卓話


世界難民の日〜UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)と緒方貞子さん 

2007年6月20日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

認定NPO法人日本UNHCR協会理事
元UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日事務所副代表
齊藤千香子氏 

 本日,6月20日は「世界難民の日」です。世界平和実現に向けて,紛争の被害者である難民について考える目的で国連が設けたものです。毎年テーマが設定されますが,今年のテーマは「共生(Co-existence)」です。

 世界の紛争地で被害者になっている難民たちのことを考えて,共に生き痛みを分かち合おうという意味のテーマだと思います。この日には世界各地で数々のイベントが行われます。日本でも,昨年12月に青山の国連大学で行われたシンポジュームが反響を呼びましたので,今年も,実は今日,その第2回目のシンポジュームを開くことになっています。
 
国連難民高等弁務官事務所という名前が難しいものですから,なかなか皆さんにご理解いただけません。英語では,もっと長く,United Nations High Commissioner for Refugees(UNHCR)となります。

総じて「難民」のことは,あまりよく理解されていません。私が国連に勤め始めて,分かったことは,平和と難民問題は切っても切れない間柄にあるということです。

「不平等」が難民問題の根底にあります。不平等感が不信感を募らせて,お隣同士に住んでいた人たちさえも憎しみ合うという状況を惹き起こして,その結果,大きな紛争になり,自分の家を捨てなければいけなくなり国境を越えて逃げざるを得なくなった人たち。

いま,日本では「難民」という言葉がネットカフェ難民とか結婚難民とか,適当に使われていて,本来の意味が薄らいでいます。一般には「非常に困難な状況にある人たち」という程度に理解されているような気がします。

いま世界で,難民といわれる人が900万人いるといわれています。実は,家を捨てざるを得なかった背景が天災だけではなく人為的なものである人たちを含めると2000万人にもなります。

その2000万人以上の人たちをUNHCRという国連の機関がお世話するわけです。

UNHCRは紛争そのものを解決する機関ではありませんが,難民の生命を守り,難民の保護,難民の法的地位を確立させて,自主帰還や定住などを進めることで問題を解決しようとする機関です。

自分の国から出て再び戻れない人たち,しかも国の保護を受けられない人たち。国の保護を受けたくない人もいます。このような人たちを誰が保護するのかというのは大きな問題です。無国籍状態の人も増えています。

 紛争だけが原因ではありません。ソビエトが冷戦時代にロシア人をいろんな所に移住させていました。その人たちはソビエト連邦崩壊とともに帰るところがなくなってしまいました。国籍をなくしてしまったり,今まで住んでいた所から追い出されたりすることが起きています。こういった問題は意外に知られていないことです。

今日は,まずこれらの問題に第一線で取り組んできた緒方貞子さんという女性にフォーカスを当てたいと思います。

緒方貞子さんはRCとは切っても切れないご縁がありまして,第2回のロータリーフェローとして,1951年にアメリカに渡られました。1951年という年は,実は,国連難民高等弁務官事務所が活動を開始した年です。

緒方貞子さんが,日本女性が,国連の名誉ある地位に選挙で選出されたということは非常に輝かしく誇らしいことですが,その背景には先輩の女性たちの活躍があったと思います。

津田梅子さんが,1971年に岩倉使節団の女子随行員5名の最年少として渡米されたのは,7歳(6歳とも8歳とも異説がある)の時でした。11年間留学し,ワシントンDC郊外のジョージタウンという町で勉強しました。

このジョージタウンとは,緒方さんが修士号の勉強をされたジョージタウン大学のある所です。ここにも,なにか因縁めいたものを感じます。

市川房枝さんは婦人参政権について非常に活躍した政治家です。市川さんが常々言っておられた「平等なくして平和なし。平和なくして平等なし」という言葉は,難民問題にもぴったりと当てはまります。

市川さんは,実は,緒方さんを国連の公使としてニューヨークに派遣することにたいへん尽力されました。それがきっかけになって,後に日本人初,女性初の国連難民高等弁務官が生まれたという背景があります。

難民問題で忘れてはならない人に,相馬雪香さんという人がいます。雪香さんは「憲政の神様」といわれた尾崎咢堂さんのお嬢さんです。68歳の時に「インドシナ難民を助ける会」を作りました。当時は,ボートピープルがベトナムから出てきたころでした。この人たちの受け皿が日本にないことで混乱しましたが,随分と活躍され,現在90歳を過ぎても,難民問題の第一人者としてご健在です。この方は日本最初の同時通訳者でもありました。

