卓話


朗読の魅力

2016年6月1日(水)

女優 紺野美沙子氏


 先月末まで東京・日本橋浜町の明治座で、平岩弓枝原作の「御宿かわせみ」という舞台に、中村橋之助さん、高島礼子さんと一緒に、ひと月立っていました。しばらく江戸の世界にいたので、久しぶりに華やかな場所で、しかもほとんど男性という環境でお話するということで、少し緊張していますが、よろしくお願い致します。

 私は女優としてデビューし、40年近くこの仕事をしています。女優業を志すきっかけとなったのは小学校5年生の時です。東京都と神奈川県の境を流れる多摩川のほとりにある、カトリック系のカリタス小学校に通っていました。小さい頃から童話や絵本が好きで、声に出して読むことがとても好きだったのです。小学校5年生の時にクラブ活動が始まると、迷わず演劇クラブに入りました。その時にとても熱心な顧問の先生に出会いました。

 神奈川県はとても演劇がさかんな県で、年に一度、小学校から高校まで演劇コンクールがあります。5年生で入部すると、学校代表として県のコンクールに出場することになり、猛練習が始まりました。忘れもしません。演目は森鴎外の『山椒大夫』。「安寿と厨子王」という題名の劇で、私は安寿の役をやらせていただきました。先生はとても厳しく、「奇跡の人」のアニー・サリバン先生のようなスパルタ教育でした。「こんな台詞も言えないなら、もう今日は帰りなさい」などと言われて、泣き出す生徒が続出するほどでした。しかし、それは演劇に対する愛に裏打ちされた厳しさでしたから、生徒達はチームワークもよく、練習を頑張りました。苦しい練習を乗り越えて迎えたハレの日、初めて横浜・桜木町の青少年ホールに立った時の達成感が忘れられずに、「将来、お芝居をする人になれたらいいな」と思ったこと、最初に演劇に深い愛情のある指導者に恵まれたことがこの道を志す大きなきっかけになりました。

 「お芝居が好き」という気持ちは、小学校5年生の時に青少年ホールで抱いた時も、先月、明治座の舞台に立たせていただいた時も全く変わりませんし、好きという思いがあったからこそ、40年近く続けてこられたと思っています。

 そんな私が半世紀を生きた50歳の時に、大きな節目を迎えました。私はプロダクションや劇団には所属せずにずっと個人で仕事をしてきましたので、「何か自分の根っこになるような活動をしたい」と思ったのです。そうした時、住んでいる地域に大きな商業施設ができ、その多目的ホールで「地元で何かやってみませんか?」とお話をいただいたのです。「子供の頃からとても好きだった朗読をやってみようか」と、「朗読座」という小さな団体の旗揚げをしました。今年で活動6年目になります。

 活動で大切にしているのが、「心潤すパフォーマンス」ということです。人が生きていく上でうれしいこと、楽しいことがたくさんありますが、「禍福はあざなえる縄のごとし」で、悲しいこと、切ないこと、苦しいこともたくさんあります。そうしたなかで、お客様が私の朗読会にいらした時だけは、心が穏やかに安らかになり「今日来てよかったな。明日また頑張ろう」と思っていただけるような、心が潤うひとときにしたいと、そうした内容を心がけています。

 テーマは、命のつながり、日常の大切さといったまじめなものから、セクシー朗読もあります。朗読は耳で聞くものです。想像の世界を好きなだけ膨らませることができます。今はテレビやインターネットでありとあらゆる音楽や映像が自由に手に入る時代だからこそ、逆に声だけというのはとても官能的だなと思ったのです。ですから、子どもたちに伝えたい美しい日本語の作品から、大人がちょっと酒でも飲みながら想像を膨らませられるような男女のかけあいの作品まで幅広く選んでいます。朗読には生演奏もつき、ピアノやチェロ、琴の演奏家とコラボしながら、日本全国に伺っています。

