卓話


デジタル時代の競争政策

2022年12月7日(水)

前公正取引委員会委員長
TMI総合法律事務所
弁護士 杉本和行氏


 私が公正取引委員会委員長に就任したのは2013年3月で、2020年9月まで7年半、務めました。最近こそ、大手電力会社のカルテルで1,000億円以上の課徴金がかけられるという報道や、東京オリンピックのテスト大会での談合が取り上げられていますが、就任当初は公正取引委員会の競争政策はあまり知られていませんでした。

 それから、経済界の人たちからは「過当競争を避けるために仲良くやっていこうというのに、公正取引委員会が摘発しだすと世の中が暗くなってたまらんよ。よく考えろよ」と言われた覚えがあります。私はそうした考え方は違っており、公正取引委員会の競争政策のミッションは、日本企業の競争力を高めるための競争環境を整備することにあると思っています。むしろ経済界の後押しをするのが公正取引委員会の仕事であると感じました。

 今、日本経済の課題を考えてみると、1990年代に日本経済は大きな構造変革に直面したと思っています。生産年齢人口がピークアウトしたのが90年代半ばで、人口構造の少子高齢化が急速に進みました。それから、欧米先進諸国へのキャッチアップが完全に終了したのも90年頃で、1人当たりGDP主要先進国の中で1位になりました。

 韓国や中国など新興国の急激な追い上げが始まったのも90年代頃からです。そのとき日本経済はバブルが崩壊し、守りの姿勢に入ってしまった。その結果、日本の産業の競争力は急激に落ち込みました。1人当たりGDPも20数位になり、競争力の世界比較で日本は相当劣後する状況になりました。

 そのような状況下で必要なことは、リスクテイキングし、イノベーションを推進していく企業経営姿勢です。

 かつて、日米半導体協定がありました。1980年後半から90年にかけて10年ぐらい効果があったでしょうか。市場を分割し、生産と価格に枠をはめるもので、国家間の合意ですから独禁法でいうカルテルには相当しませんが、実態は国家間の合意によるカルテルだったと思います。

 そのカルテルの中に押し込まれた日本企業はまさに犠牲者です。カルテル的な状況の中で過ごしていくと、企業にとってはcomfortableな面があった。価格競争にさらされず、市場も分割されており、生産量もある程度コントロールされている状況が、結局、今の日本の半導体産業の結果に繋がっています。

 80年代後半から90年代にかけて日本の半導体産業は世界を席巻し、シェアは5割を超えていましたが、その後の状況を見ると悲惨なもので現在は約10%と世界的な競争力は失われています。カルテル的なcomfortableな環境下でじっとしている間に、CPU等の新しい分野はアメリカが、DRAM等の既存分野は韓国企業が席巻し、日本の半導体産業は劣化してしまったと考えます。

 そこで今、台湾のTSMCに熊本に工場を作ってもらう、あるいは国産の次世代半導体企業ラピダスを作り、半導体産業の巻き返しを図ろうとしていますが、一番の間違いは、日米半導体協定の中で安心してしまったことにあると思います。

 私は競争政策の役割は、カルテル的な体質の経済からどのように脱却していくかだと思います。 なぜ談合やカルテルがいけないのか。企業の使命や社会的責任とは消費者のニーズに沿った商品やサービスを提供していくことにあります。そうした姿勢は、結局、消費者のニーズをどう捉えていくかということであり、それが競争政策、競争環境を整備することにつながっていきます。

 私は公正取引委員会時代に、GAFA、いわゆる巨大IT企業の問題に取り組んできました。巨大IT企業はイノベーションの先駆者、旗手です。潜在的な消費者ニーズを察知してビジネスを展開するのが巨大IT企業のマインドであり、それが大成功しました。大成功しすぎて、市場支配力が非常に強くなったことが問題だと思っています。

 供給側が一緒になってカルテルを結んだり談合したりすることは、消費者のニーズを汲み取ったり消費者のニーズを発見したりし、それに対応する製品やサービスを提供するための生産プロセスを見つけ、ビジネスモデルを作るマインドやインセンティブを失わせることに繋がると思います。それが日米半導体協定の経験から言えることで、そうした意味で、今の時代、競争政策の第一のミッションはイノベーションを推進するための競争環境の整備に努めることです。