こうして,緒方貞子さんが登場します。緒方さんは政治学者で国際キリスト教大学,上智大学で教鞭を取られました。

1991年〜2000年まで国連難民高等弁務官,2003年から国際協力機構(JICA)理事長として引き続き国際舞台で活躍しておられます。

緒方さんが第8代高等弁務官になられた時,私はUNHCR駐日事務所の広報官をしておりました関係で,緒方さんが日本の各方面に折衝する時のお手伝いをいたしました。それがきっかけとなって、緒方さんがジュネーブに行かれたときに,日本からのアシスタントとして呼ばれまして,4年間の単身赴任を経験いたしました。

1991年の秋にありました執行委員会の前後に,ノルウェーの王女様,そして英国のダイアナ妃がお見えになりました。

ダイアナ妃は,当時,既に離婚の噂があり,大変寂しそうな表情をなさっていましたが,緒方高等弁務官の難民たちの説明を聞かれました。難民の女性たちが非常に生き生きと活躍している様子を知ったダイアナ妃が「こんなに苦しい状況にあるのに、どうして女性はみんな生き生きしているのか」とお尋ねになりました。緒方高等弁務官は「母親というのは,いつも強いのですよ」と強い口調で答えました。

ダイアナ妃はその答えに強くうなずかれ,ほほえみながら「私になにかできることがあったら,言ってください」とお話しを交わされたことが非常に印象的でした。

 環境問題とかHIV(エイズ)問題とか,どうしても世界規模で解決しなければならない問題がありますが,難民問題もそのなかの一つだと思います。

難民のことをあまりご存じない方は,自分で望んで難民になったのだろうとか,援助を受けたいから国境を越えるのだろうなどと言います。でもそれは違います。私どもが接した難民のなかには,大学教授も裁判官も,お医者様もビジネスマンもおられました。専門職の方も難民になり得るわけです。

やむを得ず,家を捨て国境を越えた方たちです。その方々は,なんとかして自分の国に帰ろうという努力をします。

緒方さんの時代に,経団連の方々のミッションとして,アフリカの難民キャンプに行くことになり,私が旗振り役を承って,20人ほどの団体を,ケニヤのダダーブにあるソマリア難民のキャンプに案内しました。

豊田団長がキャンプをのぞいたところ,なんにもないテントの中に,援助品と思われる赤いハイヒールが片方だけ落ちていました。貧しい母親と子供たちが,ぼろぼろの恰好で座っていたのを見て,豊田さんは声もなく私の方を見て立ち尽くしておられましが,後で「目からうろこの経験をしたよ」とおっしゃいました。

アフリカにいるから貧乏なのではなく,国境を越えないといけない事情があるから,家を捨てて難民になったのだということを理解してくださったと思います。

私の所属しております日本UNHCR協会は,正職員5名。あとはパートタイムが支えている組織です。理事もボランティアです。

今月の17日には武蔵村山市のRCがボーイスカウト・ガールスカウトと一緒にキャンペーンをしてくださいました。

最近,このような地域に根ざした活動が,各地で増えてまいりました。秋には,全国展開の企業スポンサーによるキャンペーンも企画しております。

日本のRCには,緒方さん就任の時には全国キャンペーンをしていただきまして,たいへんなご協力をいただきました。

 あれから16年経ちました。難民問題への関心は多少薄らいだ感がありますが,ここで,いま一度,皆様のご支援をいただきたいと思います。

今朝早く,職員からメールが入りました。インターネットのホームページをリニューアルしたということです。とても見やすくなっておりますので,是非アクセスして,ご覧になってください。

URL: http://www.japanforunhcr.org/

「緒方貞子氏のメッセージ」
 ロータリーの皆様こんにちは。緒方貞子でございます。私とロータリーとのご縁はたいへん長く,深く,1951年に日本からの2番目のロータリーフェローとしてアメリカにまいりました。
アメリカのロータリーの方々にもいろいろお世話になって,たいへん楽しい留学生活を送りました。日本に帰りましてからも,多くのRCを訪問して,アメリカでの経験を報告いたしました。

ロータリーは,奉仕の団体として非常に大きな特長をもっています。世の中は職業とか専門とかで縦割りになっていますが,ロータリーは,世の中を社会奉仕という形でつないで,そして広く市民社会を代表し,また,強化するという役割を担っています。

私は1990年代の10年間,高等弁務官として難民の人々の支援と保護に努力しました。その時も,ロータリーの皆様にお世話になったのですが,貧しい人々,苦しい人々,危険な状況にある人々のために,これからも是非,ロータリーの方々の力をいただけるよう,ご支援ください。