卓話


混迷するイラク情勢 

9月22日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本貿易振興機構アジア経済研究所
地域研究センター参事 酒井啓子氏

第4025回例会
 
イラクでの戦争が終わって1年と4ヶ月が経ちますが,国内の治安が悪いままです。テロ,自爆攻撃に加えて,先日もバグダッドの住宅街で,自宅にまで押し込んで誘拐するという痛ましい事件が起きました。たいへん深刻な事態ですが,昨年の5月に戦争が終わって1年4ヶ月の間,ずっと悪かったというわけでは決してありません。

 昨年の7月に,私がイラクに足を踏み入れた時には,邦人退避勧告が出てはおりましたが,これからは上向きになってよくなるだろう、企業も政府関係者もイラクとの取引でがんばるぞというようなことを言っておりました。

それが,時間が経つにつれてどんどん悪くなっています。誰がいったい,イラクの治安を悪くしているのか。そもそも,そこからしてなかなか分からないというのが現状です。

 アルカーイダとかザルカーウイといった外国から国際テロ組織が入りこんで来ているといわれますが,海外からのテロ組織が入っていることは確かです。しかし,今の治安の悪さがテロ組織によってだけ行われているわけではありません。いわゆる,フセインの残党といわれる人たちが治安の悪化に加担していることもあります。これまでの身分や特権を失って反発していろんな事件を起こしている人もあります。それにしても,それはそれほど大きな数ではありません。

いま,治安悪化の原因の最たるものは,イラクの普通の人々,あるいは,フセイン政権のころ,あまりいい思いができてこなくて,新しい世の中になったら生活がよくなるに違いないと思って期待していた人たちが,まさに,戦後1年と4ヶ月経って,その期待が尻すぼみになってきて,俺たちが求めていたのはこんなことではなかった筈だというようなムードが強くなってきて,それが,いまの反抗や治安の悪化につながっているという部分が,恐らくいちばん多いと思います。

一般の人々の生活環境を見てみますと,戦争が終わってこのかた,一向に経済復興が進んでいません。アメリカが復興資金をいくらつぎ込んだとか,日本がいくら予定しているとかいう話は聞こえてはくるのですが,どのくらいの開発が行われて,どのくらいのお金が実際に使われたのか,どうも首を傾けざるを得ないのです。生活に密着した復興が行われているとは思えないのが現状なのです。

たとえば,昨年7月に私がイラクに行きました時,電気も碌に来ておりませんでした。その時には,戦後2ヶ月で回復するわけもないと諦めていましたが,今になっても,電力事情は回復せず,1日の,せいぜい半分程度の供給でとどまっています。世界第2位の埋蔵量を持つ産油国でありながら,製油所が復旧していないために,ガソリンや灯油の燃料を輸入しなければならないという状況です。

5割程度の人が失業者です。失業軍人,失業した治安警察の人々が,お金に困って強盗をするというのが自然の流れになってしまっているわけです。テロリストが,1回100ドルで爆弾を路上に置いてこい,という仕事を失業軍人相手に発注しているといった話も聞きます。治安悪化の原因のひとつには,経済的な困窮があると思います。

政治的にみると,フセイン独裁政権が倒れた後,これからは自由にやっていける,自分たちも政治に参画できるような環境がすぐにも生まれるのだと考えた人たちが多い。ところが残念ながら,この1年と4ヶ月の間に,そうした広範な政治勢力を取り込んで新しい政権を作っていきましょうという流れはありませんでした。

今年の6月の28日に主権移譲をして,イラク人の暫定政権が政権を握っていますが,この政権がイラクの全体の勢力を代表したものにはなっていません。海外で20年30年暮らしてきた亡命イラク人たちが中心になって,いまの暫定政権を作っています。そうなると,国内の政治勢力のなかで新しい政権からあぶれる人がたくさん出てきます。

いま,イラクの各地方で,反米,反政府の抵抗運動をしているのは,たいていが,このあぶれた人々,本来,自分たちは政権に参入できるという力をもっている筈なのに政権に入れてもらえなかった人たちの反乱という局面が非常に強いのだろうと思います。

経済的,政治的に排除された人々が反米活動を活発に行うという環境に対して,英米軍はどういう対処をしてきたかというと,専ら軍事力を使って反発を押さえこんできました。しかし主権移譲以降の暫定政権は,力まかせの弾圧は反発を招くと判断し,第1に,失業者を減らす経済再建を,第2に,政治的に不平不満をもっている人たちに,武器をおいて政治参加をしなさいと薦めることを考えました。

