卓話


漢方の六次産業化でこの国を再活性化

2016年9月14日(水)

慶応義塾大学環境情報学部・医学部
教授 渡辺賢治氏


 古来中国には、「上医は国を医し、中医は人を医し、下医は病を医す」という言葉があります。国を治すという志を抱いた医師といえば久坂玄瑞を思い出しますが、海外でもマハティール首相など医師で国をリードしたひとが多々います。生意気を言わせていただきますと、この国をどうにか漢方で治せないかというのが今の私の願いです。

 今朝の新聞の一面で、2015年度の医療費が41.5兆円になったと報じた記事をご覧になったと思います。医学部・薬学部で講義をする時、学生に「この国の将来は暗い。君達は医療者になる前にこの国のことを国民として考えてほしい」とつい言ってしまいますが、このままだと若いひとが将来大変な負担を背負うことになります。

 2013年、神奈川県、奈良県、富山県の3知事と共に漢方産業化推進研究会を立ち上げました。川上から川下までをつないで最終的には海外を見据えた産業化を模索しています。川上はTPPを見据えた上で強い農業として薬草栽培を推進したいという自治体が多数あり、漢方の原料である薬草栽培が軌道に乗れば地域活性化につながります。川下としては漢方をこの国の売りとして世界に発信することで、国内のみならず、国外に普及していくことを目指しています。現在企業会員18社、個人会員6名、協力団体は11県、15市町村、7法人大学等、アドバイザーが10名です。産業化とともに、健康寿命延伸を目指しています。

 医療の現場では、どうしてもアメリカの後追いというマインドが取れません。しかし、アメリカ型の社会を追究するのは限界だと思います。いい加減に欧米の後追いを止め、日本古来の価値観を復活させ、漢方や鍼灸等を含む日本型の医療・ヘルスを追求しなければ、この国は持続しないというのが私の最初のメッセージです。

 一方で、今、耕作放棄地もさることながら、森が疲弊し、手入れができていない状況です。それによって地盤が緩くなり、ちょっとした雨で災害が起きています。漢方を活用することで、耕作放棄地の活用、農林業の再生ができないかというのが2番目のメッセージです。

 2055年、日本は人口逆ピラミッドの社会になります。2050年に神奈川県で一番人口の多い層は85歳以上の女性です。このような高齢化の中で、メディアが変わってきたのは2年前です。2014年5月31日に放映されたNHKスペシャル「2025年問題」では、医療現場の疲弊をNHKの報道では、2011年の医療費39兆円に対し、2025年には54兆円になると予想しております。2025年とは団塊の世代が75歳の後期高齢者になる年です。75歳以上の医療費は、それ以下のひとに比べて断然高いという現実があります。

 なぜ漢方なのか、高齢者医療における漢方の役割についてお話しします。まず、漢方は病気ではなく、人を治します。今、医療現場ではポリファーマシーと言い、必要以上に多くの薬を飲んでいることが問題になっています。必要以上に薬を飲んでいることで有害事象が起こる場合もあります。西洋医学は副作用が出るとそれに対する薬を足していきます。しかも複数科にかかるため、あっという間に薬が増えてしまいます。漢方は、ある薬で副作用が出た場合、その薬を止めて別の薬を考えます。年齢・性別・疾患に関わらず治療ができます。われわれ漢方の医者の腕は、自分が良くなった場合にご家族を紹介いただくことにかかっていると思います。親子三世代を診る時、私は大変ありがたいなと思います。

 なぜ、薬の数を減らせるのか。そもそも、人間の生体は日々動いているダイナミックシステムであって、部品の集まりではありません。西洋の薬は一つのターゲットに行きますが、そこだけで働くわけではありません。

 例えば、コレステロール値を下げるスタチンという薬があります。スタチンは肝臓のある酵素の働きを阻害することでコレステロールの合成を阻害しますが、その影響はその酵素だけにはとどまりません。一つのターゲットが阻害されると、生体の遺伝子はものすごい勢いで動き始めます。スタチンの副作用で有名なのは、肝臓とは全く関係のない場所の筋肉が張ることです。このことは、生体がシステムであることの証です。

 有名な葛根湯には生薬が7つ入っています。葛の根や生姜等それぞれの生薬にいろいろな成分が入っているため、葛根湯全体としては何百種類もの化学成分が入っていることになります。複合物である漢方薬は複数のターゲットを持っていて、複数の疾患を患っていても一つの漢方薬で対応するのが原則です。人間というシステムに漢方のような複雑なものが入ることによって生体システム全体が動くことが大事な点です。