 これからの経済の成長の鍵は供給サイドにあると思います。
 Appleのスティーブ・ジョブスは、「製品を形にしてみて初めて、消費者はそれに食いついてくる。すなわち供給サイドが需要を引き起こす」と言っており、まさにその通りだと思いますし、Amazonのジョフ・ベゾスが従業者に口を酸っぱくして言っているのは「お客様のクライアントのニーズがどこにあるかということをしっかり考えろ」です。 まさに経済成長の鍵はイノベーションになるわけで、これからはイノベーションの環境を整えていくことが競争政策の重大な使命になります。自由で公正な市場環境を確保することによって、イノベーション推進の環境を整えることです。

   現在、経済はデジタル化の本流の中にあります。従って、これからのイノベーションは、AI、IoT、ビッグデータ、Web3といった分野を中心に推進していくことになります。今の時代は情報が非常に重要な価値を持つ情報本位制とも言える時代で、その下でどのように情報を活用してイノベーションを行っていくかが企業の重大な要素になっていきます。

 その観点から注目すべきなのは、デジタルプラットフォーマー、いわゆる巨大IT企業です。デジタルプラットフォーマーは、プラットフォーマーにお客様がつけばつくほどその効果が高まり、またそれに伴ってお客がついていくという好循環が発生するネットワーク効果と、設備投資をかけなくても供給量をどんどん増大できる限界生産費用がゼロで、二面市場(ネットワークのメリットを相互に提供する2つの異なるユーザーグループを持つ中間経済プラットフォーム)で集めた情報を元にターゲット広告を打ち巨大に発展してきました。

 Googleの検索エンジンにおけるシェアは9割を超え、Facebookの利用者は30億人でしょうか。FacebookはInstagramとWhatsAppも持っており、それらも合わせれば5、60億人の利用者と世界人口80億人に対して猛烈な数になります。

 こうした巨大IT企業が、消費者に対して多大な便益を与えてきましたが、その結果として今、市場支配力を非常に高め、独占、寡占になってしまっています。そして、情報分野に止まらず、さまざまなリアルな分野に進出しつつあります。自動運転をはじめとする自動車産業、医療・健康産業、もちろん情報との親密度が高い金融分野もあり、巨大IT企業のエコシステムがどんどん広がっている現状です。

 したがって、巨大IT企業が市場支配力を濫用することにどのように歯止めをかけるかが競争政策の一大課題になってきています。

 私が心配してきたのは、日本企業が内向きになりリスクテイキングに及び腰になってコストカットばかりしていると、こうした巨大市場支配力を持つ企業の下請けになってしまわないか、日本産業全体が下請け産業化するのではないか、下請け産業化すると今度は中国や韓国の追い上げが厳しい分野にあって日本経済がますます劣化しないかということです。そうした意味でも巨大IT企業対策は非常に重要だと思っています。

 私の在任中、競争当局は世界各国といろいろな協議をしており、実は非常に国際化した分野です。EUやアメリカと相談しながら巨大IT企業対策、デジタルプラットフォーマー対策について話を進めてきました。アメリカは当初、イノベーションの旗手に対して規制をかけることは問題だと、非常にreluctantだったのですが、ケンブリッジ・アナリティカ事件(米大統領選でトランプ前大統領の当選に向けた政治広告を流した。Facebookの個人情報が不正に政治的に利用された)が起きたことで、巨大IT企業の行動に対して警戒の目が向き、世界当局の足並みも揃ってきて、どう対応するかを今行っています。

 EUではデジタルマーケット法案やデジタルサービス法案という法規制がもうすぐ施行され、アメリカもリナ・カーン連邦取引委員長や司法省の下でGoogleなどGAFAに対する訴訟がいくつも起きている状況です。

 これからの日本企業の課題は成長の源泉である供給サイドがいかにイノベーションを進めていくかに関わっていますので、競争政策の役割はそうしたイノベーション環境、競争環境の整備をしていくことで、これからの公正取引委員会に課せられた使命もいろいろあると思っています。

 私の在任中、「公正取引委員会って、いろんなことをやるんですね」と言われました。GAFA対策から、コンビニエンスストアの24時間労働問題への対応、地方銀行の合併・統合への対処、それからエンターテインメント業界ではジャニーズ事務所から独立した人の行動が制限されていたバリアの取り払いまでありました。

 これからの競争政策の役割とは日本が置かれた経済環境において、ますます重要になっていくと思っています。


   ※2022年12月7日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。