卓話


自殺予防いのちの電話 

2008年4月23日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本いのちの電話連盟 事務局長
岡本正子氏 

「いのちの電話」は,活動を続けて35年になります。この間,深いご理解と温かいご支援をいただき,ありがとうございます。

 現代の社会問題になっている「自殺」は,この10年間,自殺者の数は3万人を越え,減少の傾向は見えません。世界的にみても日本は自殺率の高い国になっています。アメリカの2倍強,イギリスの3倍という状況です。この数字は,交通事故の6倍近い数値といえます。1日に90人の人が亡くなっているわけです。

 このような現状に対して,8年前から,通常の「いのちの電話」の回線とは別に「自殺予防 いのちの電話」というネーミングで,48(50か所)のセンターが「0120−738−556」の電話番号を共通の番号としたフリーダイヤル電話の相談活動を開始しました。

 この活動は,皆様からご援助いただいた資金には手をつけずに,専ら厚生労働省の後援と補助金で運営しています。

 最初の2001年から6年間は,毎年12月1日(いのちの日)から7日までの1週間の期間,相談活動を行いました。

 この事業を振り返るなかで,悩みを抱えている人は12月だけとは限らない。また,12月の1週間は,担当の大半を占める主婦にとっても大変な負担である。などの意見を踏まえて,2007年9月から,毎月10日に実施することに変更し,2008年3月までに計7回を開設しました。今年も4月から毎月実施しています。

 WHOも自殺予防を最優先の課題と考え,国際自殺予防学会と連携し,「自殺予防はみんなの仕事」という標語を世界各国に発信しました。私たちも,国に対して積極的に働きかけた結果,国も漸く,心痛む社会現象にきちんと目を向け,2006年には自殺対策基本法を成立させ,2007年6月には,自殺総合対策大綱が閣議決定されました。国立精神神経センターには,自殺予防総合対策センターが設置されました。

 こうして,2007年9月10日からの1週間を「自殺予防週間」と決め,シンポジウムや地域への参加など,積極的な事業を図るようになりました。

 「いのちの電話」活動も,地方自治体の自殺予防対策事業から徐々に関心を示されるようになりました。

 最初,2001年に我々が活動を始めた頃は,ポスターに「自殺予防」という文言が使われていれば,どこも掲示してくれませんでした。国も,政府広報に関しては,受け入れてくれませんでした。でも今は,積極的に「自殺予防」という言葉を使ってくれます。

 各自治体からのポスターの依頼なども増えてきましたが,私たちの組織には財政的な限度もあり,目下考慮中というところです。

 例えば,JRの場合は,ポスターの無料掲示の依頼を承諾してくれただけでなく,3年前から,駅構内で,「自殺予防 いのちの電話」の存在を知らせるカードを配布することにも協力してもらっています。

 JRについて,こんな話もあります。たまたま,ある相談員の息子さんはJRの社員です。飛び込み自殺の悲惨な現場に立ち会った息子さんは,お母さんに,「もっともっと電話の相談を聴いてあげて,自殺者が出ないようにしてほしい」と訴えられたそうです。

 「いのちの電話」は,心の危機を未然に防ぐということを目的にしておりますが,自殺予防の救急センターではありません。

 じっくりと,話しを聞き,相談者の「心の叫び,救いを求めるサイン,生きたいという願いを受け止め,その時間を共有して」聴く姿勢を大切にしております。

 電話をかけてくる人は,平静な人,興奮している人,促されてようやく声を出す人など,さまざまです。自殺願望の強い人や,重い内容の不安を訴える人,孤独を電話で解消しようとしている人もいます。

 何回もかけてくる人,性的な要求を電話に求める人,対応困難な攻撃的な人も年々増えています。世相を反映しているとはいえ,相談員も時には,心がずたずたになってしまいます。 ここ数年,相談員の数は減少気味ですが,相談件数は,70万件を越えています。

 昭和63年,電話相談の統計を取り始めてから,既に1150万件を受信したことが分かりました。そのうち,自殺志向の内容は48万件です。受信した数がそうですから,つながらなかった,いのちの電話は,その何倍もの数だと想像できます。

 ここ数年,相談内容の特徴は,相談者自らが,自分の症状を話し,「うつ病」をはじめとする病名を語るようになりました。

 全国共通の問題で圧倒的に多いのは,人生に関すること,生き方,孤独,家族問題に関する人間関係です。

 保健医療では,精神疾患で生きていても仕方がないので死にたいと心を病んでいる人,通院治療中の人,自殺未遂の人,また,それらの人の家族や周辺の人からも多くかかってきます。

 それらの電話は,深夜が圧倒的に多いということもNTTの調査で分かりました。

 「いのちの電話」に電話をしたジャーナリスト上野玲氏が,そのやりとりを新聞に掲載されました。私たちの活動のひとこまとして紹介します。

 『うつ病の大波が来た。しばらく調子がよかったので油断したのが悪かったのか,寝込んでしまった。考えることと言えば,いかに自分が孤独かということだ。家族も友達もいる。しかし,うつの時は誰も相手にしてくれない。そう思いこんでしまうのだ。誰かと無性に話がしたかった。さりとて,実際に会って話すのはおっくうだ。なんともわがままなものだが,うつは,人の恋しさと煩わしさが一緒にやってくるから厄介だ。

 考えた末に「いのちの電話」にすがることにした。だが,悩みを抱えている人が多いせいか,なかなかつながらない。一晩中携帯電話をかけ続けて,やっと夜が明ける頃,「関西いのちの電話」につながった。

 おばちゃんだった。典型的な関西のおばちゃん。くだくだ悩みを話すと「そら,しんどいわ。しんどいなあ。」と相づちを打ってくれる。そうやって30分は話しただろうか。だんだん憂うつな気持ちが和らいできた。それは,私が東京人で関西弁に優しさを感じたせいだろうか。いや,おばちゃんの,手放しに悩みを受け入れてくれる話術のおかげだろう。「それだけ苦しんだら,死にたくなるのはわかるわ。でもな,あんたが死んで,苦しむ人がおるねんで。いやいや,あなたが死んだら悲しむ人もいます,これほんまや。そんな悲しみを人に与えたら,あんたも辛いでしょう。人は誰かとつながり合って生きてんや。目に見えへんかもしれんけど,人と人はつながっている。それを忘れたらあかんねん」と。
 
 その頃には,私も素直におばちゃんの言葉に従う気持ちになっていた。

 東京は雨だった。そう言うと,おばちゃんは,「雨が降ったら,次は青空や。桜の花の咲く頃には上を向いて歩けますよ。」と言ってくれた。

 雨が降ったら,次は青空だ。この言葉を心に刻み込んで,電話をきる頃には夜が明けていた。本当に青空がまぶしかった。』(毎日新聞に掲載されたもの)

 私たちは,傾聴・受容を基本に,精神的に心の危機を支えることを目的としています。言葉や事柄を聞くのではなく,心の意を,気持ちを聴き,くみ取り,相談者と同じ目線でかかわり,心の危機の援助を行うことです。

 自殺問題は,精神医療関係者専門家だけの問題ではなく,国はもちろん,各企業も社会全体の問題として取り組み,地域,家族,友人など,さまざまな観点から支え合うことが大切です。私たちは,その一部分をボランティアとして担っているのだと考えています。

 「いのちの電話」は,活動を続けて35年経ちました。これを記念して,昨年10月から,「東京いのちの電話」では,インターネット相談を始めました。人とコミュニケーションを取りにくい若者からの相談がほとんどで,電話相談と反対の現象です。

 電話と違った文字の世界でも,規約や理念は同じです。私たちは,そこでも頑張っています。

 インターネット相談は,全国に呼びかけ,センターが一つになって,ネット相談ができるように検討を進めることになりました。

 毎年行われている「日本自殺予防シンポジウム」や公開講座をきっかけに,残された家族の辛さ,苦しみを支え,二次的被害を出さないように,「自死遺族の会」が発足し,仙台,栃木,千葉,奈良,佐賀で活動を初めています。

 各企業におかれましても,メンタルケアに一層留意され「自殺予防はみんなの仕事」というメッセージを広めていただきたいと思います。

 私たちの活動の日常経費は,皆様からの温かいご支援のお陰です。ここに,あらためて感謝申しあげ,活動の報告といたします。