 では本当に漢方で社会保障費を減らせるのか。これについてはいろいろな試算があります。胃がんに対して六君子湯という薬を使うと、入院日数が減り、早く回復します。この薬を胃がん患者全員に使うと、106億円の予算削減につながるという試算をしました。また、漢方は慢性疾患が得意で急性疾患には効かないと思われがちですが、実はインフルエンザは漢方治療の得意な領域です。年間で1200万人がインフルエンザに罹患します。その4分の1の300万人が麻黄湯という薬を使えば90億円、100万人が使うと30億円の医療費が削減できる試算です。このように、漢方をうまく使うことで医療費・社会保障費の削減が可能です。

 WHOの仕事で中国、韓国とつきあうことが多くあります。両国は国の売りが伝統医療だとよくわかっており、世界戦略をどんどん打ってきます。中国は世界57の国と地域の201の中医学会を束ねた組織を作って、自国の伝統医学を広げています。政府の14部門が一緒になって中医学を国際化する仕組みを作っています。安定長期政権ですから、5年、10年計画が立つのです。

 日本の場合、漢方を使うのは西洋医学を学んだ医師です。こうした制度によって東西医療が融合しているのは世界に類がありません。例えば、抗がん剤の副作用を漢方で軽減するといった新しい医療がどんどんと作られています。また、物としての漢方薬も信頼が厚く、市販の漢方薬が中国観光客の爆買いの対象になっています。中国の富裕層は中国製品を信用せず、日本製品は大変人気があります。こうした中国の富裕層も日本漢方の最終ユーザーになり得ると思っています。

 一方で、漢方薬の原料生薬の自給率は12%にしか過ぎません。80%以上が中国からの輸入です。ところが、中国の経済発展、少子化による農家の減少を背景に中国からの輸入価格が高騰しており、2006年から2013年までの7年間で2倍以上になっています。例えば薬用ニンジンは昔、信州から香港経由で中国等に輸出していました。ところが今は中国産の価格に押されて、農家が作るのをやめてしまいました。しかし、近年薬用ニンジンの価格が高騰しており、2006年から2013年の7年間で価格が4倍になっています。薬用ニンジンの末端価格は医療用で1堙たり37,400円です。日本産は品質がよく、畑ごと中国企業が買いに来ています。それほどジャパンブランドは優良だということです。

 2011年に朝日新聞に「たばこの廃作をして耕作放棄地を漢方の生薬栽培に転作すべき」と書いたところ、地方からすごく反響があり、現在、多くの自治体で漢方の栽培を始めています。ところが、いざ作り始めたものの、中国と価格競争にかなわず、多くの農家があえいでいるのが現実です。

 そうしたなか中国製品への懸念が広がっています。香港のグリーンピースが中国、香港の生薬65のサンプルを調査したところ、「極めて有害」もしくは「有害性が高い」とされる農薬のうちの10種類の農薬を26サンプルで検出しました。中にはEUの定める残留農薬基準の500倍もの濃度で検出されたものがあり、これを受けて、フランスやイギリスが中国製品を閉め出しました。

 これは日本産生薬に取ってはチャンスであり、トレーサビリティのはっきりしている日本の生薬をヨーロッパに持っていければいいのですが、ルートがなく、日本にそうした生薬があることが知られていないため、なかなか持っていけないというジレンマがあります。そうしているうちに、ドイツが生薬栽培も手がけるようになり、中国産の代替としてブランドアピールをしています。

 漢方の六次産業化を進めるためには出口戦略、しかも海外を見据えたものを立てなくては駄目だということがわかってきました。例えば、薬以外の出口では、「ならこすめ」という化粧品、これは奈良の地場の生薬だけを使ったもので、中国で売れ始めています。こうした仕掛けが日本の漢方の薬草作りを推進する起爆剤になればと思っています。

 最後になりますが、こうした戦略策定には、グランドデザインが必要です。私がいる慶應大学湘南藤沢のキャンパスは国際戦略総合特区に指定されています。ここに東西医療センターを作って国際的に漢方を紹介する基地にするということで2013年に指定を受けたのですが、残念ながらあまり進んでいません。今年は指定更新の年となり、日本の漢方の産業化を推進するためにも本格的に計画を進めなくてはいけないと考えているところです。ぜひ皆様のご指導、ご鞭撻を頂戴できれば大変幸いです。


      ※2016年9月14日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたもです。