卓話


世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか

2020年11月18日(水)

(株)ライブニッツ
代表取締役 山口 周氏


 最初に皆さんに質問をします。
 「この先地球がだめになり宇宙に移住しなくてはいけなくなった時、日本の文化遺産の中から、子孫に譲り渡すものとして、何を持っていきたいですか?」

 私は、小学校やビジネススクールの授業、経営者の集まりでこの質問をします。出てくる答は、厳島神社、金閣寺、桂離宮のような建築物、長谷川等伯の水墨画や絵画等、どこでも傾向は同じです。9割が明治以前、江戸時代より前に作られたものです。これは一体どういうことでしょうか。

 第二次産業革命が起き、我が国は1868年に文明開化し、モノを作る力や産業は飛躍的に伸びました。今、人口は江戸時代と比べて4〜5倍位になり、石油資源を大量消費し地球に環境負荷もかけ、江戸時代に比べ飛躍的にモノが作られるようになったのですが、その間に作られたものは宇宙にぜひとも持っていきたいモノとして挙がらないのです。

 翻って、どんなモノを作ってきたのか。例えば、新宿の歌舞伎町のビルの町並み。海外の人が日本の象徴的風景として見る街中のぐじゃぐじゃ電線、行楽地の看板群。あるいは、日本橋の上にかかる首都高速道路。こうしたモノを作る陣頭指揮を執ってきたのが経済と行政のリーダー達です。だからこそ、これからのリーダーには美意識が求められます。

 「真・善・美」という言葉を挙げます。哲学者がギリシャ時代以来ずっと考えてきたことです。今、経営判断においてこれを取り戻す時期にきているのではないでしょうか。まさにロータリーの「四つのテスト」です。真実かどうか、公平かどうか、好意と友情を深められるか、みんなのためになるか。「真・善・美」ととても親和性があると思います。 「真・善・美」の経営判断はどのようにすればできるか。

 一つは理性です。論理で全部考えればうまくいくという考え方です。例えば、データ、事実、論理思考に基づいて考えれば真なることは把握できる。これはコンサルティング会社のやり方です。あるいは、法律と判例に照らして問題なければ許される、善である、とする弁護士の考え方です。市場調査、他社事例に則れば人の心を惹きつけるというのは広告代理店の考え方です。私は電通と外資系のコンサルティング会社で、この2つをずっとやってきたからこそ、「真・善・美」を自分なりの感性、審美眼に合わせ考える、道徳、倫理観、歴史感覚に照らして考えることを回復しないと非常に難しい時代になっていると実感しています。

 京都大学で国際政治を教えていた中西輝政先生は長らくオックスフォードで勉強されました。外交と行政とリーダーを育てるオックスフォードのエリート教育は美学とモラルを重視します。「効率がいいから」です。

 美学やモラルとは、正しいことを行うために自己犠牲や我慢をするマイナス面が捉えられがちですが、長期的に見るとずっと効率がよく最終的にはプラスになる。非常に複雑な問題を扱うエリートだからこそ、美学とモラルを最終的な判断基準にする。これが長期的には繁栄を約束すると言っています。

 最近こうしたモラリティに対するまなざしが非常に厳しくなっています。インターネットのベンチャー企業がいろんな社会問題を起こし、結果的に社会から大きな批判を受けています。日本ではオンラインゲームを有利に進めるために有料アイテムを欲しいものが出てくるまで買い続け自己破産するような人が増えて問題視されました。

 去年4月、Googleが米国防総省のプロジェクトに人工知能を提供して協力すると発表すると、社内で大騒ぎになり、最終的にこの米軍に対する協力を辞めなければ退職するという4600人分の署名が集まりました。経営陣はプロジェクトの中止と、人を傷つける可能性のある研究をGoogleは永久に放棄すると内外に向けて宣言しました。

 こうした事例も象徴的です。バーバリーが2年程前に40億円分の在庫を燃やしたところ、全世界的な不買運動が発生しました。対照的なのがパタゴニアで、4年ほど前に企業の使命を環境保護のみに絞り、これからは成長も利益も追求せず地球の環境を守る活動を行うと宣言したところ、そうした活動のための会社であればぜひそこから買いたいと、逆に売り上げも利益も伸びました。