 朗読の魅力は、想像する力、目には見えないものを見る力が養われるところではないかと思います。目には見えないものを見る力、それは自分以外の第三者の気持ちを思いやることにもつながりますし、想像力とは自分とは違うさまざまな境遇の人たちを思いやる力ではないかと思います。それが生きていく中で何よりも大切なことの一つだと思います。 そのように考えるようになったきっかけの一つに、今から18年前に国連開発計画(UNDP)の親善大使のお役目をいただいたことがあります。これも私にとってとても大きな経験になりました。UNDPは国連機関の一つで、国連機関の中で一番大きな開発援助の機関です。 私はそれまで国際協力に対してご縁がなかったので、お話をいただいた時は戸惑ったのですが、女優という仕事がさまざまな方から常にお仕事をいただく立場のためご縁をとても大切に思っており、これも何かのご縁と思い、こんな私でもできることでしたらと喜んでと引き受けさせていただきました。

 役割は、数年に一度、UNDPがプロジェクトを行っている途上国を訪問し、見たこと感じたことを自分らしい言葉で多くの方に伝えていくという、広報、宣伝係のようなものです。UNDPの一番大きな目的は世界中の貧困の撲滅で、今8億人いるとされる最貧困の人々の生活を少しでも向上させるためにさまざまなプロジェクトを行っています。

 足かけ18年の間に10の国や地域を訪問しました。カンボジア、パレスチナ、アフリカのガーナ、タンザニア、他に、パキスタン、モンゴル、東ティモールなどです。今年は、8月末にアフリカ開発会議を行う予定のケニアを、8月初めに訪問することになっています。

 印象に深く残っていることを一つ紹介します。10年位前に、西アフリカのガーナに行きました。野口英世博士が黄熱病研究のために志し半ばで亡くなった場所として知られています。首都アクラから車で3時間程走ったマンヤクロボ地区という貧しい地域に行きました。HIV・エイズによって両親を亡くした孤児が非常に多い地域です。私がとても驚いたのは、クイーン・マザーと呼ばれる地域の婦人会の方達が孤児達を、1家庭当たり6人を自分の子供として育てるという取り組みです。私も1人息子がいますが、6人もの子供を引き取って自分の子供と同じように食事させて学校に行かせるなんて、なかなか続かないだろうと思いました。ガーナの地にも、日本と同じように、「困った時はお互いさま」という助け合いの精神があるのだそうです。

 遠く離れたアフリカの地でそうした活動が行われていることを目の当たりにして、とても心を動かされました。女性達は、私をとても歓迎してくれ、「あなたに『ナナ・ラコ』という称号をあげるから、これからもあなたらしくできることを頑張ってね」と言ってくれました。それがとても印象に残り、「自分らしくできることはなんだろうか」と思った時に、朗読がありました。自分が好きなこと、得意なことを一所懸命に頑張って、それで喜んで下さる方がいたらこんなにありがたいことはないと思い、活動を続けています。

 国際協力の話に戻りますが、現地に滞在するのは約1週間です。実際に世界の貧困の現実を目の当たりにして、改めて日本の日常のありがたさを強く感じるようになりました。 国際協力ってなんだろうと考えた時に、国際協力で一番大切なのは、想像力だと今は思っています。国際協力は、国と国との助け合い、支え合いが基本ですが、私は、例えば電車やバスの中でお年寄りや身体の不自由な方に席を譲ることも、日本の被災地で支援をすることもすべて同じだと思っています。というのも、一番大切なのは想像する力で、自分とは異なる立場にいる人達の気持ちを思いやる、それに寄り添っていくことが最初の一歩だと思うからです。国際協力というと敷居が高い気がしますが、自分が置かれた場所でできること、興味のあることを継続していくことが大事で、地域での活動でも被災地支援でも、自分とは異なる境遇の人達に寄り添う気持ちがあれば、自分ができることからやっていくということでいいのではないかと思っています。

 朗読の良さは誰にもできることだと思います。座右の銘や好きな言葉を声に出して唱えてみることもとても大事です。絵本の読み聞かせなど、声に出して読むことがとてもいいそうです。脳医学者の林成之先生から、本を読むと、特に脳の前頭葉部分が活性化し、それによって、感情、心の脳が育つ、非常に体にいいとうかがいました。声を出すことは呼吸法にもつながり、健康にもいいと思います。ぜひ、お気に入りの言葉などを、ご同居の方、ご近所の方に驚かれない程度に声に出して読んでみて下さい。

※卓話の最後に、井上ひさし作・戯曲『きらめく星座』の一説を朗読していただきました。