政治的に枠を広げていくという試みが,7月〜8月に計画された国民大会議でした。

 暫定政権はごく少数の特定の派閥が寄り集まってできた政権でしかない。そこで,とりあえず暫定議会のようなものを作って,そこに,右から左まで,地方の南から北まで,いろんな人々を集めて,話し合いをしながら1つの国にまとめていこうという試みをやろうとしていました。それが8月に実施された国民大会議の招集です。

暫定政権は,ナジャフのムクタダ・サドルを中心としたサドル勢力とスンニ派中部のイスラム聖職者協会という,2つの反米最強硬派からも,なんとか国民大会議に取りこんでいこうとしましたが,残念ながらうまくいきませんでした。それどころか,双方の間がぎくしゃくしてしまって,8月いっぱいナジャフでサドル勢力がアメリカに対して徹底的な抵抗運動を繰り広げることになってしまいます。

サドル勢力は,半ばたてこもるような形で反米運動を続けましたが,この3週間の熾烈な戦いのなかで,日によっては1日に200人から300人のイラク人が死傷したといわれております。

誰もが,暫定政権の政治力での収拾を期待したのですが,サドル勢力と米軍の戦いを最後の最後までとどめられませんでした。そして,最後はシーア派の宗教権威シスターニ師の裁定によって停戦しました。

結局,暫定政権には紛争解決の力はないとの不信がますます強くなってしまいました。一方で,やっぱりイスラムの宗教権威は偉い、頼れる、という方向に人々の信頼が向いてしまうという結果に終わってしまいました。

この事件で,暫定政権がサドル勢力を押さえられない、暫定政府は弱いといわれるのと同時に,主権移譲といいながら駐留アメリカ軍に対してものを言うことができない政府に対するガッカリ感といったものが,イラク国民のなかに出てきてしまったと思います。

一方で経済はどうか。経済も目に見える形で決してよくなってはおりません。治安が悪いから外国の企業が活動しにくいということがありますが,復興事業が発注されたはいいけれど,下請けにたどり着くまでにたくさんの企業を経るため,実際に事業を請け負う企業に必要なお金がいかないという状態になっていて,仕事がはかどっていないということがいわれることがあります。

暫定政権に何が期待されたかといいますと,これまでは,アメリカ企業が受注した復興事業がなかなか進まない。あるいは,復興を進めようとしても外国の資金援助を受けないと動きがとれないという状況だったかもしれないが,主権移譲されたからには,膨大な石油収入がイラク政府の自由になる。輸出する石油代金で自立的に復興事業をやれるという期待だったと思います。主権移譲を定めた国連決議でも、これからは,石油代金はイラク政府に入る、石油で得た収入はイラクの各省庁に振り分けられますよと言っておりました。

 ところが実際には,その後,各省庁の公務員職員の給与と各省庁のランニングコストしかもらっていない。相変わらず,復興事業や病院・学校の建設計画などの判断はイラクの省庁に任されていない状態です。そういう状況ですから,かゆいところに手がとどくような形の,細かい配慮のきいた復興事業はなされていないという問題があるわけです。

もうひとつ重要なことは,それぞれの省庁に予算が渡ると仕事がはかどるかというと,それもあやしい。というのは,暫定政権自体が,ごく一部の政治勢力によって独占された連合政権のようなものなのです。この連合政権は政治性が非常に強い。またイギリスやアメリカに亡命していた亡命政治家が多いのです。ですから,国内の経済情勢,行政機構のメカニズムについては疎い人が少なくない。国内で合理的な経済政策,復興政策をやろうとしても,どうしても自分の勢力のことを考えて政治的に流れていってしまいます。

来年の1月には選挙を控えております。どの政治勢力も選挙をめがけて目の色が変わっています。復興政策自体が,選挙に向けてゆがんでいってしまうというなかで,あと少なくとも半年は,混乱が続くことを覚悟せざるを得ないのかなと思っている次第です。

(財)米山梅吉記念館
創立35周年式典に参列しました

 日本で初めてのロータリークラブ、東京RCを創立した米山梅吉氏の業績を偲ぶために作られた米山梅吉記念館が9月に35周年を迎えました。
 9月18日(土)午後14:20より行われた記念式典に水野正人会長をはじめ6名の会員が参加しました。
記念館より東京RCに特別功労賞を頂戴しましたので、9月22日(水)の例会で皆様にご披露申し上げました。