 バーバリーの経営者は戸惑ったと思います。ラグジュアリーブランドの売れ残りを全処分することは従来通りでしたが、突然、強い批判を受けるようになった。今は個人が世界に情報発信する時代ですから、「バーバリーが4000万ドル分の服や美容グッズを燃やしていたことにものすごい腹が立つ。服がない貧しい人に配ればよかったのに、貧しい人に持たれてブランド価値が毀損するぐらいだったら燃やした方がいいということでしょ。本当に最低な考え方だ」という形でニュースになってしまった。ブランド価値の回復は難しい状況です。

 別の側面もあります。エンロンの元CEOのジェフ・スキリングはハーバードのビジネススクールを優等で卒業後、マッキンゼーに入り史上最年少の役員に。ヘッドハントされてエンロンのCEOになった人ですが、大規模な粉飾決算をして禁固22年の懲役刑を受けました。「イノベーションのジレンマ」という言葉を生み出した経営学者のクレイトン・クリステンセンがビジネススクールの同期です。著書で、「同期は優秀でいいやつで、みんな輝かしい将来が待っていると思われたのに、友人から刑務所に入る人が3人出た。なぜこんなことになってしまったのだろう」と書いています。

 世の中を悪くするのは悪人だと思っている人が多いですが、日本の広告看板やビル、電柱や高速道路等は、悪人が作っている訳ではありません。一生懸命与えられた目標や義務に対して無批判に取り組んだ優等生な人達、ある意味、「いい人」です。

 先進7ヶ国のGDP成長率のグラフを見ると、1960年代から2010年代まで飛行機が着陸するようにきれいに下降線を辿っています。2010年代の平均成長率は1%ですから、先進7ヶ国はほとんど成長しない世の中になっています。

 日本で1960年代、労働生産性の上昇率、経済成長率は平均8%でした。外にいる人に連絡をとりたければ電話か手紙です。電卓はまだなく、コピー、ファックスもありません。文書を作ろうと思ったら、手書きかタイピストに打ってもらう。そうした時代に毎年8〜10%経済成長していたのに対し、今はコンピュータ、メール、コピー、電話会議システム等、生産性を上げるありとあらゆる道具があるにもかかわらず、ここ10年の労働生産性の成長率は1%を切っています。不思議だと思いませんか。

 インターネット、人工知能などは全く経済成長に貢献しないということは経済学的にわかっています。イノベーションによっても経済を成長させられない要因は何か。ケインズも言っていた「需要の飽和」です。

 昭和は、みんな問題を抱えていました。家の中が暑い寒い、外に洗濯しに行くのが辛い、食べ物が保存できない、家の中がつまらない。これに対して、テレビ、冷蔵庫、洗濯機等、問題を解決するものが作られ、結果として昭和の高度経済成長が起きましたが、いわゆる主要家電は平成の真ん中位からほとんど出てこなくなりました。

 NHKの調査で、「個人生活について物質的な不足を感じることはない」と答えた人が8割です。社会生活に関しても9割の人が満足している。モノはいらないと言っている世界において経済成長させることを求めれば何が起こるか。電通社内で使われていた「戦略十訓」です。

 1.もっと使わせろ
 2.もっと捨てさせろ
 3.無駄遣いさせろ
 4.季節を忘れさせろ
 5.贈り物をさせろ
 6.組あわせで買わせろ
 7.きっかけを投じろ
 8.流行遅れにさせろ
 9.気安く買わせろ
 10.混乱を作り出せ

 インモラルそのものですが、マーケティングの本質です。ですから、ビジネスが持つ現在性が紙一重の領域まで来ている難しい状況にあるということです。

 便利で安全で快適にすることが文明化、ビジネスの役割だったとすると、それは終焉しました。生きるに値すると思える美しい世界を作ったことがこれからのビジネスの役割だと私は考えます。そうすると、ビジネスのリーダーである経営者の方達にも、これから先どのような社会を作っていきたいのかという美意識が求められます。

 IKEAのThisAblesを紹介します。美しいプロジェクトだと思います。障害のある人達が家具を使いやすくするため、補助器具の3Dプリント用データをオープンにして無料公開しています。ビジネスには社会善と収益性を両立できる潜在的な力がまだまだあることを感じさせます。

 企業がどんな世の中を作りたいのかを考え、ありたい姿と現状が一致しないところを問題として解く。その結果として経済価値も生まれてきます。

 ありたい社会の姿を描けなければ問題を生み出すことはできません。こうした世の中だからこそ、経営者の皆さんには理性の能力だけではなく、感性、美的な感覚が判断力として求められるのではないでしょうか。


      ※2020年11月18日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。