制ガン剤ができましたが残念ながら末期になるとよく効かない。一定の状態…末期…になれば,その後は制ガン剤の副作用で苦しめることはやらないで,痛みを解消する方法を講じて,残された人生のQOL(生活の質)を維持向上するのが医学の努めではないかと考える流れになりました。それが緩和病棟,ホスピスであります。

第三は高齢者です。高齢者が多くなるのは幸せなことでありますが,一方からいえば,何時どういう病気になって,何年寝たきりになるとかが自分には分からないのです。若干の見通しはたつにしても全く分からない。

 そういうことを思えば,命を長引かせるだけの人工呼吸器とか,経管栄養で食べるという尊厳さを失っても生き続ける延命至上主義に疑問を抱く人が多くなってきました。

その典型的な事件が1976年のアメリカのカレン裁判です。持続的植物状態で生命維持装置をつけられていたカレン・アン・クインランという女性の両親が「人工呼吸器で命だけを長引かせるのは本人を苦しめることだ。人間の尊厳を冒すことだ」として,呼吸器を止めても責任を問われないという訴えを起こしました。第1審では敗訴しましたが,ニュージャージー州の最高裁で,これが認められました。これは人類にとっても大きな出来事でした。カリフォルニア州でも「自然死法」がその年に成立しました。アメリカでは,尊厳死を認める法律が,瞬く間に各州に広がりました。連邦法として「自己決定権法」も成立しました。尊厳死というより,死の経過を自然に任せる,無理に医療技術で長引かせない,自然死という意味だと言ったほうがいいと思います。

 ヨーロッパも,患者の希望がはっきりしている場合は自然の経過に任せて,無理な延命措置をしないということが,社会的常識としてほぼ定着しております。カトリックは,最初は反対しておりましたけれども,今は,安楽死は反対ですが尊厳死は認めております。

我が国では,カレン裁判のあった年に日本尊厳死協会という団体が生まれました。

 「自然死法」で法制化されたLiving-willという文書は,…私は「生きる意志」と訳していいと思いますが,法律用語では「生前の遺言」と訳しています。末期状態になったときには生命維持装置を使わないか取りはずしてほしいと本人が書いて,前もって医師に提出しておく書面です。日本尊厳死協会ではこのLiving-willに賛同した方はサインをして,それを協会が保管して保証するという活動を始めております。段々と理解者が増えて,現在,約11万名の賛同者を得ています。

 尊厳死協会は,尊厳死が法的に認められるように法制化運動を推進して,国会に法制化を請願しました。74名の国会議員の賛同をいただいて審議中という状況です。

「尊厳死」という言葉は,1981年に世界医師会がこの表現を使って以来,定着しつつありますが,尊厳死,自然死は安楽死とは全く違います。安楽死は第三者が間に入って死期を早める措置をとることです。

 この安楽死についても大きな問題になりつつあります。日本では,古くは1962年,名古屋高裁で,子どもさんがお父さんの苦しみを見るに見かねて毒入り牛乳を飲ませるという事件の判決では「本人の意思・絶対に治らない症状・耐え難い苦痛・医学的限界・良心的な方法・医者が施すこと」の六つの条件があれば安楽死を認めるが,本件は安楽死に該当しないというものでした。安楽死という言葉が最初に判決文に出た裁判でした。

1995年の東海大学事件は,家族の強い要求に押されて医師が塩化カリを患者に注射した事件です。この判決は「安楽死は,本人の意思を中心として四つの条件を満たしていれば認めるが,本件はそれに当たらない」というものでした。ほかにも,川崎共同病院事件などがありますが,これらの事件の多くは残念ながら,本人の意志が全く問われていないということです。

外国では,本人の意思が最上です。本人の意思があれば家族といえどもこれを覆せないのですが,日本は,まだ,本人の意思が軽視されているのが現状です。そこで,我々は本人の意思がはっきりしている場合には延命措置を行わなくても免責されるということを法的に認めてほしいと申しているわけです。

スイスでは,法的解釈で,医師が自殺用の薬を調合しても罪に問われないようになっています。オランダ,ベルギー,ルクセンブルグ,そしてアメリカのオレゴン州では,安楽死ないしは医師による自殺幇助が法的に容認されていますが,我が国では安楽死を主張する団体もありませんし,それを主張するムードはありません。私たちがいっている自然死が大きな流れになっています。

 昨年,第15回・死の権利協会世界連合大会という国際大会が東京で開かれました。これから人類は自分の死をどう考えるか,どう選択するかを問われる時代になってきました。 長寿時代は幸せなことでありますが,死は必ず来ます。それならば,死にざまには自分が関与したいと思います。我々はすべてのことを自分で決めてきました。人生の最後に関して自分の意志が働かないというのは,どう考えても不自然です。「健やかに生き安らかに死ぬ権利を自分自身の手で守る」という思いは高齢者社会での一つのキーワードであると考えているところであります。