卓話


最近の金融経済情勢

2011年5月25日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本総合研究所 理事
翁 百合氏 

 東日本大震災後の金融経済情勢について,景気の現状,日本総合研究所がみた景気の見通し,今抱えている金融面の現状と課題,そして,これからの日本が取り組むべき課題は何かなどについてお話しいたします。

1)景気の現状
 大震災の後,確実に進んでいた景気回復の動きはストップし,急激に冷え込んでいます。

 GDPは,1−3月で3.7%減となりました。中でも3月の鉱工業生産は15.3%減と過去最大の落ち込みです。特に輸出が落ち込んでいます。自動車生産部門では前年の半分以下に落ち込むという大きな打撃を受けています。加えて,日本全体に自粛ムードが広がり,家計調査の実質消費額も前年同月比8.5%減という状態です。

 企業の生産計画は,4月,5月と,徐々に増加に転じてはいますが,全体的には震災前の8割〜9割程度といった状況です。

 自動車生産の3月の前月比6割減という下振れは,鉄鋼,化学などの生産にもマイナスの影響を及ぼしています。鉱工業生産も急減し,輸出も3月下旬より減少幅が拡大しています。

 家計の状況を少し細かく調べてみると,高額商品やサービス関連企業の悪化が目立ちます。内閣府の景気ウォッチャーの調査によれば,百貨店のDI(景気動向指数)はマイナス40,旅行関連はマイナス31という数値です。

 地域別に見ると,被災した東北地方に加えて,首都圏の落ち込みが非常に顕著です。
 海外からの旅行客も,4月には29万人,前年同月比60%減で,景気をさらに下押ししているという状況です。

2)景気は今後どうなっていくのか
 当面は,景気の下振れ圧力が残ります。成長率は大幅に低下する見通しですが,その後,製造業生産の回復,復興事業の顕在化に伴い,成長率はプラスに転化するとみています。

 日本総研の見通しでは,2011年度はほぼ0%ですが,2012年度にはプラス3%くらいの大幅な回復になると考えています。

 景気の下振れの圧力は,需要の減少,供給の減少,インフラの制約の3つです。このマイナス要因は,4−6月期は更に拡大しますが,7−9月頃から減衰すると見ています。

 需要の減少について考えます。
 自粛ムードは徐々に薄れていますが,消費マインドの回復は遅れる見込みです。東北地方での仮設住宅入居に伴う「耐久財支出」が徐々に増加することが見込まれますが,住宅の本格着工はかなり遅れそうです。2012年に入ってからがピークになると予想しています。

 外国人観光客の誘致は,原発問題が深刻でなかなか難しく、本格的回復は相当遅れると予想され,サービス輸出の低迷が持続する見込みです。

 内需については以上のような状況ですが,外需については,新興国を中心に堅調です。輸出も,元の増加トレンドに徐々に戻っていくという見通しを持っています。

 次に,供給の減少に対する対策です。
 福島,宮城,茨城の各地では,かなりの部品工場が被害を受けています。特に自動車部門ではそれが大きく影響しました。

 工場の完全復興時期はまだ不透明です。4−6月では相当な影響が残るでしょう。しかし,7−9月には鉱工業生産は前期比プラスになる見込みです。自動車部門も半年で回復するとみています。

 被災した事業所は,付加価値の高い生産財関連の工場が多く,すぐに韓国や台湾のライバル企業にマーケットを奪われることはないと,自信を持っているのは心強い点です。

 三つめの,インフラのネックについて。
 当初,東電の電力供給能力の低下が危ぶまれていましたが,その後,供給能力のアップや製造業の休日体制変更と稼働時間の調整,西日本への代替生産などが進んでいますので,GDPの落ち込みに大きく影響を与える要因にはならないと見ています。

 ただし,電力不足が中期的に続くと考えられ,電力側,企業側の双方に,それがネックにならないような一層真剣な取り組みが望まれるという状況だと思っています。
 物価はどうなっていくでしょう。

 デフレから脱却できない状況が続いており,一方で資源価格は全体的に上昇しており、見通しはなかなか難しいのです。

 おそらく消費者物価は,プラス基調が定着していき、デフレ的な状況は,中期的に見ると,やや薄れていくのではないかと見ています。さらに復興需要が出てくると,マクロ的な需給のバランスも大きく変わってくると思います。

