卓話


21世紀の建築構造

2010年4月14日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京大学生産技術研究所
教授 川口 健一氏 

 私の専門は「建築構造」です。建築の骨組みの強さなどを設計することに関わる研究,開発に携わっております。

 東京大学本郷キャンパスの安田講堂に向かって左側に3年程前に竣工した工学部新2号館の構造設計も担当いたしました。名建築といわれた旧2号館を保存したまま広大な研究スペースを増築するという,社会のストックを活かすチャレンジングな増築計画です。旧2号館の中庭部分に柱を立て,古い建物に触らないようにしながら新しい建物を空中に浮かすという,大胆な設計です。

 大学におりますので,企業ではできないようなことをどんどんやりたいという気持ちで活動しております。「テンセグリティー構造」を骨組みとして用いた世界初の建物の設計も私が担当しました。50年前にバックミンスター・フラーという人が名前をつけて特許もとった構造システムとしてよく知られていますが、50年間誰も実際の建築骨組みとしては建設できなかったものです。

 建築の骨組みの基本となるものは「柱と梁」です。雨風をしのぐための屋根の荷重を横に伝える材が「梁」です。「梁」の伝えた荷重を縦に支えるのが「柱」です。

 西洋の石積の建築で考えますと、「梁」には太い石が必要になります。長いと途中で折れてしまうので「梁」は太くて短い石になります。ですからそれを支える柱も,たくさん必要になります。

 ギリシャの古代建築を見ても柱がたくさん立っています。この邪魔な柱を,邪魔と感じないようにするのが「デザイン」の工夫のしどころです。古代の有能な建築家たちは,たくさんの柱を如何に目立たなくするかに腐心し、美しい柱のデザインが発達しました。柱一本一本を女神像にするなどの工夫もありました。これは大変なので神殿などにしか用いられませんでした。

 ローマ時代になると,小さな石を上手に組んだ「アーチ」が発明されます。これは西洋の石積の建築を大いに発展させました。石積み建築は地震もなく気候も穏やかな西欧では,2千年にもわたって保存されています。

 構造を目立たなくする為に発達したはずのデザイン手法が、逆に構造とは関係なく別の意味を持って用いられる例も頻繁にみられるようになりました。バッキンガム宮殿の入り口は,玄関のデザインに威厳さを与えるために、そこだけ三角形の破風をつけ,構造的には全く不必要な立派な柱をつけて装飾しています。私の家の近くの老人ホームの片隅にはギリシャ神殿の遺構のような柱が一本だけ立っています。無論、そこに古代ギリシャの神殿があったわけではなく、「人間の英知の歴史」を感じさせるモニュメントとして利用されている訳です。エッフェル塔の裾部分にあるアーチも構造的にはなくてもいいものですが,これがあるために,非常にお洒落な雰囲気が出ています。身近な喫茶店の入り口にも西洋風の「カフェ」という雰囲気を出すために、構造的には全く関係ないアーチの装飾がついていたりします。

 ヨーロッパの古い大学の建物は,神学校から発達した為、教会建築のゴシックのアーチが使われています。英国ケンブリッジ大学の古いカレッジの建物もそうです。日本でも,東大などの,世界に肩を並べる立派な大学を作ろうという時代に建てた建物には,このゴシックのアーチが用いられています。鉄筋コンクリートですから構造的には石積みのようなアーチは必要はないのですが,それによって国際的にも一流のアカデミックな雰囲気を出そうという建築家の意気込みが感じられます。

 西洋の建築は,石積みの陰鬱な重たい印象の構造からなんとかして解放されたいという欲求が強く、より軽くより明るい建築を目指しています。産業革命の後はクリスタルパレス(既に焼失)などの「鉄とガラスの建築」を,まるでうわ言のように繰り返しています。現代建築でもルーブル美術館のガラスのピラミッドのように「鉄とガラスの建築」が好まれています。そういう西洋建築にとって、木と紙と土でできあがっている日本の軽快な建物は,奇跡に近い,強い憧れの対象です。

 しかし、日本は自然災害の多い国です。ですから,「壊れたら,また建て直す」という「七転び八起き」の覚悟が最初からあって、それでこそ成り立つ建築デザインなのです。建築の寿命も,せいぜい数十年で建て替えるという開き直りがあってこそ可能なのです。

 西洋では,産業革命以降,鉄筋コンクリート構造が発明されると,まず,薄い曲面を造ってシェル(貝殻)構造に応用しています。これもコンクリートを利用して,石積のテクスチュアを残しながら薄くて自由自在な形ができるという,石に代わる軽量な人工の材料であったわけです。

 ところが日本人は,サンフランシスコ地震などの視察から,「鉄筋コンクリート構造は地震に強い構造だ」と思い込むようになります。そこで,輸入した鉄筋コンクリート技術を,耐震耐火建築として使うようになります。それは100年前です。西洋は,日本建築のような,より軽い建築へ憧れ続け,日本は西洋の技術を使って,より強い構造を追い求め出しました。どこかで、両者が入れ替わって捩れたような気がします。
ところが,阪神・淡路大震災では,鉄筋コンクリートの建物が非常に大きな被害を受けました。現在は,耐震補強ということで,日本中で補強が行われています。そもそも地震のないフランスで発明された鉄筋コンクリートが地震に強いと100年間も信じ続けているところに問題があると思います。姉歯問題も,「鉄筋コンクリートは出来上がってしまうと鉄筋が見えなくなって本数も分からない」という性質から来ています。元来,地震がない国では鉄筋の本数はそれほど問題にはならない構造なのです。日本に鉄筋コンクリート構造を建てるなら,「耐震」ではなく,後ほど述べる「免震」工法を用いるべきでしょう。

 私は阪神大震災の時に,100件ほどの体育館などを調査した結果,骨組みが無事でも多くの建物の中で大きな問題が起こっていることを知りました。中の吊り天井などの非構造材が多数落下しているのです。建物が大丈夫でも内部空間の安全性に問題が残っています。耐震補強などが進めば進むほど,内部空間の安全性の確保が大事になってきます。

 木造の建物もたくさん被害を受けたわけですが,今の技術ですと,「耐震」というより「免震」という技術を採用すべきだと思います。免震構造というのは,建物の下にコロなどを入れて,地面との縁を切る方法です。地震の時には,地面は揺れても建物はほとんど揺れませんし,建物の中も非常に安全です。昨年の十月に東京の丸の内に復元された「三菱一号館」は,中国から300万個のレンガを輸入して復元した建物です。免震構造ですのでレンガ造りでも地震で壊れません。免震という技術によって現代に蘇った,「新築の明治建築」とでもいうべき建物です。

 ここで,21世紀の建築構造について,私なりの問題提起をさせていただきます。本年5月から10月まで半年間,中国の上海で万国博覧会,EXPO2010が開催されます。会場には大きなテント構造のプロムナードがあるのが特徴です。昨年末に会場の建設現場を訪れました。いろんなパピリオンが建築中でしたが,日本館はほぼ完成していました。
紫色に輝く建物の色は藤紫という日本の伝統色だそうです。上部のシマ模様は太陽電池です。ヘコんだところでは雨水を収集し,ツノのようなところは煙突効果で中の空気を排出し空気の流れをよくする工夫です。全体は透明なエアクッションで覆われていて,適宜,中に日射も入るそうです。つまり,そういったエコの技術を多数ちりばめた物なのですが,全体としては、とうてい美しいとは言い難い建物です。ウミウシのような外見で,私の印象としては,エコのお化け,といった感じです。しかし,現代の日本を象徴した建物としては良くできています。つまり,日本社会が,エコという1つの価値観に偏った状況を良く表していると思います。上海という,力強く発展している現場の活況が非常に健全な活気を呈しているなかで,この日本館の建物を見ますと,特にエコ偏重の価値観が浮き彫りになる感じがいたします。

 建築の従来の価値には,安全性,機能性,意匠という三つの観点がありましたが,20世紀になると,経済性という観点,21世紀には環境という観点も新たに加わりました。

 建築構造は工学の一分野です。20世紀の工学は,さまざまな工学に細分化された分野に別れて発達しました。21世紀は,それぞれの分野が,一度フュージョン化して,境界領域を超えて交わり,そこにまた新しい発展を見いだすという時代に来たのかなと思っております。

 こういう時代こそ,やはり価値観は多様にあったほうがよいと思うのです。今の日本の状況は「エコしかない」という価値観の偏りを感じる人が多いと思います。中国へ行くと「エコもある」という感じです。健全なのは多様な価値観をもった社会の方ではないでしょうか。

 「コンクリートから人へ」ということを特段に否定するものではありませんが,「格差社会」において大切なのは,一人ひとりの「幸福感」だと思います。「ものづくり」というのは,精神衛生上,非常に重要です。建築の現場で働く人たちは,自分があの建物を造ったのだ,と誇りを持つことで,お金に変えられない,豊かな気持ちを持つことができます。多少収入が低くとも尊厳を持った幸せな人生が送れるのです。簡単に他分野の職種に変えられない尊いものがあるのです。

 伊勢神宮の式年遷宮は,20年ごとの建て替えを千年以上にわたって続けています。これによって,仕事も技術も常に継承され,建築物の安全も保たれます。これこそ社会的にも経済的にもバランスのとれた日本人の知恵と言えます。「長寿命住宅が必要」とか「エコしかない」という思い込みを見直すことが必要ではないだろうかと感じている次第です。

 2年半ほど前に東大公開講座で行った私の講演にもしご興味があれば下記をご覧ください。東大TVで公開されております。
http://todai.tv/contents/kokai/2007_02/kawaguchi_kenichi/001/index.html