卓話


ロシア・ウクライナ戦争の現状と展望

2022年6月15日(水)

防衛研究所 政策研究部
防衛政策研究室長 高橋杉雄氏


 ロシア・ウクライナ戦争を考えるとき、そもそも戦争はなぜ起こるのかを考えなくてはいけません。この問題は、国際政治学における根源的な問いです。国際政治学の基本的な問いは、戦争がなぜ起こるのか、貧困と富の問題をどう解決できるのか、の2つだと思っています。

 戦争の原因は、シンプルに3つ考えられます。
 1つは、政治家が悪い。悪い政治家が戦争を起こす。
 第2は、国が悪い。悪い国があって、戦争を起こす。
 第3は、国も政治家も悪くないが、世界、国際システムが悪いという考え方です。

 歴史を振り返ると戦争を始める政治家は何千年も出続けており、それは防げていません。あるいは、悪くない政治家でも戦争している可能性はある。だとすると、戦争をする何か別の理由があるのでしょう。

 第2は、国家体制に原因を求める。例えば、民主主義はいいが、独裁主義は悪いといったような意味です。これも統計的に見てみると、民主主義だから必ずしも平和だということはない。民主主義国同士が戦争しにくいということは確率的にありますが、独裁主義国との間では普通に戦争しており、民主主義が平和的ということではありません。

 第3の、悪いのは世界、国際システムが悪いという考え方は、結構正しい見方だと言われています。国家は、この世界における最大最高の権威・権力です。国連は、複数の国家が集まって物事を決めるものであって、世界政府ではありません。例えば、国内であれば個人が罪を犯すと罰せられますが、世界において国家が悪いことをしても罰する組織はありません。そういった意味で、国家を超える権威と権力が存在せず、国家が全て究極的な権威と権力、さらには暴力さえ持っています。

 つまり、政府も警察もなく裁判所もない世界で安全に生きるためには、最終的には自分の力を増やすしかない。自分の力を増やすためには、どこかの国と争わなくてはいけない。争った上で自分がより強くならなければいけない、という形で戦争が起こると言われています。

 経済的相互依存によって戦争が行われなくなることはありますが、それでも最終的に戦争があったときには、守る手段は自分のパワーしかない。戦争はどうしても起こってしまうというのが、今、最も有力な仮説です。

 そうした中でどうすれば平和になるのか。一つは「完全情報」と呼ばれる、敵の力と味方の力の全てがわかっており、戦争になればどちらが勝つかも予測できることです。普通、100%負けるとわかっていたら戦争はしません。

 ただ、わかっていても戦争する可能性はある。世界政府はないため、2国間で何かの約束を結んだとしても、その約束が守られるとは限らず、その約束が今破られるのと将来破られるのと比べたときに、将来には今よりも負け方がひどくなるかもしれないならば今負けたほうがいいとなる可能性もある。

 だから、敵味方の情報が完全にわかっていることと、約束が絶対に守られる保証があれば戦争は起こらないことが数学的には証明されています。ただ、現実世界でこれは実現しない条件であるため、抑止力が重要になります。

 私たちが見ている世界は、約束が守られない世界なのです。協定を結んだらそれを守ることを裏付けるパワーが必要であり、そのパワーがなければ守られる保証は存在しません。それが、この世界において戦争が消えないことの一つの理由であると言えます。

 戦争の3つの原因の仮説をロシア・ウクライナ戦争に当てはめてみましょう。指導者が悪いとすれば、それはプーチン大統領が悪い。
 第2の国家体制が悪いというのも、ロシアの権力体制が悪いということで多分間違っていません。多分というのは、プーチン大統領は、突然生まれてきたのではなく、ロシアという国家体制の中で生まれ、権力が維持され、あるいは評価されているからです。その代わり、プーチンではない人が大統領だったとしても戦争が起こったかもしれないということです。

 第3の国際システムが悪いことも言えます。特に今回はっきりした通り、国連安全保障理事会の常任理事国である5大国が何か国際法を破るような行為をしたときに、それを制限する権威や権力は存在しません。国連は世界政府ではないので、五大国自身がルールを破った場合にはなかなか機能しないということです。

 もう一つ指摘できることが、ロシアの国力が長期的に低落傾向にあることです。冷戦期は2大超大国の一つでしたが、現在のGDPは韓国やスペインぐらいで、人口減などもある。だとすると、ロシアからすれば、ウクライナに自分の言うことを聞かせるためには、今仕掛けるしかないと考えた可能性もあります。