 問題は資源価格の上昇です。一層の上昇は,我が国の景気の下振れリスクとなり得ます。原油価格が100ドルで推移した場合,2011年の所得流失額は2兆円程度になります。所得流失は企業コストとして負担するか,家計の購買力の低下につながる可能性があります。

 このほかの経済成長の阻害要因としては,次のようなものが考えられます。

 一つは,いま行われている対策のさまざまな遅れです。原発事故処理の長期化,深刻化はリスクですし、復興計画ビジョンの早期策定と実行も急がれます。

 二つめは,企業の復興投資が海外に漏出していることです。企業のアジアに生産拠点を移す動きは活発で、復興が遅れるにつれこうした動きが加速する懸念があります。

 三つめは,財政状況の推移が長期金利にどう影響するか,日本経済への信頼が国際的マーケットからどう評価されるかです。

3)金融面の現状と課題
 日本銀行は,地震以来,極めて積極的に40兆円を越える資金供給を行っています。特に,被災地帯の中小金融機関をオペレーションの対象にしています。長期金利の現状は1.2%です。極めて安定的と言えます。

 今後,国債の増発が予想されています。今までは安定的に民間貯蓄で消化できていましたが,これからは,民間の資金需要が大きくなると企業の貯蓄も縮小していきます。マネー・フローが徐々に変化してきます。この点をよく注意しておく必要があります。

 今回,第二次補正予算で,どういう財源が確保されるかも当面の注目点です。
 180%を越えるという,名目GDP比の債務残高では,長期的に国際的な信用を得ることはできません。何らかの復興国債を発行するにしても,財政健全化へのメッセージを出し続けないと,長期金利の安定的なコントロールは難しくなります。

 格付け機関は,長期的な財政健全化へのコミットメントだけでなく,政権の政策遂行能力も見ていくと言っていますから,政府が早期に復興のビジョンと財政健全化への取り組みを実現していくことが極めて重要だと思います。

 為替相場は円高気味に推移していますが,短期的には,円高リスクは残存しています。中東での政情不安や景気先行き不透明感の高まりから,投資家のリスク回避姿勢が見られること,また,手元流動性の確保に向けて,日本の企業の対外資産売却,対外投資抑制の動きがみられることがその背景です。

 しかし,年後半には,緩やかながら,85円近辺の円安傾向になっていくと見ております。やはり,我が国の先行きに財政赤字の悪化が見込まれるのと,アメリカは金融緩和を終了する方向ですが,日本の金融緩和は長期化することなどが背景にあるわけです。

4)これからなすべき課題
 金融面では,いわゆる,二重ローン問題です。被災地の方々は町ごと流されました。家も船も農地もなくなりました。

 特に被害の深刻な地域では,個人の生活の再スタートを考える際には,過去の債務については返済を猶予して資金を支援してあげないと社会の不安が大きくなります。

 中には,地震保険を掛けていたり,自らの備えをしていた方もいらっしゃるので,自助努力に配慮しながら,救済していく基準づくりはなかなか難しいです。財政面でも厳しいし,モラル・ハザードに注意しながら,被災者の生活を救済できる工夫をしていくことが必要だと思います。

 被災している企業は,現状資金繰りが大変です。早く枠組みを決めて支援していくことが必要です。現地の金融機関は,既に損失を大幅に計上しています。債務免除や返済猶予をやっていくと,自己資本を大きく毀損することが予想されています。公的資金を被災地金融機関の自己資本に注入することも必要だと思います。

 中小の企業の事業再生をどう描いていくかが重要です。債務免除と資金の供給については,再生計画を吟味し,思い切った投資を行えるような環境を用意していく必要があります。民間資金を引き出して,エクイティ性資金をたくさん用意することや,事業再生の可能性について目利きができる人材を集める工夫も,これからは必要になってくるのではないかと思っています。

 何にしても,一刻も早く再生ビジョンを描いていくことが急務です。国や地方自治体がその原案を示さないと何も進みません。

 財政では,不要不急の支出をカットして財源を確保することを優先し,財政健全化の構図もパッケージにして,国際的にも分かりやすい,再生の構図を示すことが極めて重要になってきていると思います。