 そして、2014年のクリミア併合の時にロシアは結構簡単に勝てたため、プーチン大統領は今回も簡単に勝てると思った可能性も十分にあります。

 また、兵力動員の時間的制約という軍事的要素があった可能性もあります。ロシアは去年の秋から大兵力をベラルーシに展開させて大演習を行っていました。2月まで続いていましたが、大兵力をそんな長期間展開させることはできませんし、一度撤収すると短期間での再展開は困難です。とすると、それを戻す前に戦争しなくてはならないという理由が働いた。

 このように戦争が起こった理由を並べると、防ぐことは難しかったのではないかと言えます。

 次に戦争の流れを振り返ってみます。この戦争では3回の局面変化がありました。
 最初が、ロシアがキーウ攻略を断念するまでです。キーウ周辺には、二つの方向から攻撃が行われ、空挺部隊が突入して、ゼレンスキー大統領の暗殺ないし捕縛を図ったと言われています。その作戦に失敗したため、次はキーウを包囲して爆撃や砲撃を加え、ロシアに有利な停戦協定を結ばせようとした。後者で大きな役割を果たすはずだったのが西向きに進んでくる部隊でした。

 この部隊が、スムイという町から1週間で100数十キロ進撃しました。ただ、それだけのスピードで進むと、補給は悪くなり隊形も乱れてきます。そこで3月8日、ウクライナ軍が反撃し、ロシア軍を押し戻しました。3月末にロシア軍が撤退すると、ブチャの虐殺が明らかになりました。

 第2の流れは、4月下旬からのドンバスの攻防戦です。キーウ攻略を諦めたロシア軍は東部でロシアに突出した形になっているドンバスに絞った攻勢をかけます。ウクライナが維持している三角形の土地を南北から攻めて切り取る作戦だったと推測されますが、これが失敗します。

 理由の一つはマリウポリでの激しい攻防戦が長引き、南からの攻勢が遅延したこと。もう一つは、ウクライナがハルキウからの反攻でイジューム方面の攻勢を阻止したことです。4方向から攻撃したかったのが、結果、2方向からになったことが、失敗の大きな要因です。

 ロシアがまた作戦を変更したのが5月中旬でした。5月中旬から今に至るまでがセベロドネツクの攻防戦です。先ほどの三角形をさらに小さい三角形にしてロシアが攻撃しており、これは比較的うまくいっているように思われます。

 セベロドネツクという街は、最東端の三角形の頂点にあって、2辺をロシアが支配しているため守りにくい。ロシアは、セベロドネツクを北と南から包囲しようとし、あわせてセベロドネツク救出のために周辺にいるウクライナ軍を南北から挟み撃ちをしようとする「二重包囲作戦」を取り、現在、激しい攻防が行われています。

 ロシアの戦争の目的は何か。このように展開している戦争をどうやって終わらせるのか――いくつか考えられますが、ウクライナを全部占領するのは最初から不可能です。

 歴史的な研究から、敵対的な土地を支配するには人口1000人当たり20名の兵士が必要と言われています。人口4000万人のウクライナには80万人の兵力が必要ですが、それはロシアには不可能な数字です。だとすれば全土占領はできず、有利な停戦協定を強要していくことになります。ウクライナの社会や経済や市民生活を破壊し続けて、ウクライナに諦めさせること、つまりウクライナの弱体化が主要目的だと推測できます。

 停戦協議が時々行われますが、なかなか進みません。停戦協議とは、ある瞬間の軍事的な現実を政治的に固定化するものです。ウクライナからすると、停戦協定とは現在の占領地域をロシアに譲り渡すことになるわけで、それはなかなか考えられない。

 さらに、ブチャの虐殺がありました。占領されている地域の市民が、暴行され虐殺され略奪された事件です。他地域でも同じことが起こる可能性が十分にあるとすると、占領地域をロシアに譲り渡す判断はウクライナにはできません。

 第三国の役割が期待されてきますが、できることは、ウクライナに対して占領地域を諦めろ、ロシアに対して占領地域から引き上げろと言うぐらいです。

 戦争を終わらせるのは、武器ではないと私は思っています。市民やメディアの力で情報をロシアに流し込んでいくことによって、ロシアに戦争を諦めさせていくしかない。ジャーナリズムが報道し続け、情報をロシア国内に届けていく、そうすることでしか戦争は終わらない。そうした非常に難しい、社会全体の長い戦いが必要になっている、そういった戦争なのだろうと思っています。


     ※6月15日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。